第164話

 グウェノが知恵を絞る。

「場所はわかってんだ。とりあえず無事な面子だけでも先に連れてって、あとから出なおすって手もあるしよ。どうだい? セリアス」

「ああ。置き去りにするのは気が引けるが、そいつで行こう」

 ベストではないにせよ、ベターな判断だった。

 しかしイーニアは納得せず、サムソンの傍へ歩み寄る。

「一回だけチャンスをください」

「……わかった。ただし一回だけだぞ」

 セリアスはハインらと目配せして、足を止めた。

 今やイーニアも素人ではない。この状況下ではセリアスやグウェノと同じ結論に達したはず。それでも『賭け』に出たがるのは、勝算があるからだろう。

 イーニアは魔導杖を傍らに置き、慈愛のタリスマンに両手を添えた。

「お願いです、タリスマン……私にあなたの力を!」

 ドワーフの戦士が目を見開く。

「タリスマンだと? お前ら、まさか」

「あっちゃ~。イーニアさん、それを言っちゃあ……うわっ?」

 ハインとグウェノのタリスマンが俄かに輝きを増した。イーニアの胸で慈愛のタリスマンも神々しい光を放つ。

 ただ、イーニアでは抑えきれそうになかった。

「くうっ? こ、これじゃ……」

「行けるわよ! イーニア、私もフォローするから」

 すかさずメルメダが後ろからカバーに入って、立てなおす。

 両手をサムソンの身体に当てながら、イーニアは高らかに唱えた。

「リザレクション!」

 奇跡じみた最高クラスの魔法を目の当たりにして、セリアスもハインも驚愕する。

「だ、第七サークルだぞ!」

「なんという力だ……拙僧の法力なんぞ、足元にも及ばぬわい」

 癒しの光に包まれ、重傷者はうっすらと目を開けた。

「……? お、おれは一体……?」

「すげえぜ! やるじゃねぇか、イーニア」

 酷かった火傷は半分くらいが引いて、発熱も鎮まる。

 とはいえ完治には遠かった。起きあがろとする彼を、メルメダが制する。

「無理に動かないほうがいいわよ。これほどの治癒魔法だもの。火傷は治っても、身体には相当の負担になったはずだわ」

「お、おう」

 イーニアは安堵とともにタリスマンを撫でた。

「よかった……私でもちゃんと使えて」

 セリアスやハインがタリスマンの力を借りたところで、第七サークルの魔法など使えるはずもない。魔法使いのイーニアだからこそ、リザレクションも成功した。

「お前は大丈夫なのか?」

「はい。魔力もタリスマンのものでしたので」

 イーニアの健闘あって、サムソンもサポート次第で歩けないことはない。誰も置き去りにせず、全員で決死の脱出に挑む。

 あえてセリアスはドワーフの戦士に肩を貸した。

「ハインとザザはモンスターに備えてくれ」

「うむ! 頼りにしておるぞ、ザザ殿」

「……………」

 負傷者をセリアスとグウェノで受け持てば、ハイン、ザザ、イーニアの三人はこれまで通り戦闘に集中できる。慈愛のタリスマンが力を発揮する今、この布陣は手堅い。

「すまないな、メルメダ。帰ったら、また酒でも奢ろう」

「高いのを飲んでやるんだから、覚悟なさい?」

 セリアスたちの一行は再び灼熱の迷宮へ。

「狂戦士団は夏の間もずっと溶岩地帯かよ? よくやるなあ……」

「こっちはまだまだ調査が進んでねえからな。鉱石も豊富だし、儲かるぜ?」

 歩きがてら、イーニアがセリアスの隣で呟いた。

「実はさっき……タリスマンの声が聞こえたんです。気のせいかもしれませんけど」

「なんて聞こえたんだ?」

 セリアスの肩を借りているドワーフは、自分は聞くまいと顔を背ける。

「汝はイーニアであって、イーニアではなかった。メルメダもあの魔女ではない。力を合わせて、かの王を倒し、時計仕掛けの運命を断ちきれ……と」

 セリアスの仏頂面がさらに険しくなった。

「どういう意味だ?」

「わかりません。ですが、クロノスが言ってたことを思い出しまして」

 クロノスは道化めいた調子で真実を仄めかしている。

そして今回のタリスマンのものらしい言葉も、あることを示唆していた。

「まるでイーニアやメルメダがふたりずついるみたいだな」

「もしかしたら……」

 イーニアが出かかった言葉を飲み込む。

「何か心当たりでもあるのか?」

「……いえ。気にしないでください」

 まだセリアスの中でも答えは出ていなかった。ただ、真実の輪郭は見え始めている。

 溶岩地帯は異様な熱気に満ちているものの、モンスターの気配はなかった。

「この先は足場が悪いぞ。ほれ、イーニア殿も」

「ありがとうございます」

「またそーやって、上手いこと女子に触りやがって……」

 狂戦士団を守りつつ、なるべく安全な道を選ぶ。

 だが――先頭のザザがぴたりと動きを止めた。覆面越しに人差し指を立てる。

「……………」

 普段は仲間にわざわざ警告するような忍者ではない(ジュノーの場合は別として)。その彼がこうして警戒を促すのだから、ただごとではなかった。

 イーニアのコンパスが赤く光りだす。

「セリアス! これは……六大悪魔が近くに!」

「みんなは待っててくれ」

 セリアスはドワーフの戦士をハインに預け、ザザの隣で頭を低くした。

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