第178話

 イーニアはグランツを訪れ、ある少年とともにタリスマンの探求を始めた。その冒険を通じて、ふたりは恋人同士となる。

 だが、未熟な少年ではコズミック・スレイヤーを制御できなかった。

 かの王は復活を果たし、グランツはシビトの大群によって蹂躙される。ただ、幸運にもイーニアには『やりなおす』機会が与えられた。

「けど……彼女は禁忌を犯して、自ら過去に来てしまった。そして因果律に干渉し、かの王の討伐は、凄腕の冒険者に委ねることにしたのさ」

「それが俺たちか」

 過去の世界において、イーニアは真っ先にタリスマンを回収。それをフランドールの大穴に隠したうえで、冒険者を募った。

 汝、タリスマンを求めよ。

 富を欲すなら、その手を伸ばせ。名声を欲すなら、その手で掴め。

「イーニア殿の言葉だったのか!」

 やがて白き使者の思惑通り、城塞都市グランツにセリアスたちがやってくる。

「てぇことは……オレたちがイーニアと出会ったのも?」

「こっちのイーニアが事を運んだんだろうね。しかし……ここで思わぬ誤算が生じた」

 クロノスは白き使者に人差し指を向け、言い放った。

「今回の自分は『彼』と恋に落ちなかったのさ」

 少女の周りにいるのはむさ苦しい男ばかりで、純朴な恋など始まりそうにない。

「今回のイーニアのふりをして迫っても、相手にされなかった。それどころか、彼は妹のほうと進展しつつあった……焦るわけだよ」

「なるほどな」

 かの王が倒れた今、白き使者にとってセリアス団は用済みとなった。また、セリアスやメルメダは自分の正体に気付いているかもしれない。

「オレたちを皆殺しにしてでも、イーニアに取って代わろうとした、ってか? ふ……ふざけやがって! どこまで身勝手なんだよ、てめえって女は!」

「あなたには関係ありませんっ!」

 企みのすべてを暴かれたことで、白き使者は激昂した。

 彼女の波動がセリアスたちのタリスマンを捕らえ、発動を封じ込める。

「慈愛のタリスマンが? セリアス、これは」

「落ち着け。……タリスマンのことは俺たち以上に詳しいようだな」

 コズミック・スレイヤーも鉛のように重くなった。

「当然でしょう。私が調整した部分もあるくらいですから」

 白き使者がクロノスを睨みあげる。

「あなたには時の鍵を回収する以上の権限はありません! そうですね? クロノス」

「もちろん。たとえ君が彼らを殺して、唯一の『イーニア』になろうとね。それに……君をデリートしてしまっては、セリアス団の活躍も消え、また第二の災厄が始まる」

「その通りです」

 猛烈なほどの殺意がびりびりと伝わってきた。

 メルメダは冷や汗をかく。

「まずいわね……こっちはもう触媒が残ってないのよ?」

「僕もキングドラゴン戦で暗器を全部……はあ」

 ジュノーさえ状況の悪さに声を落とした。

 にもかかわらず、セリアスは平然と挑発を仕掛ける。

「俺たちに勝てる自信があるなら、かの王も倒してくれてよかったんだが……」

「……」

「だろうな。お前なんかにタリスマンは心を開かなかったわけだ」

 タリスマンが最初のうちは今回のイーニアに力を貸さなかったのは、前回のイーニアの所業を知っていたからだろう。

 タリスマンを、かの王をも利用して、愛する恋人を手に入れようとした女。それだけのために、彼女は何十年も掛け、用意周到に準備を進めてきた。

「剣を貸してくれ、イーニア。みんなは手を出すな」

 セリアスはカシナートの剣を抜き、たったひとりで白き使者と対峙する。

「オ、オレたちもやるぜ?」

「僕もお手伝いしますよ。相手がイーニアさんと同じ顔だからって、躊躇なんて……」

「わかってるさ。確かめたいことがあってな」

 仲間たちは固唾を飲んで見守った。

「あなたも下がってなさい、イーニア。セリアスなら大丈夫よ」

「……はい」

 セリアスにとって『本物』は、怯えている少女のほう。

「待ってろ、イーニア。すぐにこいつの化けの皮を剥がしてやるとも」

 仏頂面なりにもセリアスは穏やかにはにかんだ。

 白き使者も剣を引き抜く。

「あなたでは私に勝てませんよ。セリアス」

「お前が俺の名前を呼ぶんじゃない」

 緊張が走った。白き使者の右足が、セリアスの左手が、また白き使者の視線が、そしてセリアスの息遣いが、タイミングを読む。

「いくぞ、白き使者!」

「負けませんよ、私は絶対に!」

 ふたりの剣が真っ向からぶつかりあった。互いに剣閃を結び、激烈に回数を競う。

「まじかよっ? セ、セリアスが押されるなんて……」

 しかし一撃ごとのパワーもスピードも、白き使者のほうが上まわっていた。細い腕からは信じられないほどの力で、セリアスを圧倒する。

「セリアス!」

「心配するな、イーニア」

 それでもセリアスは一対一の決闘に拘り、辛くも持ちこたえた。

「早く助けてもらったらどうですか?」

 ついには捌ききれず、右の肩を鎧ごと貫かれる。

「ぐああっ!」

『マ、マスター! しっかりしてください!』

 カシナートの剣が地面に落ちた。イーニアたちは青ざめ、目を見張る。

「セ、セリア――」

「だから心配するなと言ったじゃないか。……なあ?」

 だが苦痛に顔を歪ませたのは、白き使者のほうだった。セリアスの左手に喉笛を鷲掴みにされ、苦しげにもがく。

「あぐっ? な……なぜ、これくらいで……?」

「自覚がないのか? かの王以下だな」

 セリアスの左手で『刻印』が光を放った。

 それこそが不死身のシビトを屠るための切り札。

「アアアアアァァァアアッ!」

 白き使者はみるみるやつれ、皺くちゃの老婆に成り果てる。

 イーニアはわなわなと瞳を震わせた。

「あ、あぁ……アニエスタ先生が、どうして……?」

 白き使者にして東のアニエスタは生気を残らず搾り抜かれ、醜いミイラと化す。ついには崩れ落ち、干からびた干物みたいになってしまった。

 奇妙な屍をグウェノが恐る恐る覗き込む。

「……シビトだったのかよ、こいつ」

「本物になりすませるように、若さを維持していたかったんだろう」

「それで自覚もなしに、化け物に? 世話ないわねえ……」

 メルメダは馬鹿馬鹿しそうに肩を竦めた。

「でも、私が子どもの頃に会った『東のアニエスタ』とは、まるで別人よ?」

「それも取って代わったのだろうて。イーニア殿にタリスマンを集めさせるために」

 いつからか白き使者はイーニアの師匠に扮し、着々と計画を進めていたらしい。コンパスも、女神像も、すべては白き使者によって仕組まれたものだった。

「こんな女じゃあ、彼氏も迷惑だろ」

「あの子のことよね? 多分。カシュオンじゃなくて」

 イーニアは師の亡骸に触れ、瞼を伏せる。

「なんのために、私は……フランドールの大穴へ来たんでしょうか……」

 そんな彼女の頭を、柄にもなくセリアスはよしよしと撫でた。

「元気を出せ。犬に噛まれたと思えばいいのさ」

 グウェノやハインも少女の背中を軽く叩いて、元気づける。

「そうそう! イーニアが気に病むことなんて、まったくねえよ」

「おぬしとは似ても似つかぬ。安心せい」

 イーニアの瞳に涙が滲む。

「みなさんがいなかったら、私……ぐすっ。本当にありがとうございます……!」

 慈愛のタリスマンも熱い涙に濡れた。

 ジュノーが夕空を見上げる。

「じきに陽も暮れますよ。早く帰りましょう」

「……ああ!」

 セリアスはコズミック・スレイヤーを拾い、鞘に収めた。

 間もなくセリアス団は城塞都市グランツへ帰還。グランツは防衛に成功し、第二の災厄は終息を迎えることとなる。

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