第171話
数日後、綺麗な形のキューブがセリアス邸に届けられた。六面それぞれが一色となり、完成したことが一目でわかる。
「学院冒険科にお願いしたら、こんなふうになって返ってきたんです」
「上手いもんだな。俺もジュノーも諦めたのに……」
これで、ふたつめのプレートを突破する目処がついた。
月齢が進まないうちに、セリアス団は再び竜骨の溶岩地帯へ挑む。
「あの妖刀を使える者がおるとはのう」
「たまにいるのさ。呪いの影響を受けないやつが」
ムラサメは行きつけの武器屋を経て、ある少年のメインウェポンとなったらしい。
(このフレイムソードも悪くないな)
セリアスはアグニの炎剣を引っ提げ、仲間とともにガーゴイルの通路を抜けた。やがて第二のプレートの前まで辿り着く。
「これでいいんだろ? 開けゴマ、ってな」
グウェノが台の上にキューブを乗せた。すると、プレートの真中が開く。
「やりましたね! セリアス」
「ああ」
他力本願になってしまったとはいえ、ルートは開放できた。
しかし予想の通り、次は第三のプレートに遮られる。
「慈愛を示せ……」
プレートはそうとしか語らなかった。意味がわからず、セリアスたちは立ち竦む。
「愛なんてもん、どうやって証明すんだよ? なあ、オッサン」
「拙僧のような愛妻家を連れてくる……わけでもないのか」
だが、セリアスにはすぐにわかった。
これが『プレート』であれば、最初に取るべき方法はひとつだけ。
「ハクアを山ほどぶつけてやれば、開くんじゃないか?」
「な~る! それはあるかもな」
セリアスたちは輪になってコンパスを囲む。
ハクアの量は『善行』によって決まった。しかし診療所勤めのハインが、今回はわずかしかハクアを注ぎ込めない。
「む? おかしいのう……いつもなら、もっとたくさん光るのだが……」
「嫁さんに内緒で飲んでんのが、コンパスにばれてんだろ」
むしろグウェノのほうが多かった。それでもプレートを開けるには足りない。
「次はジュノーだぜ」
「わかりました。触ればいいんですね?」
ジュノーの番になると、コンパスは急に沈黙してしまった。
「……………」
忍者らしく諜報や暗殺で稼いできたことを、見抜かれているのかもしれない。ところがイーニアの口から意外な事実も語られた。
「ジュノー、前に女のひとを泣かせてましたから……」
噂の色男が慌てふためく。
「ちょっ、イーニアさん? あれは違いますよ! 僕はお断りしただけで……」
「どんな振り方したってぇ? ったく、悪い男がいたもんだぜ」
実際、ジュノーが素顔でギルドを出入りするようになってから、噂話も多くなった。ジュノーの端正な顔立ちは女受けがよく、セリアスもよく彼のことで質問される。
心配そうにイーニアがセリアスにだけ尋ねた。
「メルメダさんが言ってたんです。ジュノーって……男のひとが好きなんですか?」
「そんなことは忘れてしまえ」
続いて、イーニアのハクアがコンパスに注がれる。
「結構な量なのに、まだ足らねえってか?」
「こいつは何か手を打つべきかもしれんのう……」
あとはリーダーを残すのみ。
コンパスを手に取りながら、セリアスはこの冒険の『意味』を思い浮かべた。
好奇心は表向きの理由であって、目的はほかにある。
(大陸を救うなんて柄じゃない……お前もそう思うだろう? フィオナ)
これまでにも巨悪に挑むことはあった。スタルド王国やソール王国でも、さすらいの剣士は聖なる武具の加護を受け、大いなる邪悪を滅ぼしている。
とはいえ、どれも成り行きに過ぎなかった。
そして今回もまた自分は『成り行き』で済ませようとしている。
「そうじゃないんだ。俺は……」
「……セリアス?」
俄かにセリアスの手が光り輝いた。膨大な量のハクアがコンパスを一気に満たす。
「す、すげえ……! やるじゃねえか、セリアス」
「リーダーはこうでなくてはのう」
なぜハクアがこれほど溢れたのか、自分でもわからなかった。
第三のプレートが重いなりに開いていく。
「行きましょう!」
「ああ」
それをくぐり抜け、セリアスたちはついに溶岩地帯の最深部へ辿り着いた。
湖底の神殿と同じようなホールが、中央で溶岩を煮え滾らせる。それが渦を巻き、一帯に地鳴りを響かせた。
「やっぱりなぁ……お出ましみたいだぜ!」
真っ赤な溶岩が丸々と膨らむ。
セリアス団の前に現れたのは、巨大なトーテムポールだった。一段ごとに回転しつつ、怪腕を伸ばし、溶岩のプールをかき混ぜる。
コンパスにその名が浮かびあがった。
「スルト……あの魔人の? まさか実在するなんて……」
「構えろ、イーニア! 来るぞ!」
セリアス団に目掛け、炎の巨人が四本の腕を次々と振りおろす。それをハインは真正面から防御し、グウェノやジュノーは素早くかわした。
「溶岩の上とは、また……こいつは面倒な相手だぞ、セリアス殿!」
「深追いして落ちるなよ!」
グウェノの矢がスルトを掠める。
「こりゃあオレの出番かねえ? イーニア! どこを狙えば、障壁を崩せんだ?」
「額です! 間違いありません!」
巨人の額で黒い水晶体が妖しい光を発した。それが耐魔法のフィールドを展開し、トーテムポールの本体を覆っているらしい。
「腕は剥き出しというわけか」
「僕が引きつけます。セリアスはスターシールドで防御を」
遭遇して一分と経たないうちに、セリアス団はスルトの攻撃スタイルや弱点を看破していた。ジュノーは持ち前の身軽さを活かして、スルトの怪腕を飛び移っていく。
トーテムポールが隙間から黒煙を噴いた。
「離れてください、ジュノー! スプラッシャー!」
そこにイーニアの鉄砲水が飛び込む。
セリアスもスターシールドを構え、前に出た。
「いいぞ、イーニア! 守備は俺がやる、お前は攻撃に集中してくれ!」
「はいっ!」
ハインはスルトの腕を止め、ジュノーは攪乱し、グウェノは狙い撃つ。
その合間を縫うようにイーニアの魔法も炸裂した。一方、スルトの攻撃はセリアスに盾でがっちりと防がれる。
グウェノが弓を斜め上に向けた。
「そいつだ、ジュノー! 斬ってくれ!」
「わかりました!」
ジュノーがスルトの腕を一本斬り落としたことで、射線が空く。
その瞬間、グウェノの矢がまっすぐに放たれた。黒煙で見えずとも、スルトの額を一発必中で串刺しにする。
スルトの障壁が消え、全身が剥き出しとなった。
「一気に仕留めるぞ、みんな!」
セリアス団は手を緩めず、炎の巨人に総攻撃を仕掛けようとする。
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