第163話
足元に何かを見つけ、ザザが屈んだ。
「……………」
「こいつは触媒の……」
ここで誰かが魔法を使ったらしい。
「モンスターの死骸が勝手に消えよるのは、こういう時に不便だのう」
「ほかにも痕跡があるかもしれん。みんな、よく見ててくれ」
セリアスたちは目を皿にしながら、真っ赤な溶岩地帯を進む。その途中でイーニアが竜の骨格を見上げ、はたと足を止めた。
「セリアス、あれを……牙が外れてます」
大きな牙は下に落ちている。その『意味』をグウェノが読み取った。
「狂戦士団が置いてったんじゃねえ? こいつが向いてる方向に行きゃ、きっと……」
最近になって彼らが残したメッセージである可能性が高い。
「急ぎましょう!」
「慌てないの。ほら、モンスターのお出ましよ?」
すでにセリアスはスターシールドを掲げ、防壁を強化していた。
「慎重かつ迅速に、な」
「へいへい。さすがオレたちのリーダー、肝が据わってんぜ」
「ザザ殿は右を頼む。こっちは拙僧が!」
苛酷な溶岩地帯での捜索は続く。
救助のために急いだ甲斐があった。
小さな横穴を抜けた先で、セリアス団は狂戦士団の面々と合流を果たす。
「お、お前らはセリアス団? 来てくれたってぇのかい」
「ギルドからの依頼でな」
狂戦士団は屈強なドワーフ族のパーティーだった。リーダーの戦士も筋骨隆々として、重量級のクレイモア(大剣)を背中に掛けている。
「あと一日、二日はここでサバイバルするしかねえと思ってたぜ」
狂戦士団のメンバーは四名。だがリーダーを含め、全員が酷い火傷を負っているうえ、ひとりはすでに意識がなかった。
「す、すぐに治療を!」
「……よせ。そいつはもう助からねえよ」
ドワーフの戦士たちは悔しそうに唇を噛む。
それでもハインは耐熱グローブを外し、彼の容態を診始めた。診療所で勤めているだけのことはあり、手際がよい。しかしハインの顔色は晴れなかった。
「これは……ただの火傷ではないぞ?」
痛々しい姿を前にして、イーニアは尻込みする。
「あ、あの」
「無理をするな。……どうだ? メルメダ」
「私はいいわけ? ……確かに、並みの火炎によるものじゃないわね」
竜骨の溶岩地帯では当然、炎を操るモンスターが多かった。サラマンダーのように高熱のブレスを得意とするほか、火属性の魔法に長ける魔物もいる。
そもそも、この秘境ではそこかしこに『溶岩』が流れていた。モンスターに遭遇せずとも、溶岩や蒸気で火傷を負うリスクは常にある。
ドワーフの戦士たちは蒼白になりながらも、こわごわと口を開いた。
「……バケモンが出たんだよ」
「ひょっとすると、あれが王国軍の言ってたやつかもしれねえ」
最悪の敵にセリアス団も息を飲む。
「六大悪魔か」
「エクソダスだっけ? やべえぞ……」
あのデュラハンに猛追されたのを思い出すだけで、寒気が走った。コルドゲヘナを相手に古竜レギノスが逃げに徹したのも、まっとうな戦法では勝ち目がなかったため。
「なんとか撒くには撒けたんだが、サムソンがやられちまってな。そのあともモンスターに追いまわされて、このザマさ」
「そやつらはエクソダスを恐れて、逃げとらんのか……」
「ファイアーエレメントなんかはかえって居心地がいいんでしょう? 多分」
狂戦士団が一度でもエクソダスから逃げおおせたのは、運がよかった。しかし激しく消耗し、とうとうここで進退窮まったという。
火山の表面は峡谷だらけのため、山肌を降りるのは不可能だった。怪我人を抱えてはなおのこと、内部の洞窟を地道に戻っていくほかない。
「メルメダ、今すぐビースト・アームズと連絡は取れないか?」
「向こうの魔法使いと繋いでみるわ」
メルメダの通信に応じ、ビースト・アームズから返事が返ってきた。セリアスたちは手短に状況を伝えつつ、脱出を始める。
『了解した、先に出るとしよう。だが、そっちは狂戦士団を抱えて大丈夫か?』
「心配しないでくれ。ルートは把握してる、最短で抜けるさ」
エクソダスが息を巻いている以上、もはや一刻の猶予もなかった。
しかし脱出しようにも、狂戦士団で歩けるのは半分のふたりだけ。ひとりは誰かの肩を借りねばならず、あとのひとりは目覚める気配すらない。
「サムソンは置いてくしかねえか……」
「拙僧が担いでやるとも」
「待ちなさいったら。それだと、あんたが戦えなくなるじゃないの」
仮にグウェノが肩を貸し、ハインが背負うとすれば、セリアス団の戦力も落ちた。耐熱フィールドと冷却は欠かせないため、メルメダもカウントできない。
「なるべく敵に見つからずに行くしかないか」
「……………」
おそらくザザは『重傷者は置いていくべき』と判断していた。
とりわけサムソンは容態からして、街に連れ帰ったところで助かる見込みは薄い。そのわずかな可能性のために、メンバー全員を危険に晒すわけにもいかなかった。
グウェノがドワーフのひとりに肩を貸す。
「お、重ぇなあ……」
「でかくてすまねえ。なんだったら、おれがサムソンを背負って……」
「いいえ、みんなで助かる方法を取るべきです」
そう声をあげたのはイーニアだった。
「イーニア……気持ちはわかるけどねえ。あなただって、状況はわかるでしょ?」
「メルメダの言う通りだ」
ここで言い争いを始めたところで、それこそ何の解決にもならない。
たとえ仲間を見捨てることになっても、衝突を避け、満場一致を心掛ける――これは決して薄情なことではなかった。
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