第162話

 週が明け、改めて竜骨の溶岩地帯へ挑むことに。

 朝のうちからセリアスはグウェノとともにギルドに顔を出していた。溶岩地帯の気温の上昇については、すでに噂になっている。

「モンスターの居場所が変わった……だって?」

「風下の廃墟でファイアドレイクが出たって話だよ。ほかにも続々と来てる」

 フランドールの大穴は秘境ごとに地形や気候が激変するため、生息モンスターの分布も決まっていた。ところが最近になって、それが変動しつつあるらしい。

 セリアスとグウェノは顔を見合わせる。

「氷壁ん時と同じとすりゃ……」

「考えられることだ」

 モンスターは六大悪魔を恐れ、逃げ出したのかもしれなかった。実際に画廊の氷壁ではコルドゲヘナに追われてか、ハーピーが降りてきている。

「王国軍はまたピリピリしてるってよ。やれやれ」

「もうじき本国のお偉いさんが来るからだろ? トラブルは避けたいのさ」

 今となっては王国軍への批判も減ったが、協力的な冒険者はそういなかった。エックスデーのことでバルザックが警鐘を鳴らしたとしても、半数は耳を貸さないだろう。

 ウォレンがばたばたと駆け込んできた。

「みんな、聞いてくれ! 狂戦士団が竜骨の溶岩地帯からまだ帰ってこないんだ。何か知ってるやつはいないか?」

 冒険者たちは一様に騒ぎ立つ。

「向こうのベースキャンプにいるんじゃねえのか?」

「それも含めて、確認しておきたいんだ。街を発ったのは四日前……予定では昨日の昼には帰るはずだったんだが、音沙汰がない」

 遭難の可能性が浮上してきた。ただでさえ、竜骨の溶岩地帯は気温が異様に上昇し、難関ぶりに拍車が掛かっている。加えてモンスターも手強い。

 そのような場所で食料も限られては、生存の望みは薄かった。

 とはいえ狂戦士団も素人ではない。先日のセリアス団のように横穴を抜け、火山の外で救助を待っている可能性もあった。

「王国軍には連絡してある。ギルドもじきに救助隊の派遣を決定するつもりだ」

 ワーウルフの男がすっくと立ちあがる。

「ビースト・アームズが行こう。急げば、昼過ぎには向こうに着く」

「すまない。頼んだぞ」

 セリアス団も名乗りをあげた。

「俺たちも竜骨の溶岩地帯へ出発するところだったんだ。できるだけのことはやろう」

「そうか! でも絶対に無理はするなよ、セリアス」

 不愛想なセリアスとて、余所のパーティーを見捨てられるほど冷淡ではない。

 グウェノが小声で提案した。

「ビースト・アームズなら信用できるだろーし、女神像で送ってくか?」

「そうだな……」

 コンパスの秘密を知られたくはないが、何かあってからでは遅い。セリアス団が順調にタリスマンを集めつつあることは、デュプレのキングスナイトも把握している。

「急ごう。胸騒ぎがする」

「そーいうことは口に出すなっての」

 セリアスたちは早急に仲間に招集を掛け、グランツを出た。


 メルメダがふてくされる。

「……で? 私はまた巻き込まれるってわけ?」

「偶然だ。俺のせいにするんじゃない」

 口の軽い彼女が同行するため、ジュノーは覆面で顔を隠し、無言に徹していた。

「……………」

「ひょっとして、あんた、あの女じゃないでしょうね?」

 中身がまたクロノスと入れ替わっている可能性は、否定しきれない。

 竜骨の溶岩地帯へ直行しないことに、ビースト・アームズの面々は戸惑っていた。

「本当にこっちでいいのか? セリアス」

「信用してくれ」

 風下の廃墟にある女神像から、溶岩地帯の女神像へと転移する。

「こいつは……驚いたな」

「ほかの連中には内緒にしててくれ」

 今回はビースト・アームズだからこそ、セリアスはテレポートを実行した。

 その理由は単に『緊急時だから』だけではない。それを察したようで、イーニアも素直に彼らを受け入れる。

「エックスデーに協力してもらうためですね。セリアス」

「ああ。少しでも仲間を増やしておかないとな」

 ベースキャンプのほうは閑散としていた。狂戦士団の姿は見当たらない。

「地図はあるな? セリアス団。おれたちは東のエリアを当たろう」

「わかった。こっちは西を捜す」

 三時間後の合流を約束したうえで、セリアス団とビースト・アームズは溶岩地帯へ突入した。凄まじい熱気に遮られるも、メルメダが防壁で凌ぐ。

 ハインもグウェノも驚いた。

「おおっ? これはすごい、まるで熱を感じぬぞ」

「さっすがメルメダさん! 美人で聡明、おまけに魔法は超一流だもんなあ」

 褒めちぎられ、メルメダは鼻を高くする。

「本当のことを言っても、お世辞にはならないのよ? んふふ」

「遊んでないで、行くぞ」

 セリアス団はモンスターを警戒しつつ、溶岩地帯をひたむきに進んだ。

 メルメダは火属性の耐熱フィールドを張ったうえで、その裏面に氷結魔法を重ねているらしい。魔法をふたつ維持しているのと同じため、戦力には数えられない。

「私の分はあなたが頑張りなさい。イーニア」

「は、はい」

 イーニアは緊張気味に魔導杖を握り締めた。しかし以前のように気後れはせず、まっすぐに前方を見据える。

「コンパスのルートにはいないと思います。多分、鉱石などがある場所のほうが……」

「だろーなあ。錬金素材のフレイムストーンなんかも採れっから」

 溶岩の上を大コウモリの群れが越えてきた。

「出おったぞ! グウェノ殿!」

「へへっ。オレの前で飛ぶなんて、運のねえやつらだぜ」

 グウェノがタリスマンの力で暴風を起こす。それだけでモンスターはまともに飛べなくなり、一匹は溶岩に落ちた。

 耐熱はメルメダに任せているおかげで、スターシールドも活用できる。大コウモリの超音波は光の防壁に阻まれ、セリアスたちまで届かなかった。

「ちょっと、ちょっと! その盾は何よ? さては私に内緒で、またお宝を……」

「あとにしろ」

 コウモリよりもメルメダのほうがやかましい。

「ストーンバレット!」

 グウェノの暴風をくぐり抜け、イーニアの石つぶてがコウモリを叩き落とした。最後の一匹はザザが真っ二つに仕留める。

「命中精度もなかなかのものねえ。レベルアップしたじゃないの、イーニア」

「セリアスやメルメダさんのおかげです。ふふっ」

「料理のほうも大分、上達してんたぜ? イーニアは飲み込みが早ぇよ」

 もはや大コウモリ程度では相手にならなかった。

 だがサラマンダーやファイアーエレメントに遭遇しては、一筋縄では行かない。それに今回の目的は遭難パーティーの救助にある。

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