第205話 忘れられたBAD・END
アスガルド宮は静寂に包まれていた。シズたちの話し声だけがやけに響く。
「思った通りだな……」
侵入者の痕跡が消える――それを確認するために前回、ティキがエントランスの柱に落書きをした。その落書きは見当たらず、柱は最初の状態に戻っている。
「だんだんわかってきたわね。アスガルド宮は常に『決まった形』で現れるのよ」
「宝箱なんかは違うっぽいけどねー」
これはシズたちにとってメリットであり、デメリットでもあった。
マンドレイクを何回でも採取できるなど、有益な点は多い。その一方で、仮に壁を破壊してルートを開いたところで、次回もまた壁を壊さなくてはならなかった。
「もしかしたら、モンスターも復活してるのかもしれませんね」
「……ありうるな。よく同じ場所で出くわすし」
クロード団はエントランスを北東に抜け、悦楽と追放の庭園を目指す。
庭園の地図も完成しつつあった。これまでに見つけたショートカットを経由し、最短のルートで最深部まで辿り着く。
そこには十メートルは優にある、上半身だけの巨大な石像が聳え立っていた。
『大地の巨兵ティターン、ここに』
麓の石碑には巨像の名が刻まれている。
その文字を撫で、イーニアはぽつりと呟いた。
「ティターン……」
「大陸北方の伝説にある巨人の名前よね。詳しくは私も憶えてないけど」
巨像は仮面をつけ、両目の部分に穴が空いている。
前回の探索では、その右目に赤い円盤がぴったりと合わさった。
「もう片方の目も見つければ、いよいよタリスマンかなあ?」
「だと思います」
イーニアのコンパスはこの石像を指している。
依然としてタリスマンの正体は知れず、アスガルド宮も謎に包まれていた。しかしタリスマンを手に入れることで、何かが判明するのでは――と期待が込みあげてくる。
「あとはこっちの扉だな。みんな、準備はいいか?」
「ええ。行ってみましょう」
モンスターを警戒しつつ、シズたちは未踏のエリアへと踏み込んだ。
ティキの頭の上でクロードが首を傾げる。
「……こっちもぉ?」
扉の向こうには奇妙な空間が広がっていた。床にはチェス盤のような模様があり、その上に等身大の駒が置いてある。
「また謎解きか……こいつは厄介だな」
石像の右目も似たような仕掛けの先に隠されていた。こちらのルートでもパズルを解くことで、キーアイテムが手に入るのだろう。
ただ、手順を誤ると収拾がつかなくなり、出直す羽目になった。このパズルも常に『最初の形』で侵入者を迎えるようになっているらしい。
「失敗したら、大きなタイムロスになるわよ。慎重にね、シズ」
「ああ……さて、と」
パズルに手を出す前に、シズたちは手分けして部屋の中を調べてまわる。
クロードが壁の一部にメッセージを発見した。
「この城を作ったやつは、何を考えてんだ? 遊び心が過ぎるっつーか……なあ」
「私たちの邪魔をしたいのか、導いてるのか、よくわかりませんね」
単純にタリスマンを隠したいのであれば、わざわざ侵入者にヒントを与えることなどない。仲間にだけわかる方法で巧妙に隠すこともできるはず。
にもかかわらず、アスガルド宮はシズたちに必ず『攻略法』を与えた。
「みっつの兵をもって、キングを討て……チェスのルールでってことかしら」
「私はパ~ス。こーいうのはイーニアが得意でしょ?」
仕掛けも難解というほどではない。
「ええと……向こうから二番目のポーンを一歩、進めてください」
「わかった。こうだな」
イーニアの指示に頷きつつ、シズは駒を押した。
キングを守るべく敵の駒もひとりでに動き、睨みあいとなる。
「次は多分、このナイトだわ」
「そうですね。それで、相手のルークが出てきて……」
とはいえ才女がふたりいるおかげで、次の一手で簡単に切り崩すことができた。
「最後はビショップで差せってことか」
三手目で難なくチェックメイト。
するとキングの駒がかたかたと震え、羽根を広げる。
「石像の魔物……ガーゴイルか!」
「わたしに任せてっ!」
すかさずティキが前に出て、戦斧を水平に振りきった。しかし意外に機敏なガーゴイルを捉えきれず、空中へと逃げられる。
ガーゴイルの右手が魔方陣を浮かべ、無数の石つぶてを呼び出した。
「ストーンバレットです! さがってください!」
硬い石が降り注ぎ、チェス盤を荒らす。
シズとイーニアはふたり掛かりで防壁を張り、辛くも凌いだ。
(モンスターもオレと同じで、触媒がいらねえんだよな)
ガーゴイルは離れた位置に着地して、羽根を休める。
奇襲には驚かされたものの、シズたちは冷静だった。サフィーユがツヴァイハンダーを構え、ガーゴイルをまっすぐに見据える。
「私かティキなら、一撃で粉砕できるはずよ。上手く誘い出してちょうだい」
「策ならあるぜ。やつが石の怪物ってことは……」
シズとイーニアは目配せして、ともに『風の魔法』を詠唱した。
この悦楽と追放の庭園に出現するモンスターは、総じて『土』の属性を帯びている。これは四大元素の『温・湿』を合わせたもので、『冷・乾の風』と相反した。
つまり風の魔法をぶつければ、土の属性は分解する。
「オレから行くぜ! ウインドカッター!」
シズの剣から風の刃が放たれた。盤上の駒を引き裂き、ガーゴイルに猛然と迫る。
それが自分の弱点だと、どうやら魔物は理解していた。上空へと回避し、再びシズたちの頭上を取ろうとする。
「ストーム!」
が、そこにイーニアの魔法が割り込んだ。
石の翼は突風に煽られ、被膜が砕ける。ガーゴイルは俄かに落下を始め、サフィーユの間合いへと入り込んでしまった。
「これならっ!」
サフィーユが勢いよくツヴァイハンダーを振りあげ、敵を一刀両断に仕留める。ガーゴイルは真っ二つに割れ、さらに落下の衝撃で粉々になった。
「やりぃ! 楽勝じゃん」
「私たちの息も合ってきたおかげね。ナイスだったわよ、イーニア」
「はい。サフィーユならやってくれると思ったんです」
シズたちはそれぞれ手応えを感じ、勝気な笑みを弾ませる。
出会った当初では、こうはいかなかった。シズやイーニアは魔法で倒そうとして、敵に命中させることばかり考えただろう。もしくはサフィーユに頼ったかもしれない。
しかし一緒に戦ううち、連携も取れるようになってきた。ティキとサフィーユも動きにリズムがついて、臨機応変に対応してくれる。
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