第131話

 翌日は朝から魔法屋で調合に励む。

「かき混ぜ棒が欲しいですね」

「そうさねえ……カシナートの剣でもありゃ、いいんだけど」

 空気の果実はザザの分も含め、スペアを多めに作っておくことに。これの錬金自体は簡単だが、持続時間は素材や錬金術師の腕によって大きく左右された。

 魔法屋の女将が出来栄えを眺め、満足そうに頷く。

「やるじゃないか。東のアニエスタの弟子ってのは、なかなか伊達じゃないねぇ」

「でも、一時間持たせるのがやっとで……先生みたいにはとても」

「謙遜しなさんな。本国の魔法使いだって、せいぜい三十分がいいところさ」

 空気の果実の出来はまずまず。セリアスやグウェノの要望には応えることができた。

 一段落したところで、女将に包みを持たされる。

「ギルドに行くんだろ? ついでにお遣いを頼めるかい」

「わかりました。渡しておきます」

 女将はカウンターの席につくと、今日も気怠そうにパイプを燻らせた。

「脈動せし坑道はまた大騒ぎなんだって? 新しいエリアが見つかったとかで……なのに泣き止まぬ湖に行こうだなんて、暢気なもんだねえ」

 商売が上手いだけに情報通で、セリアス団にも探りを入れてくる。

 しかしイーニアは誤魔化さず、正直に白状した。

「坑道の探索は目処がつきましたから」

「まっ、これから暑くなるんだし。湖でキャンプってのもオツなもんさね」

 この女将は決して信用を損なう真似はせず、顧客の秘密を厳守してくれる。ただ自分が安全に商売を続けるために、情報を集めているだけのこと。

「頑張りなよ。イーニア」

「はい。それじゃあ失礼します」

 イーニアは荷物を抱え、魔法屋をあとにした。

 ロータウンの大通りを大きな馬車が何台も駆けていく。

「スピードを出しすぎるんじゃないぞー!」

「へいへい。見逃してくれ」

 ハイタウンと違って区画が整理されていないため、曲がりくねった道も多かった。なるべく端を歩き、ギルドの近くまでやってくる。

「あっ、イーニアさん!」

 そこでカシュオン団の少年と鉢合わせになった。小柄ながらも立派な甲冑をまとい、重剣メギンギョルズを背負っている。

 カシュオンはイーニアを見上げ、緊張気味に声を上擦らせた。

「ら、来月は海に行くんですよね? イーニアさんも。その……しゅ、出場するって聞いたんですけど。コンテ……ごにょごにょ」

「あ、はい」

 自分が出場するものといったら、決まっている。

 浜では女子限定のビーチバレー大会が企画されていた。イーニアはメルメダとペアを組み、すでに出場を申請している。

 豪華賞品を目当てにメルメダは燃えていた。

「これから練習もあるんです。ごめんなさい、メルメダさんをお借りしてしまって」

「へ? いいですよ、全然。メルメダさんが言い出したことなんでしょう?」

 イーニアのほうは彼女に無理強いされ、出場を余儀なくされている。とはいえ身体を動かすのは好きで、二人一組の球技に興味もあった。

「僕も応援してます!」

「ありがとうございます。……あ、ところで」

 ふとイーニアは昨日の話題を思い出し、年下の少年にも質問を投げかける。

「カシュオンって今、好きなひとがいたりしませんか?」

「……エッ?」

 少年の顔が強張った。それが数秒としないうちに上気し、赤らむ。

「えっ、えぇと! 好きなひと……? そそ、それって、あの、どういうなんですか?」

「少し興味があって……」

「イ、イーニアさんが、僕に?」

 やたらと動揺され、イーニアは首を傾げた。

 カシュオンは内股の姿勢でもじもじして、人差し指を捏ね繰りあわせる。

(おトイレでも我慢してるのかしら)

 そこへ吟遊詩人が通り掛かった。

「こんにちは、イーニアさん。昨日は遅くまで付き合わせてしまって、すみません」

「ジュノー? 気にしないでください、そんなこと」

 城塞都市グランツでも有数の美形に数えられる青年、ジュノー。馴染みのある相手にイーニアも表情を緩め、和やかな笑みを綻ばせる。

 彼の手がイーニアの肩を抱き寄せた。

「馬車が来てますよ。ほら」

 その言葉通り、すぐ横を馬車がガラガラと通り過ぎていく。

「ありがとうございます」

「いえいえ。イーニアさんもギルドでしょう? どうぞ」

 彼にエスコートされながら、イーニアは少年のほうへ振り向いた。

 話の途中だった気もするが、思い出せない。

「それじゃあ、私たちはお先に」

「……………」

 カシュオンはあんぐりと口を開け、真っ青になっていた。

 美男子の手はイーニアの髪にも触れる。

「イーニアさん、たまには髪を解いてはどうですか? ほかのも似合いますよ」

「そうかしら? ヘアスタイルなんて、考えたことないんですけど……」

 自分より背の高い相手だからこそ、イーニアの目線も上を向いた。


 アウトオブ眼中――その言葉の意味をカシュオンは思い知る。

 憧れのイーニアに『好きなひとはいますか』と質問され、どぎまぎしたのも束の間。どこからともなく美男子が現れ、彼女をさらってしまった。

 おまけにイーニアはまんざらでもない様子で、彼のエスコートを受けている。

 ふたりは一度だけ振り返った。

『……ん? あいつ、君の知り合いかい?』

『ただの負け犬でしょ』

 そんな幻聴まで響いて、少年の心をへし折る。

「う、嘘だ……こんなの嘘だ~ッ!」

 さらに少年は勘違いしていた。イーニアがミスコンに出場するもの、と。

 ミスコンとはミスター・コンテストの略であって、この夏、浜辺では男だらけのスイカ割り大会が催される。そしてまだ知らなかった。ゾルバがその大会にカシュオンの名義でエントリーしていることを。

 少年にとって苛酷な夏が今、始まる。






  ※ 夏のスイカ割り大会の模様は、

    『宇宙屈指さをサラスBODY』第10話にて公開中です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る