第165話

 溶岩は嵩が増え、帰り道を横断してしまっている。しかし問題はそれではなかった。

(……やつか!)

 人間を丸呑みにできそうなサイズの『しゃれこうべ』が十数匹もたむろして、煮えた溶岩を浴びている。

 隊列の後方で狂戦士団のメンバーが戦慄した。

「まさか髑髏のバケモンか?」

「ああ」

 六大悪魔のエクソダス――セリアスたちは絶体絶命の窮地に陥る。

 周囲にモンスターが見当たらないのも、六大悪魔を恐れてのことだろう。竜骨の溶岩地帯を統べる支配者が、ついに姿を現してしまった。

 グウェノが舌打ちする。

「チッ! ご丁寧にオレたちの脱出ルートを塞いでるってわけか」

 ほかに道はなかった。

「ヤツが余所へ行くまで、やり過ごすか……」

「そいつは期待しないほうがいいぜ。こっちに来られたら、逃げ場はねえ」

 当然、狂戦士団に余力はないえ、セリアス団は彼らを守りながらの戦いとなる。イーニアやメルメダは触媒も消耗しており、タリスマンがあっても厳しい。

 さらに熱気が強くなった。メルメダが耐熱フィールドを強化し、辛くも凌ぐ。

「まずいわね……! 私だって、そう長くは持たないわよ?」

 イーニアは慈愛のタリスマンを手に取った。

「私とグウェノのタリスマンでも、同じ防壁を……」

「待て。全員で防御にまわっても、ジリ貧だぞ」

 耐熱フィールドを二重、三重にしたところで、状況は一向に変わらない。せいぜい時間稼ぎにしかならず、脱出及び生還には直結しなかった。

 暑さのせいで、ハインの坊主頭も汗に濡れる。

「溶岩地帯に拙僧らがいると、やつも気付いておるのではないか? これだけ熱で煽られては、いずれは出ていかざるを得まい」

「やつならではの方法だな」

 近くで蒸気が噴いた。溶岩地帯はエクソダスの狩場と化し、セリアスたちをじわじわと追い詰めていく。

「エクソダスを振りきって、出口まで……?」

 おそらくはそれが唯一の方法だった。

「おいおい、本気で言ってんのかよ? 相手はデュラハンと同じ六大悪魔だぜ」

 グウェノは怯える一方で、ハインは腹を括る。

「不死身の六大悪魔とて、こちらにはタリスマンがみっつある」

「私とグウェノのタリスマンを合わせれば、高度な合成魔法も使えるかもしれません」

 セリアス団の面々は溜息を重ねた。

(命懸けの脱出になるな……)

 デュラハンの脅威を肌で感じたことがあるだけに、セリアスも恐ろしい。のちのデュラハン戦ではジュリエットと共闘こそしたが、二度と御免だった。

 左手の刻印も本来は『闇の力』に属するため、セリアスでは力を引き出せない。

「セリアスの誘いに乗った私が馬鹿だったわ。ほら、早く決めなさいったら」

「んなこと言われても……生きるか死ぬか、だぜ?」

 なかなか決断できずにいると、狂戦士団のドワーフたちが口を挟んだ。

「おれたちを置いていけ。お前たちだけなら、なんとかなる」

「そ、そんな……でも」

 躊躇うイーニアを制し、ザザが覆面を剥がす。

「残念ですが、狂戦士団のみなさんの言う通りです。僕らだけでも生存は五分五分……負傷者を三人も連れていては、可能性はゼロに近いでしょう」

 合理的だが冷酷な判断だった。人情家のグウェノは唖然とする。

「お前まで本気で、んなこと……」

「待ってください、グウェノ! 今は争ってる場合じゃありません」

「あ……いや、わかってるよ。びっくりしただけでさ」

 あのザザが素顔を晒してまで、口を開いたのだ。それほどに状況は差し迫っている。

「ちょ、ちょっと待ちなさいって。あんた、街で有名な吟遊詩人じゃないの」

「あとにしてくれ、メルメダ」

 獰猛な唸り声が響いた。それだけでイーニアやグウェノは竦みあがる。

「きゃ……っ!」

「おれたちのことは気にするな。最初から運がなかったんだ」

 狂戦士団の男たちはすでに覚悟を決めていた。髭の濃い顔つきを引き締め、ふらつきながらも自分の足で立つ。

「こっちが囮になる。お前らはその間に……」

「だ、だめです!」

 イーニアが声を荒らげた。

「諦めないでください! 絶対にみんなで街に帰るんですから!」

「落ち着け、イーニア殿」

 そんなイーニアをハインがどうどうと抑える。そして逞しい胸を張り、言いきった。

「しんがりは拙僧が務めよう」

「オッサン? ちょ、何言ってやがんだよ? あんな化け物相手に……」

 グウェノが呆れても、モンク僧の自信は揺るがない。

「なぁに、拙僧も死ぬつもりなどない。ただ、派手に暴れることになるんでなあ……おぬしらが一緒では、巻き込みかねんのだ」

 彼の右腕には剛勇のタリスマンもあった。

 たったひとりで六大悪魔の相手など、正気の沙汰ではない。だが『明王』の異名さえ持つハインなら、決して不可能ではないのかもしれなかった。

 彼の瞳に力強いものを感じ、セリアスは折れる。

「……わかった。だが、死ぬのはなしだぞ。お前の息子に恨まれたくはない」

「わっはっは! グウェノ殿、ジュノー殿もチビらんようにな」

 セリアス団は狂戦士団とともに慎重な足取りで脱出を再開した。エクソダスに見つからない、それでいて魔法が届く限界の距離まで近づく。

 しゃれこうべの一体が急に奇声を発した。

「気付かれたか!」

 ほかの髑髏も向きを変え、おぞましい笑声を合唱のように響かせる。

グウェノは半ば自棄になった。

「こーなったら、もうやるしかねえ! 頼むぜ、叡智のタリスマンさんよおっ!」

「慈愛のタリスマンよ! 我に力を貸し与え給え!」

 彼と一緒にイーニアも前に出て、タリスマンの力を解放する。

 竜巻に夥しい量の水が混じった。それが巨大な渦潮となり、エクソダスに目掛け、怒涛の勢いで雪崩れ込む。

「メイルシュトロームッ!」

 暴れ狂うような渦潮がエクソダスを飲み込んだ。

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