第204話 忘れられたBAD・END

 いつの間にか、目の前には絶世の美男子がいた。

「お目覚めかい? サフィーユ。素敵なベッドを作ってくれて、ありがとう」

 眉目秀麗として、格式高いタキシードも決まっている。

 パジャマ姿のまま、サフィーユは瞳をぱちくりと瞬かせた。

「ベッドって……もしかしてクロードなの?」

「そうさ。君にお礼がしたくて、ちょっとだけ人間の姿になったんだ」

 美男子が爽やかにはにかむ。

 この長身の美形はリスのクロードらしかった。甘いフェイスをサフィーユに近づけ、物語でも読み聞かせるかのような調子で囁く。

「今夜は僕たちの国へ招待するよ。窓の外をごらん? サフィーユ」

 ひとりでに窓が開き、カーテンが夜風に煽られた。

 満天の星空を、ペガサスの馬車が颯爽と駆け降りてくる。まるで乙女の夢の世界。

「……………」

 にもかかわらず、サフィーユは眉ひとつ動かさなかった。

 ファンタジックな世界への招待はともかくとして、目の前の美男子にはまったく心が躍らない。それどころか落胆する。

「あなた、どうして人間なんかになっちゃうのよ。そんなの全然、可愛くないわ」

 素っ気ない反応にクロードは唖然とした。

「え? いや、女の子はこういうのが好きなんじゃ……」

「私が好きなのは、リスのあなたよ。イケメンはお呼びじゃないの」

 それでもサフィーユはきっぱりと誘いを断る。

「ま、待ってくれ! 僕は君と……やっと仲良くなれたんだ。本当はさっきだって、君の隣で寝るのを我慢してたくらいなんだよ?」

「そんな姿で言われたって、信じられないわよ。馬鹿にしないでちょうだい」

 出会って三分もしないうちに、ドラマは終わった。ペガサスは窓の外で待ちぼうけを食わされ、きょとんとする。



 やがてサフィーユはいつものベッドで目覚めた。

「……あら?」

 夢を見ていたらしい。バスケットの中ではクロードがまだ眠っている。

 このリスが美男子に変身を遂げ、自分を迎えに来るというシチュエーション。冷静に考えれば、そう悪くない夢の気もした。

 しかし夢の中の自分はあくまで『リスのクロード』を求め、破局を迎えている。

「恋愛事で相談しなくちゃいけないのは、イーニアより私のほうかもしれないわね……」

 カーテンを開け、サフィーユは朝日に向かって伸びをした。


 バスケットにクロードを乗せ、シズと合流する。

「おはよう、シズ。この子は返すわね」

「サンキュ! いい子にしてたか? こいつ」

 名残惜しいが、クロードの飼い主は彼であって、自分ではない。けれども一日の寝食をともにして、少しは彼と打ち解けることができたはず。

「……ん? どうしたんだよ、クロード」

 しかしクロードはサフィーユと目を合わそうとせず、そっぽを向いてしまった。一歩進んで二歩さがるような進展のなさに、サフィーユは気を落とす。

(はあ……)

 脳裏にふと今朝の夢が蘇った。

『君にお礼がしたくて、ちょっとだけ人間の姿になったんだ』

 ひょっとしたら、あれは夢ではなかったのかもしれない。クロードは美男子となって、サフィーユの気持ちに応えようとしてくれた。

 なのにサフィーユはそれを冷たくあしらい、振っている。

(……ま、まさかね?)

 あれは夢、所詮は夢――そう言い聞かせるものの、不安になってきた。

「こんなのまで作ってもらっちゃって、悪ぃな。クロードと一緒だと、ベッドが毛だらけになったりするから、助かるぜ」

「ティキも手伝ってくれたのよ。お礼なら、あの子にも言ってあげて」

「おう。……お?」

 クロードを肩に乗せながら、シズはバスケットの中に妙なものを見つける。それは黄色の三角形で、細やかなレースがあしらわれていた。

 シズとサフィーユの間に突如として現れた、艶めかしいショーツ。

「なっ、なな……なんだ、こりゃあっ?」

「~~~ッ!」

シズはぎょっと目を見開き、持ち主のサフィーユは声にならない声をあげる。

「か、返してったら! 変態ッ!」

 ショーツはクロードが昨日くすねたものを、バスケットに隠していたらしい。そのことに気付いた時には、すでにシズに平手打ちを浴びせたあと。

「オレじゃねえって……」

「え? ……や、やだ! ごめんなさい!」

 魅惑のショーツがひらりと宙を舞う。

 それを頭に被り、クロードはご満悦だった。

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