第177話

 脱出の途中でジュノー、メルメダと合流しつつ、ようやくセリアス団はエディン城の封印区画まで戻ってきた。シビトの王エディンが拍手で健闘を称える。

「よくやってくれた、タリスマンの剣士たちよ。グランツに迫っておったシビトも完全に死滅した。そなたらの勝利だ」

 ハインは坊主頭を撫で、陽気に笑った。

「いやなに、拙僧は少し手伝ってやったまで。なあ、グウェノ殿」

 グウェノは疲れた顔で肩を竦める。

「オレはもう懲り懲りだよ……早くシドニオに帰って、メイアに会いてえ」

「その前にグランツですよ。街のみんなが心配です」

 休憩もそこそこにして、イーニアはすっくと立ちあがった。

 その一方で、メルメダとジュノーは機嫌が悪い。

「ほんっと何だったのかしら? あの影……私のイメージが台無しじゃないの」

「酷いですよ、みなさん……キングドラゴンと一対一だなんて」

「お前が『任せろ』と言ったんじゃないか」

 メルメダの分身もキングドラゴンも彼女らによって撃破された。ほかのモンスターもすべて消え、もう『胎内』には誰もいない。

 エディンが顎髭を撫でた。

「タリスマンはそなたらの好きにするがよい。いらぬのなら、私が封印しておくが……」

 気前のよい提案に、セリアスたちは顔を見合わせる。

「そんじゃー、オレはもらってくかな? メイアの足に使えるしさ」

「拙僧には別段、必要のないものだが……」

 強欲な魔女が目の色を変えた。

「それなら売ってちょうだい! どう? セリアス、イーニア」

「え、えぇと……」

「やめておけ、イーニア。ろくなことにならんぞ」

 ジュノーは愛刀の手入れを済ませて、腰に提げなおす。

「かの王って、どんな顔だったんですか?」

「あ……顔はついてませんでした」

 ぐうっと誰かのお腹が鳴った。

『申し訳ありません。緊張が解けたら、急に……その』

「お前か」

「ん? ソアラとなんか話してんのか?」

 エディンに別れを告げ、全員が女神像のもとに集まる。

「色々と世話になったな。エディン」

「またいつでも城に来るがよい。歓迎しよう」

 女神像の力を借りて、セリアス団は一瞬のうちに風下の廃墟まで戻ってきた。

「ふ~っ! 早く風呂に入りたいぜ。身体中が汗でベトベトでさあ」

「そうですね……靴も粘液まみれで、ちょっと」

 誰もが肩の力を抜き、グランツまでの道のりを楽しむ。

 十月の陽はすでに傾き、大穴の空は綺麗な茜色に染まっていた。そんな夕空を仰ぎ、セリアスはイーニアと小さな言葉を交わす。

「やつが来たぞ」

「……え?」

 次の瞬間、ジュノーがイーニアを抱えつつ真横に飛び退いた。

セリアスは剣を抜き、その奇襲を弾き返す。

「な、なんだってんだ?」

 グウェノやハインは察知できなかったようで、うろたえた。メルメダは素早く魔導杖を構え、セリアス団にとって最後の敵――あの『フードの女』をねめつける。

「出てきたわね。正体を見せなさい、白き使者!」

「……!」

 その名に敵はぴくっと反応した。

「なんと……白き使者とはどういうことだ? メルメダ殿」

「黒き使者じゃねえのかよ?」

 最優先でイーニアを庇いながら、セリアスは白き使者に剣を向ける。

「魔導の造詣が深く、タリスマンの隠し場所を知ってるやつなんて、ほかにいないさ」

 どれも黒き使者には該当しなかった。そもそも黒き使者はタリスマンの在り処がわからなかったために、手当たり次第に『秘境』を作り出している。

「発想を逆転させなさい。白き使者は私欲のためにタリスマンを持ち出して、黒き使者はそれを止めようとした……だとしたら?」

 セリアスも当初は『白き使者を善、黒き使者を悪』と考えていた。黒き使者の所業は許されるものではないものの、今となっては白き使者のほうが疑わしい。

「あなたは何者なんですか? どうして私を……」

「そろそろ素顔を見せたらどうだ?」

 セリアスたちに包囲され、彼女はついに観念した。

「わかりました」

「ん? こ、この声って……」

 フードを外し、エルフに特有の『長い耳』を一同に見せつける。

 グウェノは当然、冷静沈着なジュノーさえ目を強張らせた。

「嘘だろ……? な、なんで……え?」

「イーニアさんがもうひとり? あ、あれが白き使者の正体なんですか……?」

 顔立ちも、髪の色も、耳以外のすべてがセリアス団の少女と一致する。

 本物のイーニアは驚愕し、言葉を失った。

「あ、あなたは……」

 セリアスの予想は的中する。

「前にメルメダと話してて、まさかとは思ったんだ。しかしイーニアの偽者なら、あの神殿での一件にも説明がつく。つまり偽物の目的は」

 グウェノが指を鳴らした。

「本物と入れ替わるつもりだったってか!」

「っ!」

 イーニアは華奢な身体を震わせる。

 湖底の神殿ではイーニアだけがおびき出されるところだった。仮にセリアスが一緒でなければ、イーニアは偽者に殺されていただろう。

 そして偽物のほうが慈愛のタリスマンを持って、セリアスたちと合流する。

「エルフの耳は突然変異で形が変わることだってあるもの。簡単に誤魔化せるわ」

「そんな……でも、どうして私の顔を真似してまで……?」

 本物のイーニアを真正面から見据え、白き使者は淡々と口を開いた。

「あなたたちはひとつ勘違いをしています。本物は私ですから」

「何を言っとるのだ? おぬし」

「どっちも本物なのさ」

 鮮やかな夕空から誰かの声が降ってくる。

 オレンジ色に染まりながら姿を現したのは、いつぞやのクロノスだった。ふわふわと宙に浮き、白き使者の真上で指を弾く。

「……あっ?」

 金色の鍵が白き使者のフードから抜け出て、彼の手に吸い寄せられた。

「時の鍵は返してもらうよ。三人目の旅人さん」

 やっと答えあわせの時が来たらしい。

「クロノス……だったな。お前の目的は、そいつを取り返すことか」

「うん。だから、そっちのジュノー君に変装して、白き使者との接触を図ったのさ」

 クロノスの背後に古めかしい針時計のビジョンが浮かんだ。しかし針は反対の方向に回転し、時間の流れを逆行していく。

「君たちにとっては忘却の彼方だろうね。……いいや、忘れてるっていうのは違うか。君たちは『前回』の出来事を体験すらしていないのだから」

 時計のビジョンに触れ、クロノスは半分だけの仮面越しに微笑んだ。

「白き使者はもうひとつの未来からやってきたんだよ。僕の鍵を奪って、ね」

 彼の口から事件の真相が語られていく。

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