第166話

 さしもの六大悪魔も激流に翻弄され、こちらに近づくこともままならない。

「今のうちだ! 急げ!」

 その隙にセリアスたちは出口のほうへ走った。グウェノはイーニアを抱え、得意の滑空で楽々とジュノーを追い抜いていく。

「グウェノ? 私よりも狂戦士団のかたを……」

「こん中ではお前が最優先なんだよ! しっかり掴まっとけ!」

 メルメダが冗談を零した。

「イーニアにべたべた触ってんのは、どっちよ? はあ」

「フィールドはいいから、お前も先に行け」

「あらそう? じゃ、お言葉に甘えて」

 彼女に続いて、狂戦士団の面々も出口のほうへ駆け込む。

 セリアスはスターシールドを構えつつ、しんがりのハインを見守った。

「お前も走れ!」

「背中を見せては、後ろから襲われるぞ? ふふふ」

 火柱がいくつも噴きあがって、渦潮を散らす。

 髑髏の群れは再び炎をまとい、浮かびあがった。空洞の目を赤々と光らせながら、ハインを嘲笑うかのように取り囲む。

「くっ……スターシールドよ! ハインに加護を……」

「黙って見ておれッ!」

 怒号が響き渡った。セリアスさえ委縮するほどの胆力で、呆然とさせられる。

「見せてやろうぞ、エクソダスとやら。この『明王』の底力をっ!」

 ハインは道着を脱ぎ捨て、雄叫びをあげた。

「ウオォオオオー!」

 次の瞬間には、剛拳がしゃれこうべの横っ面にめり込む。

 髑髏は宙で玉突きを起こし、ばらけてしまった。何体かはハインに齧りつこうとするものの、逆に殴り返される。

 セリアスさえ震えるほどに戦慄した。

(あれが……シャガルアの明王か!)

 凶悪なモンスターや六大悪魔への恐怖など、たかが知れているのだと実感する。

 悪鬼羅刹のことごとくを踏み砕くという大聖不動明王。その荒々しい破壊を前にして、セリアスは生まれて初めて『畏れ』を抱いた。

 ハインの猛攻は溶岩をものとせず、エクソダスさえ上まわる。

「ふんぬッ!」

 正面のしゃれこうべはハインの頭突きをもろに食らい、砕けてしまった。

 さらには逃げ出そうとする一体を捕まえ、ほかの髑髏に投げつける。

「も……もういい、ハイン! 出るぞ!」

「おおっと! そうであった」

 ハインは褌一丁で黒煙をまといながら、しめしめと逃げ出した。セリアスも一緒に溶岩地帯を駆け抜け、ついに脱出を果たす。

「アイスストーム!」

 仲間と合流して早々、ビースト・アームズに氷結魔法を浴びせられた。

「やっと来たか、セリアス!」

「すまない。それより、もっと離れるぞ」

 セリアスたちは彼らと合流しつつ、ベースキャンプからも飛び出す。

 女神像のもとまで辿り着き、一同は息を切らせた。

「はあっ、はあ……も、もう走れねえぞ?」

「そっちはほとんど、ふう、飛んでいたではありませんか」

 グウェノは大の字でばて、ジュノーもぎこちない笑みに疲労感を滲ませる。

 顔の広いグウェノが一番に出てきたからこそ、ビースト・アームズの面々も息を合わせることができたのだろう。

「下手に迎えに行くよりはと、入り口付近のモンスターを掃除してたんだ。そしたら、やばいやつが現れてな……あれはおれたちが誘い出してしまったのかもしれん」

「そんなことはないさ。おかげで、こっちも助かった」

案の定、メルメダはいつもの癇癪を起こした。

「冗談じゃないわよ、もうっ! セリアス、ほんっとにあんたは……!」

「がならないでくれ。俺もいっぱいいっぱいなんだ」

 青息吐息の窮地を脱したことを、セリアスもやっと実感する。

「でも、これで私たちの『勝ち』ですね」

「……そうだな」

 満身創痍とはいえ、全員が生還を果たせた。これこそがセリアス団、ひいては狂戦士団にとって最大の『成果』だと胸を張れる。

「あっ! こんな時こそ」

 イーニアがコンパスで女神像から『癒し』の力を引き出した。

狂戦士団の顔色も大分よくなる。

「助かる時は助かるもんだなあ……運さえよければ、なんつって死ぬやつもいるのに」

「今回はたまたま『悪運』が強かったのさ。な? セリアス団」

 その言葉に心当たりがありすぎて、セリアスも笑った。

「こんな目に遭ってる時点で相当、運が悪いからな」

「東方では『地獄に仏』とも言ってな」

 ハインだけは火傷を負いながらも平然としている。

「それより大丈夫なんですか? ハイン……」

「わっはっはっは! 久しぶりに暴れたもんだから、せいせいとしたわい」

 溶岩に足を突っ込んだせいで靴は燃え、裸足が地面を踏みしめた。

 この頑丈さにはグウェノもぽかんとする。

「何者なんだよ? オッサン……六大悪魔と対等にやりあえるなんて。これなら、デュラハンとも戦えたんじゃねえのか」

「僧侶たるもの、いたずらに力を振るうものでもあるまい。それに不死身の魔物は倒せんのだし……拙僧が力を出せば出すほど、相手も力を出してきよる」

 ベースキャンプのほうで突如、火の手があがった。

「あ、あれは……もうエクソダスが?」

「復帰が早いな。転移するぞ」

 女神像の力を借りて、セリアスたちは風下の廃墟へ跳ぶ。

 今度こそエクソダスから逃げきり、狂戦士団も安堵の色を浮かべた。

「わけのわからねえことだらけだったが……本当にすまなかったな、セリアス団。ビースト・アームズにも迷惑を掛けちまうなんて」

 ビースト・アームズのギースが狼の面構えで微笑む。

「困った時はお互い様さ。だが……あの様子では、溶岩地帯にはもう入れんな」

「バルザック殿に話して、封鎖してもらうほかあるまい」

 さすがにベースキャンプが丸焼けになっては、余所の冒険者も慎重になるはず。バルザックも六大悪魔の動向には気を揉んでいるため、対応は早そうだった。

「それよか、さっさと帰ろうぜ? オッサンもパンツ一丁だしよぉ」

「……」

「イ、イーニア殿? 無言は止めてくれんか」

 やがてセリアスたちは城塞都市グランツへと帰還する。

 狂戦士団のリーダーはセリアスと握手を交わした。

「こっちは命を助けてもらったんだ。お前たちに都合の悪いことは喋らねえよ」

「ああ。しっかり養生してくれ」

 ギースはイーニアの風貌を眺め、頷く。

「本当に妹とよく似てるな。これからも頑張れよ、セリアス団の紅一点」

「あ、はい……頑張ります」

 こうして救出の件は一段落した。

 翌日には竜骨の溶岩地帯への立ち入り禁止が決定し、グランツに不安が広がり始める。

 フランドールの大穴に立ち入って、よかったのだろうか?

 いずれ街も白金旅団と同じ目に遭うのでは?

 第二の災厄は迫りつつあった。

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