第172話
だが、急にイーニアのコンパスが赤く光り出した。
「ま……まさか、エクソダスがここに?」
セリアスもはっとして振り返る。
(なんだと……?)
後ろの通路のほうから、石像の破片がいくつも飛んできた。さながら火葬でもするかのように炎が溢れ、ガーゴイルさえ黒焦げにする。
とうとう髑髏の群れが飛び出してきた。同時に唯一の脱出ルートを塞がれる。
「どうなってんだよ! 今は動かねえんじゃなかったのか?」
ロッティの仮説を鵜呑みにしたのは、早計だった。
幸いにして、スルトはエクソダスにターゲットを変える。
「セリアス、イーニアさんも今のうちです!」
「奥に逃げるしかあるまい! 走れ!」
その隙にセリアス団はスルトの脇を駆け抜けた。
スルトの巨体にエクソダスが齧りつく。
「ととっ、とんでもねえぜ……! もう生きた心地がしねえよ、オレ」
「いいから急げ!」
辛くもセリアスたちは奥の通路に逃げ込むことができた。
スルトのおかげもあって九死に一生を得る。
「ここなら、はあ、しばらくは安全でしょう……大丈夫ですか? みなさん」
「大丈夫に見えるかよ? さっきのは寿命が縮んだぜ」
セリアスの心臓もうるさいほどに鳴っていた。グウェノの『生きた心地がしない』『寿命が縮んだ』は的を射ている。
エクソダスの大きさでは壁を壊すか掘るかしない限り、入ってはこられないだろう。
しかしセリアス団は閉じ込められたも同然だった。ハインが坊主頭を叩く。
「参ったのぅ……拙僧が一度くらい暴れたところで、やつは倒せぬし……下手をすれば、ここいらが崩れてしもうて、全員で生き埋めだぞ」
エクソダスに近いせいで、気温もみるみる上昇してきた。耐熱フィールドはスターシールドとフレイムソードで維持できるものの、冷却はそう長続きしない。
「オレたちが溶岩地帯にいるってこと、バルザックは知ってんだろーけど……」
竜骨の溶岩地帯は現在、表向きは立ち入り禁止となっていた。セリアス団だけはタリスマン捜索のために許可され、探索を続行している。
当然、救助など期待できなかった。
「六大悪魔のことは、街でも噂になってますからね……難しいでしょう」
「拙僧らのために犠牲を増やしてもなるまいて」
六大悪魔に阻まれては、ここまで辿り着けるはずがない。
「女神像さえあったら……」
一縷の望みも叶うことはなかった。
細長い通路の先は行き止まりで、祭壇があるだけ。ただ、その中央にこそ最後のタリスマンが突き刺さっていた。
剛勇、叡智、慈愛のタリスマンが共鳴する。
「きゃっ? タリスマンが……!」
「こ、こいつは?」
どうやら絶望的な状況でもないらしい。セリアスは仏頂面でやにさがった。
「お前たち。コズミック・スレイヤーでエクソダスを倒せると思うか?」
セリアス団にとって最後の手段。神秘の剣が目の前にある。
ジュノーもハインも力強く頷いた。
「僕とて、ここで死ぬつもりはありません。みんなでひとつ賭けてみませんか」
「面白そうではないか。拙僧も付き合わせてもらうぞ」
おどけながらも、グウェノが祭壇へ踏み込む。
「しょうがねえなあ……オレが面倒みてやるよ、セリアス」
しかしイーニアだけは躊躇った。不安そうな面持ちでトーンを下げる。
「この剣は封印の要にもなってるはずです。抜いてしまえば、もう邪悪の王を止めるものはなくなると、エディンさんが……」
抜いたからといって、今すぐ封印が消滅するわけではなかった。エディンの言葉通りであれば、あの封印区画でこそ、最後の楔を外すことができる。
「エックスデーへのカウントダウンは始まってしまうな」
だが、封印の限界も近かった。いずれセリアス団は勝負に出なくてはならない。
「ハイン、グウェノ、イーニア。力を貸してくれ」
「……わかりました」
セリアスたちは緊張とともに聖剣を囲む。
初めての剣にもかかわらず、不思議と手に馴染む感触がした。みっつのタリスマンがさらに共鳴しつつ、コズミック・スレイヤーに眩い光を注ぎ込む。
「これでほんとに抜けんだろーなあ?」
「頼むぞ……セリアス殿!」
自然と腕に力が入った。
一介の剣士の手によって、ついに聖剣が解き放たれる。
(この感覚は……)
身体中を熱いものが駆け抜けていった。コズミック・スレイヤーを握り締めたまま、セリアスは半ば呆然と立ち竦む。
「どうしたんですか? もしかして、それほどまでに剣の力が……」
「そうじゃないんだ、ジュノー。なんだか懐かしい気がしてな」
鞘がないため、剥き身で持ち歩くほかなかった。
イーニアはほっと胸を撫でおろす。
「よかった……これで、よっつのタリスマンが揃いましたね」
グウェノは半信半疑といった顔で苦笑した。ハインは大きな図体で腕組みを深める。
「でも、あんま実感ねえよな。こんな剣が大陸を救うなんて言われてもよぉ」
「エクソダスで試し斬りといこうではないか。わはは!」
セリアス団の腹は決まった。今こそ六大悪魔に真っ向勝負を挑む。
コズミック・スレイヤーを携えてホールに戻った時には、炎の魔人どもは雌雄を決していた。スルトは溶岩の上で崩れ落ち、それをエクソダスの群れが貪っている。
空っぽのしゃれこうべが不気味な笑みを浮かべた。
しかしセリアス団はひとりとして物怖じせず、コズミック・スレイヤーのもとで六大悪魔と対峙する。
「今度こそご退場いただくぜ? 六大悪魔さんよ」
「ここはあえて拙僧も、タリスマン、おぬしの力で戦わせてもらうぞ」
「もう私たちの邪魔をしないでください」
「勇ましいですね、みなさん。僕の出番はあるんでしょうか?」
溶岩の中からも続々と髑髏が飛び出してきた。
聖剣越しに炎の悪魔を睨みつけ、セリアスは号令を放つ。
「いくぞッ!」
決戦の火蓋が切って落とされるとともに、イーニアとグウェノが魔法を重ねた。
「メイルシュトローム!」
怒涛の渦潮がエクソダスの群れを飲み込む。
「化け物め、こいつももらっておけ!」
ハインは軽々とスルトの破片を持ちあげ、投げつけた。早くも髑髏の一体が脳天をかち割られ、ほかの髑髏に追突する。
渦潮から逃れたものは、ジュノーが菊一文字で斬り伏せた。
「倒す手段さえあれば、どうとでもなりますね」
「これで通用しなかったら、怒るぜ? 無限のタリスマンさんよぉ!」
セリアスは聖剣の切っ先を地面に擦りつけながら、ホールの外周をひた走る。
「もう少し引きつけててくれ!」
「はいっ!」
イーニアの氷結魔法やグウェノの矢がエクソダスに反撃の隙を与えなかった。近づいてきたものはハインが殴り返し、ジュノーは攪乱に徹する。
セリアスの動きに呼応して、イーニアもカシナートの剣を抜いた。
「合わせてください、ハイン! グウェノ!」
「よしきた!」
「そーいうことか、ヘヘッ!」
セリアスはコズミック・スレイヤーを逆手に持ち替え、地面に突き刺す。
先ほど剣で描いたのは、魔方陣。ジュノーが溶岩の上を飛びまわったのも、六芒星を完成させるためのフォローだった。
ハインの拳とグウェノの矢、イーニアの剣も同じ魔方陣を直撃する。
「魔・陣・剣ッ!」
膨大なエネルギーがエクソダスを突きあげた。
荒ぶる業火さえかき消され、しゃれこうべの群れは魔陣剣の波動に晒される。
「本物を逃がすな、ジュノー!」
「任せてください!」
ジュノーが明後日の方向に手裏剣を放った。
十字型のそれが、人間と変わらないサイズの頭蓋骨に命中する。
「あんなのが隠れてやがったのか?」
エクソダスの『本体』が落下してきたところを、今度こそセリアスが一刀両断した。
髑髏の群れは消滅し、やがて溶岩の沸騰も鎮まる。グウェノはぺたんと尻餅をつき、イーニアも気が抜けたのか、へなへなと座り込んでしまった。
「や……やったぜ! 見たかってんだよ、オレたちの超必殺技!」
豪胆なハインも両手を膝につく。
「あれで消し飛ばんやつなど、おるまいて……」
「あの……帰る前に一休みしませんか?」
さすがにセリアスも緊張の糸が切れ、力が入らなかった。皆で一ヶ所に集まり、順番に水をがぶ飲みする。
「ぷはあ~っ! 生き返るぜ。ほらよ、セリアスも」
「ああ。……単なる水のくせに、美味いな」
まさに会心の一撃だった。コズミック・スレイヤーの威力は無論のこと、セリアスたちのコンビネーションがタリスマンの力を極限まで高めたらしい。
「あとは邪悪の王を倒すだけ、ですね」
「むしろ楽しみなくらいだぞ? 拙僧は。どんな面をしておるのかのう」
「ジュノーよりハンサムかもな」
不愛想なセリアスの口からも珍しい冗談が出た。
ひとしきり笑ってから、セリアスたちは六大悪魔の姿を思い出す。
「しっかしよぉ……あんな小せぇ頭蓋骨が、エクソダスの正体だったなんてな」
「ほかの頭がずっと庇ってましたから、おかしいとは思ってたんです」
「実はデュラハンも、腹の中のゾンビが本体だったんだ」
フランドールの大穴では、目に見えるものだけが真実ではなかった。もしかしたら六大悪魔も本当は自分たちと同じ『人間』かもしれず、ぞっとする。
「拙僧らとて、心次第で悪魔にもなりうる。……かの王にとっても、不死の秘宝はただのきっかけに過ぎなかったのやもしれん」
ハインの説法はいつにも増して真に迫っていた。
「なんとなくわかります。私だって、間違ったことをすれば……きっと」
「オレの親友にもいたんだよ。まっすぐだったのに、踏み外しちまいやがってさ……」
そもそも災厄をもたらしたシビトは、大昔の、フランドール王国の民なのだ。浅はかな王のせいで化け物に変えられ、今なお地の底で飢えている。
終止符を打てるのはセリアス団だけ。
「でもよ、聖剣様にもご登場いただいたんだ。やるしかねえだろ?」
「……ああ」
「決着をつけましょう。一緒に」
タリスマンの探求はついに結末を迎えつつあった。
かの王が復活を遂げ、大陸の全土をシビトで埋め尽くすのか。
それともセリアス団が王を打ち倒すのか。
(必ず止めてやるとも。フィオナ、一度はお前が守った世界だからな)
決戦の時は近い。
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