第124話

 黒焦げの朝食を前にして、グウェノはげんなりとする。

「こりゃ悲惨なこって……まじかよ? セリアス」

 昨夜は久しぶりにグウェノが帰ってきたものの、ソアラと鉢合わせになり、ややこしいことになってしまった。またもセリアスのロリコン疑惑が浮上する。

「ロッティといい、こいつといい……お前さあ」

「レディーに向かって『こいつ』って何ですの? 失礼ではありませんか」

 しかもソアラはグレナーハ邸の給仕服を着て、可憐なメイドスタイルを披露した。

「そこに鎧があるだろう? ソアラ殿はあれの精霊らしいぞ」

「へえ~。使えんのかよ? これ」

「重たいし、うるさいし、ちょっとな……」

 置物のようなソルアーマーの出番など、当分はありそうにない。

 ソアラが小さな頬を膨らませる。

「マスターに宝探しなんて役不足です。六大悪魔と戦うくらいでないと……」

「あんな化け物と戦えるかっ! なんだよ、こいつは」

 グウェノとソアラは馬が合わないようで、これにはジュノーも苦笑した。

「まあまあ、ふたりとも。……グウェノさん、里帰りのほうは?」

「あー、その……ジュノーならいっか」

 グウェノは話がてら、真っ黒なトーストに齧りつく。

「俺の恋人は足が悪いんだけどさ。叡智のタリスマンで、跳んだり跳ねたりできるようになったってのに、オレに『どうしてあなたは嬉しくないの?』って……ハハッ」

 恋人はグウェノの葛藤などお見通しだったらしい。

「あなたの納得できるようにして、ってさ。……負けたぜ」

 そうしてグウェノは思い立ち、グランツへと戻ってきてくれた。

 ソアラが余計な茶々を入れる。

「そのひとも可哀相ですね。こんなヘタレが彼氏で……」

「んなあっ?」

「言いすぎだぞ、ソアラ。それくらいにしておけ」

 セリアスやハインもトーストを齧り、露骨に顔を顰めた。

「……グウェノ殿、夕飯は期待しても?」

「もっちろん! 今夜は腕によりを掛けて、ご馳走してやっからさ」

「なら、イーニアも呼ぶか。相談したいこともある」

 朝食が悲惨なだけに、グウェノの手料理が俄然、楽しみになってくる。

 ソアラはふてぶてしく胸を張った。

「男のあなたがお料理ですって? ふん、卵焼きも作れそうにありませんのに」

「卵焼きすら作れないのは、お前のほうだ」

 早くもセリアスはメイドの敗北を悟り、溜息をつく。


 その夜、ソアラは豪勢なディナーを前にして、唖然とした。

「……………」

 ジュノーが皆にワインを注いでいく。

「いただいたんですよ、これ。ジョージさんがセリアス団でぜひ、と」

「珍しいこともあるもんだなあ。もしかすっと、マチルダと進展があったのかねえ」

 セリアスも今夜は飲むつもりで、仲間たちと杯を交わした。

「すまないな、イーニア。俺たちだけで楽しんで」

「気にしないでください。お料理はとっても美味しいですから」

 食卓には厚めのローストビーフから、ポテトのグラタンまで、グウェノの得意料理がところ狭しと並んでいる。

「遠慮しなくていいんだぞ、ソアラ」

 メイドのソアラは悔しそうに地団駄を踏んだ。

「聞いてません、こんなの! どうして男のあなたにお料理がっ?」

 グウェノはしれっと言ってのける。

「シェフには男だって普通にいるだろーが」

「家事は女の仕事などと決めつけてはいかんぞ、ソアラ殿」

 おかげで賑やかなディナーとなり、イーニアが笑みを漏らした。

「うふふっ。やっぱりグウェノがいないと、調子が出ませんね。セリアス」

「まったくだ」

 セリアスも心から仲間の復帰を喜ぶ。

「ジュノーは適当に聞き流してくれ。今後についてだが……」

「おっと、先にオレの話を聞いてくれねえか?」

 食事がてら、グウェノはメモ帳を開いた。

「実は残りのタリスマンのことで、目星がついてんだよ。故郷に魔導士がいて……あぁ、信用できるやつだから、心配しないでくれ。そいつが言うには、だ」

 セリアスたちは耳を傾ける。

「剛勇のタリスマンは『土』で、叡智のタリスマンは『風』だろ? ほら、レギノスも風の力がどうとか、言ってたじゃねえか」

「四大元素……とすると、あとは水と火のタリスマンですね」

「おう。そんでよ、思い出してくれ。土と風のタリスマンが『どこ』にあったか」

 ハインは何のことやらと首を傾げ、ぼやいた。

「剛勇のタリスマンは徘徊の森で、叡智のタリスマンは画廊の氷壁だったのぉ」

「……あっ!」

 イーニアが声をあげる。

「土は大地、風は冷気……だから、タリスマンはその場所に?」

「そーいうことさ」

 セリアスにとっても、この情報には目から鱗が落ちた。

「……なるほど」

 よっつのタリスマンが四大元素に対応しているらしいことは、前々から把握していた。しかし見つけた『場所』については、ろくに考察していない。

「叡智のタリスマンは、白き使者がレギノス殿に預けたのであろう? レギノス殿の巣は氷壁から離れておったが……」

「そこはオレにもわかんねえよ。でも、なんか関連性はあるんじゃね?」

 剛勇のタリスマンは徘徊の森で、叡智のタリスマンは画廊の氷壁。

「だったら、水と火のタリスマンは……」

「わかりました! 泣きやまぬ湖と、竜骨の溶岩地帯です」

 推測に手応えを感じ、セリアスたちは頷きあった。

フランドールの大穴で『水』や『火』を象徴とする秘境といえば、候補は限られる。

景観が美しいことでも有名な『泣きやまぬ湖』と、灼熱の溶岩が流れる『竜骨の溶岩地帯』。白き使者がタリスマンの属性を踏まえて、そこに隠した可能性は高い。

ただし問題もあった。

「よりによって湖と溶岩地帯か……難しい探索になるな」

「湖のほうは、湖底の神殿かもしれませんね」

 どちらの秘境も一筋縄では行かない。

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