第167話

 探索の予定をキャンセルして、セリアス団は屋敷に集合した。

 今回は自称・オブザーバーのロッティも呼び、学識調査の進展から確認しておく。

「五十年前の資料をかき集めて、六大悪魔のことがいくつかわかったわよ」

「さすがだな。話してくれ」

 忌まわしい六体の名が明かされた。

「デュラハンはもともと風下の廃墟にいたらしいの。それから画廊の氷壁にコルドゲヘナと、竜骨の溶岩地帯にエクソダスね。こいつらも昔から脅威だった」

 六大悪魔の存在は、かつてフランドール王国が大穴を攻めきれなかった一因でもある。不死身の化け物は一体だけでも軍の一個大隊に匹敵した。

「画廊の氷壁に飾られてる『作品』は、コルドゲヘナのものと考えて間違いないでしょうね。デュラハンもそうだけど……不可解なのは、それぞれ『嗜好』があるってこと」

 ロッティの解説はグウェノの耳を右から左へすり抜けていく。

「えぇと……なんだって?」

「モンスターには考えられないことなんです」

 野生のモンスターがひとを襲うのは動物と同じで、第一に縄張りを守るため。もしくは敵(冒険者)から身を守るためで、大体の行動はそれで一応の説明がつく。

 ところがシビトは『流血』を求め、ひとびとを襲った。六大悪魔に至っては『殺し方』に創意工夫を凝らし、凶行を楽しむ。

「文献によれば……ほかにマイルフィック、セイレーン、ハーデスってのがいるそうよ。セイレーンは泣き止まぬ湖を根城にしてたそうだけど」

 グウェノとジュノーは顔を見合わせた。

「泣き止まぬ湖だってよ……オレたち、危なかったんじゃねえの?」

「湖の底を歩きまわったりしてましたからね……」

 溜息を挟んで、セリアスはジュリエットとのことを白状する。

「黙っていてすまない。実は……デュラハンはシビトの女と一緒に倒したんだ」

「なっ、なんと?」

 豪胆なハインもぎょっとした。

「本当なんですか? セリアス。あのデュラハンを……」

「二度とやるつもりはないがな。ほら、グウェノ、前におかしな女が来ただろう?」

「へ? ……あぁ、あん時の!」

 シビトの女王ジュリエットの目的は六大悪魔の殲滅にある。もしかしたら、すでにコルドゲヘナも撃破されている可能性があった。

 今日の話には興味がないらしいソアラが、紅茶を運んでくる。

「スターシールドばかりずるいですの、マスター。私もお連れになってくださいませ」

「あいつは物静かだから、いいんだ」

 その香りを仰いで、イーニアは一息ついた。

「これは……キーマンです」

「あら? お勉強なさってるようですのね、イーニア。……それに比べて、そっちのメスザルは頭でっかちのくせに感性はゼロ、色気もありませんし……はあ」

 いきなり散々にけなされ、ロッティは地団駄を踏む。

「ちょっと! なんで私にはいっつも噛みついてくるわけ?」

「あとにしろ。……で? ロッティ、ほかには何がわかったんだ」

 ソアラを下がらせて、ようやくセリアス団のミーティングもらしくなってきた。

「えぇと、六大悪魔もシビトだから、刻印が有効ってことと……そうそう! そいつらは活動する『月齢』が決まってるみたいなの」

「月齢って……月の、ですか?」

 思いもよらない言葉が出てきて、セリアスたちは前のめりになる。

「要するに、例えば三日月の間は暴れてる、って?」

「なるほどのう……それなら遭遇したりせんかったりするのも、合点がいくぞ」

 実際、デュラハンは白金旅団を壊滅させたあと、長らく目撃されなかった。コルドゲヘナも氷壁に陣取っているなら、とっくに余所のパーティーが遭遇しているはず。

「そのせいで根も葉もない憶測が流れた面もありますね。六大悪魔の出現時期にはインターバルがある……これは盲点でした」

「こいつはバルザックに報告したほうがいいな」

 セリアスは手書きの地図を開き、それを記憶地図と照らしあわせた。

「それなら、タイミング次第で探索できるわけか……やれやれ」

「ここで辞めるわけには行かなくなっちまったな、ハハ」

 グウェノが空笑いを引き攣らせる。

 今後の探索は命懸けだった。六大悪魔は無論のこと、竜骨の溶岩地帯は地形そのものが危険なうえ、強敵も多い。

 しかしセリアス団には女神像やタリスマンなど、有利に働くものが揃っていた。月齢を読めば、六大悪魔との偶発的な遭遇も避けられる。

 さらに考古学者のロッティは面白い情報を提供してくれた。

「あとねぇ、溶岩地帯で『骨』になってるやつ、正体がわかったの。あれは『恐竜』っていって、大昔にいた巨大生物のものらしいわ」

「へ? 竜じゃねえの?」

「草食の個体もいたみたい。どんな新陳代謝になってたのかしら」

 溶岩地帯の攻略には役に立ちそうにないものの、好奇心を触発される。

「大陸のどこにもいないのか?」

「絶滅しちゃったって話よ。化石なんかは見つかってるけど」

「化石? そんな大昔の生き物なのかよ」

 フランドールの大穴に隠された、大陸の歴史――これには興味をそそられた。

 やはり自分は『冒険』が好きでたまらないらしい。古めかしい遺跡や、前人未到の土地に踏み込むのは、新しい発見を求めてのこと。

「恐竜はモンスターに分類されるのでしょうか?」

「そこんとこは学者の間でも意見が分かれてるんだって。……あっ、そーだ!」

 ロッティが嬉しそうに笑みを咲かせる。

「聞いたわよ、イーニア! アカデミーに進学するんでしょ?」

 お喋りな口が滑ったせいで、ほかのメンバーも知ることになってしまった。

グウェノは指を鳴らし、ぐいぐいと薦める。

「いいじゃねえか。オレは勉強のほうはからっきしだったから、羨ましいくらいだぜ」

「イーニア殿なら、推薦もありうる話ではないのか?」

 イーニアの意志を尊重したくて、もうしばらく黙っておくつもりだったが、こうなっては仕方がない。グウェノやハインに続いて、セリアスも口を揃えた。

「バルザックにも推薦されていたな。タブリスか、フランドールのほうか……」

「フランドール王国においでよ、イーニア。私もいるんだし」

「いけませんよ、ロッティ。これはイーニアさんの進路なんですから」

 イーニアは和やかに微笑む。

「ありがとうございます、みなさん。実は私も前向きに考えてまして……魔法屋さんにも相談に乗ってもらったりしてるんです」

 この調子なら、誰かに押しきられてという心配もなかった。

「焦ることはないさ」

「まだ最後のタリスマンも見つかっておらんしのぉ」

 フランドールの大穴での冒険はゴールが見え始めている。タリスマンを揃え、かの王を討伐したら、セリアス団は解散となるだろう。

 だが、それは決して後ろ向きな『終わり』ではなかった。

「ジュノーは忍者を続けんのか?」

「どうでしょう? 労力と報酬が見合わないことは、ソールで学習しましたから」

それぞれのメンバーが次の目標を見つけ、城塞都市グランツを発つ。その日を迎えるためにも、セリアス団は使命をまっとうしなくてはならなかった。

「そうとなりゃ、邪悪の王なんざに負けてられねえよなあ? ヘヘッ」

「わっはっは! その言葉を忘れてはいかんぞ? グウェノ殿」

 セリアス団は結束を深め、溶岩地帯へ挑む。

 無限のタリスマンを求めて――。

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