第161話
となれば、エキスパートに頼るほかない。
「……メルメダに頭を下げるか」
「だなぁ。オレじゃ、こんな氷しか作れねえしさ」
また分け前だの何だのと、要求を突きつけられるのはわかっていた。しかし溶岩地帯でエクソダスを避けながらスムーズに探索を進めるには、彼女の助力が欠かせない。
十六歳のイーニアはつぶらな瞳をぱちくりさせた。
「セリアスがちゃんとお願いすれば、来てくれますよ。恋人なんですから」
じきに二十六になる仏頂面の剣士は、あんぐりと口を開く。
「……どっからそんな話になったんだ? ロッティか?」
ほかのメンバーは必死にお腹を抱えた。
「ワハハハッ! イーニアにはそう見えんだとさ、セリアス!」
「年貢の納め時ではないか? むっふっふ」
ジュノーは他人事のように交際を薦めてくる。
「いいじゃありませんか。美人で、グラマーで……僕は御免ですけど」
「ムッツリスケベだよなあ、お前も。あー、面白ぇ」
頭が痛くなってきた。セリアスは年下の少女に向かって、しっかりと念を押す。
「いいか? イーニア。俺にも好みくらいはあるんだ。そしてメルメダはまったく好みじゃない。あと、あいつは金持ちが好きなんだ」
「は、はあ……」
我ながら説明くさくなってしまい、イーニアの返事も淡泊だった。
「まあ男女の機微はさておき……メルメダ殿がおらんと、厳しいのは確かだぞ」
ハインが大人で助かる。
「カシュオン団のほうが忙しいらしいからな……ああ、そうか」
ふとセリアスは妙案を閃いた。
「イーニアにカシュオンを説得してもらうほうが、早いか」
「え? どうしてですか?」
イーニアの鈍さには全員が溜息を重ねる。
「はあ……やっぱ、セリアスからメルメダに頼むのが筋なんじゃねえ?」
「あ、僕はどうしましょう? メルメダが一緒なら、素顔でいるのはまずいですね」
「俺たちだけで、もう少し頑張るか」
残念ながら、カシュオンは恋の相手が悪すぎた。
☆
予想通りの返事が返ってくる。
「しょうがないわねぇ。分け前はキッチリもらうわよ?」
「……好きにしてくれ」
こちらが譲歩する形で、メルメダとは話がついた。
これで溶岩地帯の探索も少しは軌道に乗るだろう。ただ、メルメダとしても気掛かりなことがあるらしい。
「イーニアに護衛はつけてるの?」
「ザザがやってくれてるが……お前、なぜそれを?」
湖底の神殿での一件以降、セリアスとジュノーは交替でイーニアの護衛に徹していた。なるべく傍を離れず、イーニアにもひとりにならないように釘を刺してある。
メルメダの口から意外な事実が語られた。
「妙な女があの子を狙ってたのよ。私がじきじきに追い返しといたけど」
「フードで顔を隠した女か」
「ええ。何者なの? あれは只者じゃなかったわ」
メルメダはフードの女と交戦に至ったという。
大魔導士ならではの洞察力が、あの人物のベールを少しずつ剥がしていく。
「戦ってみて、わかったのよ。あいつは地、水、風の三属性を使いこなす『魔法使い』だったわ。火属性だけ使えないのは、イーニアと同じね」
「剣は使わなかったのか?」
「私が寄せつけなかったから……でも、腰に差してたかしら」
セリアスが遭遇した人物で間違いなかった。
「もう少し具体的に教えてくれ。大事なことなんだ」
「いいわよ。私としても、イーニアのことは心配だもの」
おぼろげに見え始めた真相に迫るべく、今日はメルメダに同行する。
メルメダはジョージ=エドモンドの屋敷で部屋を借りていた。エドモンド邸の人間は給仕係も含めて全員が男性のため、貴重な紅一点として優遇されているとか。
玄関先で家主のジョージと入れ違いになった。
「セリアス殿ではないか。すまないが、これから仕事でねえ」
「こっちこそ、急に押しかけて悪いな。頑張ってくれ」
ジョージはグランツ学院の教頭に就任し、精力的に活動しているとのこと。初等部の子どもたちにも好意的に受け入れられ、徐々に評価を上げていた。
女が居候先に男を連れ込む――その発想がジョージにはないようで、安堵する。
「私の部屋はこっちよ」
「ああ」
今回は内密の話に加え、彼女の都合で『大きな鏡』が必要だった。メルメダの部屋には立派な姿見が置いてある。
部屋の散らかり具合には目を瞑ることにした。
「口で説明するより、私が見たものをあんたにも見せるほうが、確実でしょう?」
「さすがだな。やってくれ」
長居も体裁が悪いため、やんわりと急かす。
メルメダは鏡に手をかざし、己の記憶をそこに投影した。鮮やかではないものの、鏡の中に街のビジョンが浮かびあがる。
「……訓練場か」
「ええ」
ビジョンの中央にはイーニアがいた。
「ほら、あそこよ! 後ろの物陰をよく見なさい」
少女の後方を一瞬、奇妙な人影が横切る。
背格好からして例の女だった。虎視眈々とイーニアを狙っているらしい。
映像から声は聞こえなかった。メルメダの視界のみが再現される。
「イーニアと何を話してるんだ?」
「上手いこと言って、誤魔化してあげたのよ。で、こっちの子にイーニアを任せて……」
映像の中でメルメダはフードの女を追いかけた。相手も逃げるが、メルメダの追跡から簡単に逃れられるはずもない。
フードで隠れがちな口が、苛立たしそうに何かを叫ぶ。
「また私の邪魔をするんですか、メルメダ! ……ですって」
「面識があるのか?」
「さあ? こっちは顔を見てないんだもの」
訓練場の裏手で魔法の応酬が始まった。敵の魔法をメルメダはノータイムで相殺し、主導権を握る。もちろん、相手に剣を抜く暇など与えなかった。
「ここでもおかしなことを言ったわ。前回のメルメダより圧倒的に強い、だそうよ」
フードの女はメルメダと交戦の経験があるのだろう。
ついには押しきられ、メルメダの炎弾をフード越しに浴びせられる。
「私が見せたかったのは、これよ! セリアス」
「っ!」
フードが焼け、顔の一部が露出した。やけに尖った耳が覗ける。
「……エルフか」
耳の長い種族など、エルフのほかにいなかった。
つまりフードの女の正体はエルフの女性で、地・水・風の魔法を使いこなす。それに加えて剣技に長ける人物――。
「耳以外はまるでイーニアそのものじゃないか」
「でもイーニアは私と一緒にいたし……妹のほうは魔法なんて使えないでしょう?」
ハーフエルフの少女には重大な秘密があるようだった。そして、それは邪悪の王さえも上まわる脅威なのかもしれない。
フードの女は炎に巻かれながらも逃げてしまった。
「とりあえずグランツを出ていったみたいよ? こいつ。……だけど、ひとりで隠れるとこなんて、いくらでもある街だから」
「そうだな……」
警戒すべきはエルフの女性で、剣と魔法に慣れた者。該当者は少ないはず。
そこまで絞れれば、対応のしようもあった。
「協力者はいると思うか?」
「いないんじゃないの? とにかくエルフには注意することね」
今のうちにフードの女の風体を網膜に焼きつけておく。
「できれば、捕まえて事情を聞きたいが……」
「次で片付けるべきだと思うわ。こいつにチャンスを与えるのは危険よ」
たとえ真相が闇の中に消えようと、イーニアの安全が最優先――メルメダの判断は合理的かつ正しかった。セリアスも腹を括って『その時』に備える。
「じゃあ、俺はこれでな。来週は頼むぞ」
「はいはい」
セリアスは踵を返し、メルメダの部屋をあとにした。
メルメダは呆れたように嘆息する。
「女の部屋に入れてもらって、本当に用件だけなんてね……はあ。つまらない男」
イーニアが思うような進展はなかった。
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