第215話

 翌朝、セリアスは冒険者として本格的に行動を開始した。

 まずはロッティとともに王国軍の屯所を訪ねる。

「これはこれはロッティさん、セリアスさん。シグムント大尉がお待ちです」

「お邪魔しまぁーす」

 奥の執務室では、この屯所を束ねる男が不遜な態度で待っていた。起立もせず、デスク越しに淡々と自己紹介を始める。

「遠いところから、よく来たものだ。私はシグムント。『大尉』で構わん」

 対し、ロッティのほうも物怖じしなかった。

「初めまして。王立大学より派遣されてきました、ロッティ=ベラーナと申します。それから、こっちは護衛のセリアスです」

 シグムントの双眸がちらりとセリアスを一瞥する。

「自前の剣士か……フン、まあいい。君はまだ12歳とのことだが、私たちは君を一人前の学者として扱う所存だ。そこははき違えないようにな」

「はい。わかってます」

 隣の少女が心の中でアッカンベーしているらしいことは、勘で読めた。

(やっぱり子どもだからな……)

 シグムントからはいくつかの注意事項が伝えられる。現地入りしての調査はモンスターの掃討を待つこと、必ず護衛をつけること――など。当然、大学お墨付きの学者に怪我をさせたとなっては、王国軍の面子は丸潰れになるだろう。

 一段落したところでセリアスは口を挟んだ。

「俺からも構わないか? 大尉殿」

「大尉に『殿』はいらんぞ。なんだ?」

「なぜ、わざわざ王国軍が出張ってきた? その理由を聞きたい」

 俄かにシグムントの顔色が険しくなる。

「その質問の意図は?」

「知らないうちに厄介事の当事者にされたくないだけだ」

 遺跡の調査を巡っては、すでに王国軍とアニマ寺院の間で摩擦が生じつつあった。アリアの肩を持ったら王国軍に目をつけられた、などといったことも起こりうる。

「いいだろう。簡単なことだ」

 シグムントは両手の指を編みながら、やはり淡々と語った。

「確かに野生のモンスター程度、コンスタンツ領の兵に任せてしまって問題ない。アニマ寺院も警戒はしているが……まあ、やつらには監視だけで充分だろう。それでも王国軍が出張らなくてはならないのは、単純に遺跡の保護のためだ」

 ロッティは腕組みのポーズで辟易とする。

「フランドールの大穴、ね?」

「いかにも」

 フランドール王国の北方に位置する『フランドールの大穴』には今、大陸中の冒険者が集まっていた。スポンサーも加わり、大規模な競争と化しつつある。

「大穴はあれで構わんが、浅はかな冒険者どもがここに来てみろ? 遺跡の中にあるものは根こそぎ持ち去られるだろうな。だから、われわれが来た」

「……なるほど」

 シグムントの懸念通り、冒険者は遺跡や迷宮を滅茶苦茶に荒らしかねなかった。歴史的に価値ある物品が売り飛ばされるのも、容易に想像がつく。

「まったく……フランドールの大穴は厄介だよ。俄か冒険者とやらが増えて、あちこちでやらかしてくれる。ここの遺跡にも、すでに侵入した輩がいるらしいぞ」

「放っておけば、後ろ暗い連中の根城にもされるわけか」

「そういうことだ。ダナクスはフランドール王国の管理下にあることを、はっきりと示しておかねばならん」

 その王国の名にロッティが首を傾げた。

「ダナクスって……アニマ寺院が言ってた伝説の?」

「お前たちも聞いた……いや、あの巫女に聞かされたか。寺院の思惑に乗るのは癪だが、領民もあの遺跡をダナクスと呼び始めてな。正式にそう呼称することにしたのだ」

 強面のシグムントが苦笑する。

「王国軍の駐屯については、これでいいだろう」

「ああ。納得した」

「調査のほうはお前たちで好きにしろ。われわれの許可する範疇で、と条件はつくがな。面倒事を起こしさえしなければ、それでいい」

「はぁい」

 セリアスたちは起立の姿勢を正し、シグムントに一礼した。

 その去り際、シグムントがセリアスに釘を刺す。

「剣士風情が出過ぎた真似はするなよ? 軍の忠告は聞いておくものだ」

「そう口を酸っぱくせずとも、わかってるさ。大尉殿」

 一瞬、両者の間で火花が散った。

 執務室を出るや、ロッティが文句を垂れる。

「偉そうにしてくれちゃってさ、も~! ド田舎に飛ばされたのが面白くないのよ、あいつ。セリアスもそう思うでしょ?」

「……まあな」

 あの大尉が貧乏クジを引いたらしいことは、聞くまでもなかった。

(俺より少し年上か……結婚してるかどうかは知らんが)

 王都や国境の守備なら、軍人としてのプライドは保てる。ところが、辺境の地で遺跡の管理といった『雑用』にまわされては、腹に据えかねるのは当然のこと。

「あまり刺激するなよ、ロッティ。せっかくの実習なんだ」

「そーだけどぉ……あーあ、あんなのがいるなんて」

 シグムントの相手をするくらいなら、ロッティの愚痴を聞くほうがましだった。

「じゃあ、あたしは図書館に行くから。セリアスは好きにしててよ」

「了解だ」

 ここでは彼女がセリアスの雇い主でもある。

 セリアスは愛用の剣を腰に下げ、鍛冶屋を訪ねることに。

(女将さんの話では、確か……)

 ひとびとの生活には刃物や鈍器も必要になる。このハーウェルでそれを一手に引き受けているのが、目の前の工房だった。

 鍛冶屋らしい筋肉質の男がセリアスを迎える。

 しかし客が来たにもかかわらず、彼の態度は素っ気なかった。

「また冒険者か……」

「また?」

「お前も遺跡目当ての冒険者だろ? そんで、うちに武器を売ってくれ、と」

 店の中を見渡しながら、セリアスは肩を竦める。

「売ってるとは思えないが」

「そりゃあな。あるにしても、包丁かノコギリくらいのもんだ」

 魔法屋と同様に、武器屋もまた辺境では成立するはずがなかった。

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