第203話 忘れられたBAD・END

 ちょうど旅団のメンバーであるキロが、玄関から出てくる。

「よう、サフィーユ。友達も一緒か」

「ええ。今日はリスを預かることになって……」

「そいつはいいこった。お前も友達と遊ぶくらいでねえとなあ」

 白金旅団の中でも彼は特にサフィーユのことを気に掛け、心配してくれていた。皮肉屋ではあるものの、面倒見のよいところがある。

「ゆっくりしていけよ、嬢ちゃん」

「私は十六なんだけどー」

「おっと、そいつは悪かった。じゃあな、お美しいレディー」

 サフィーユはティキを連れ、自分の部屋へ。

「そういえば……誰かを入れるのって、初めてだわ」

「へえ~。割と普通のお部屋じゃん」

 サフィーユの私室は整理整頓が行き届き、小奇麗な雰囲気を醸し出していた。無駄のない機能的なレイアウトで、充分にゆとりがある。

「お庭のガーデニングって、サフィーユの?」

「違うわよ。旅団にそういうのが好きなひとがいて……」

 カーテンをのけると、南向きの窓から適度に日差しが入ってきた。

 サフィーユは簡素なドレッサーの引き出しを開け、裁縫箱を取り出す。

「早速、始めるわよ。ティキはバスケットの尖ってるとこを削ってちょうだい」

「オッケー。ちょっと待っててねぇ、クロード」

 作業の間、クロードは気ままに部屋を探検していた。冒険者も顔負けのトレジャーハンターだけあって、好奇心が旺盛らしい。

 サフィーユとティキは手分けして作業を進め、リス用のベッドを完成させる。

「うんうん! 思ったよりイイ感じになったんじゃない?」

「ええ! あなたのおかげよ」

 バスケットに枕をカットしたものを詰め、ブランケットを被せれば出来上がり。リスが寝るには手頃なサイズのベッドで、持ち運びもできる。

「できたわよ、クロード! あなたの……」

 ところが、クロードは思いもよらない行動の真最中だった。タンスを開け、ブラジャーやショーツを次々と引っ張り出す。

「きゃあああっ? ちち、ちょっと!」

 さしものサフィーユも赤面し、おたおたと慌てふためいた。

「宝物を探し当てるなんて、さっすが~。クロードも男の子だしね」

「そんなこと言ってないで! やだ、私のブラ、どこに持ってくつもり?」

 クロードは水色のブラジャーを咥え、サフィーユの脇をくぐり抜ける。

 ティキはしげしげとサフィーユの秘密のおしゃれを吟味していた。

「ふーん……優等生ぶってる割に、エッロいの着けてんだ?」

「ち、違うったら! それは姉さんが勝手に送ってきた下着で……本当なのよ?」

「またまた~。わかってるってば」

 必死に弁解するほど、ティキの笑みは意地悪になる。

「そ、それよりクロードを!」

 その間にも泥棒リスは部屋を飛び出し、廊下を駆け抜けていった。

「追いかけるわよ、ティキ! 待ちなさ~い!」

「はいはい」

 おかげで屋敷中を走りまわる羽目に。

 よりによって一番派手なブラジャーを、旅団の仲間に披露されてしまった。


 昼食を終え、クロードは新しいベッドでぐっすり。

「もう……この子ったら。まさか、あんな悪戯するなんて」

「まあまあ。クロードも楽しんでるみたいだしさ」

 サフィーユはティキとともに食後のコーヒーで一服していた。こういった嗜好品も前線都市グランツでは安物しか手に入らず、味のほうは今ひとつ。

 しかしクロードの愛らしい寝顔を眺めていると、疲れなど吹き飛んだ。手作りのベッド越しに彼を眺め、天才少女は溜息を漏らす。

「んはあ……ほんとに可愛いわ。ねえ、撫でても大丈夫かしら?」

「そおっとね」

 恐る恐る毛並みに触れると、クロードが寝返りを打った。それだけで鼻の奥に熱いものが込みあげてきて、くらっとする。

「だっ、だだ、抱っこするのはどう? まだ早いっ?」

「落ち着きなよ……クロードが起きちゃうってば」

 何しろ長年夢にまで見た、可愛いペットとの一時。さしものサフィーユも騎士然としてなどいられず、期待に胸を躍らせた。

 ティキが腰をあげる。

「そんじゃー、私はお店のお手伝いもあるから、そろそろ……ひとりでも平気?」

「え? いきなりクロードとふたりっきりになるのは、ちょっと……」

「相手はリスなんだから、自重しなよ?」

 もう少しいて欲しかったが、パートナーは念だけ押して、早々と帰ってしまった。

サフィーユはベッドに腰掛け、バスケットの中のクロードを覗き込む。

(が、我慢よ……我慢。ベタベタ触ったら、嫌われるかもしれないんだもの)

 そうやって悶々とするうち、彼との一日も半分が過ぎた。

 夕食のあとは一緒にお風呂に入り、湯上がりでぽかぽかの彼をタオルで包む。クロードのほうもサフィーユに慣れ、まっすぐに見上げてくれるようになった。

 目と目で通じ合っている気がする。

(もしかしたら……い、いいんじゃない? 一緒に寝ちゃっても……)

 サフィーユはとっておきの下着に替え、緊張気味にベッドへ入った。バスケットの中で寝る体勢となったクロードを見下ろし、手を伸ばしては引っ込める。

 今夜を逃がせば、当分はチャンスもなかった。

 一緒に寝たい――けれども嫌われたくない。彼との一夜を躊躇し、葛藤する。

「……だめだわ、私……これじゃ、恋人を誘いたがる男のひとじゃないの」

 我を取り戻した時には、汗をかいてしまっていた。すでにクロードは寝息を立て、すやすやと眠っている。

 サフィーユは灯かりを消し、すごすごと布団を被った。

「今夜はこれでいいわ。おやすみなさい、クロード」

 やがて疲労感は眠気に取って代わられ、深い眠りへと落ちていく。

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