第125話

泣き止まぬ湖は水中での探索となるため、相応の準備も必要となる。同じように竜骨の溶岩地帯も苛酷な環境に備え、装備を一から揃えなくてはならなかった。

「これから暑くなるし、先に湖から攻めるのがいいんじゃねえかな」

「水泳なら大の得意ですよ、私。先生のお屋敷が湖の真中にありましたので」

 珍しくイーニアが見栄を切る。

「空気の果実も人数分、上質のものを揃えないとな。イーニア、錬金できるか?」

「任せてください。一時間程度のものでしたら」

 溶岩地帯よりは、湖底の神殿のほうがまだ手をつけやすいかもしれない。

 セリアス団の一員ではないジュノーが、口元を引き攣らせた。

「大変ですね、秘境の探検は……無事を祈ってます」

(空気の果実はザザの分もいるか)

 今後のスケジュールを相談していると、外から声がする。

「私が出て参ります」

 メイドのソアラが席を立ち、応対に出た。

「セリアス君の妹さんかい? ……あぁ、いいんだ。取り次いでもらえるかな」

「了解しました。どうぞ、こちらへ」

 彼女とともに王国軍・情報部のバルザックとケビンが入ってくる。

「て、てめえらは……!」

「先日は失礼したね。グウェノ君」

 ひと悶着があったばかりの相手だけに、セリアスも神経を尖らせた。しかしバルザックは平然と構え、セリアス団のディナーを一瞥する。

「っと、食事中みたいだね。この時間ならいると思ったんだが」

「素晴らしい出来栄えではありませんか。そちらの少女が、これを?」

「え、ええ……当然です」

 墓穴を掘るソアラのことはさておき、セリアスたちはひとまず彼らを迎え入れた。

「椅子が足りませんね。どうしましょう、セリアス」

「そっちのソファーに座ってもらうしかないな」

 ケビンが上等な菓子を差し出してくる。

「セリアスさんは甘いものがお好きと聞きましたので、どうぞ」

(情報部はひとのプライバシーをなんだと思ってるんだ)

 図星だけに否定もできなかった。

 グウェノはふてくされ、椅子の上で脚を組む。

「いきなり押しかけてきて、なんだよ? グラタンが冷めちまうじゃねーか」

「すまないね。でも、君たちとは内緒話がしたかったんだ」

 セリアスもソファーのほうへ移り、バルザックと向かいあった。

「俺も聞きたかったことがある。先日の件……本当は俺たちを試したんじゃないのか?」

 バルザックの情報部がその気になれば、セリアス団などどうにでもできる。グランツからセリアス団を追放し、マルグレーテのもとからイーニアを得ることも可能だった。

 にもかかわらず、グウェノにまんまと裏を掛かれている。

「世間が称賛するほど、私も万能ではないよ。まあ、タリスマンに関しては君たちに一任するほうが、利口に思えてね」

「全部揃ったとこで、横取りする気じゃねぇだろーなあ?」

 グウェノはバルザックたちを信用せず、あくまで警戒を張った。

 バルザックも悪巧みを否定はしない。

「どうかな? ……それより、相談というのはほかでもない。君たちの力を、われわれにも貸して欲しいんだ」

「内容による。俺たちに何をさせたいんだ?」

 バルザックに代わって、ケビンがすらすらとまくし立てた。

「イーニアさんがお持ちの記憶地図です。あれで、大穴の天候も予測できるとか……その情報をぜひ、われわれに提供していただきたいのです」

 セリアスたちは顔を見合わせる。

「ふむ。天気のう……」

 フランドールの大穴において『天候の変動を知る』ことは、危険を回避するうえで非常に有利に働いた。とりわけ画廊の氷壁では、生死さえ左右する。

「大穴の天気がわかれば、ほかのパーティーも探索しやすくなるだろう。遭難するようなことも少なくなる。もちろん、情報の出所は秘密にするとも」

 イーニアはバルザックの話に頷いた。

「私は賛成です。みんなが安全に探検できるなら……」

 一方、グウェノは協力を渋る。

「でもよぉ、こいつはオレたちの大きなアドバンテージだからなあ」

 セリアスもそこが気になっていた。結成して間もないセリアス団がリードしていられるのは、コンパスや記憶地図によるところが大きい。天候が読めなければ、わずか一ヶ月で画廊の氷壁を踏破することもできなかった。

 人命を優先するならイーニア、セリアス団の利益を守るならグウェノ。

「拙僧もイーニア殿と同じ意見だ。それに謝礼は望めるのだろう? バルザック殿」

「こっちは公費になるのでね。金銭での支払いは難しいが、善処はしよう」

 セリアスはイーニア、グウェノと目配せしたうえで返事を決める。

「わかった。ただし報酬は期待させてもらうぞ」

「ありがとう。恩に着るよ」

 王国軍との緊張を緩和するためにも、今回は折りあいをつけることに。

「まっ、セリアスがそーいうんなら、オレは構わないぜ」

「悪いな」

 バルザックのほうが歩み寄る姿勢である以上、いたずらに事を荒立てることもない。また、王国軍とコネクションを持つことに旨味もあった。

「ええと……じゃあ、私が記憶地図で天気を確かめて、それを?」

「朝のうちにマルグレーテにでも伝えておけばいいさ。あとはザザがやってくれる」

 バルザックの用件が一段落したところで、今度はセリアスから切り出す。

「……ところで、こちらからも話があるんだが」

「待ってください、セリアスさん。どなたかいらっしゃったようです」

 そのタイミングでまた来客が訪れ、ジュノーが立ちあがった。

 いつぞやの若社長エリックが、包みを持って現れる。

「こんばんは、セリアス団のみなさん。もっと早くお礼に伺いたかったのですが……」

「ん? 誰だよ、このひと?」

「ターナの婚約者だ。……そうだな、あなたにも聞いてもらおう」

 彼を迎えつつ、セリアスは口を開いた。

「バルザック。あなたの力で、グランツの冒険者たちに周知させて欲しいんだ。六大悪魔に関わってはならない……遭遇したら逃げろ、と」

「……六大悪魔?」

「白金旅団を壊滅に追いやった化け物だ」

 バルザックやケビンがはっとする。

「初耳だな……ケビン、該当するような情報はあったか?」

「思い当たりません。セリアスさん、その情報は一体どこから……」

「生き残りのキロに会ってな」

 エリックはおずおずと恋人の手記を差し出した。

「これもご覧ください、少佐。近いうちに渡しに行こうと思ってたんです」

「日記かい? ふむ……首なしの牢屋……?」

 白金旅団のターナは画廊の氷壁へと身を隠し、自ら命を諦めている。

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