第126話

 さらにセリアスはシビトの王エディンの話も打ち明けた。フランドールの大穴では六大悪魔が目覚めつつあり、白金旅団は最初の犠牲になったのだと。

 さしものバルザックも神妙な面持ちで呟いた。

「……由々しき事態だな」

 タブリス王国は白金旅団の一件を乗り越え、開発の遅れを取り戻そうと躍起になっている。だが、本当の問題は何ひとつ解決できていなかった。

 ケビンが自前の手帳にペンを走らせる。

「参考までに教えてください。六大悪魔の戦闘力は、いかほどなんでしょうか」

「俺も古竜レギノスも出合い頭に逃げたんだ」

 ハインは腕組みを深めた。

「何しろ不死身という話だからのう……」

「白金旅団はほかに何か残してねえのか? 探索の日誌とかさ」

 ケビンと目配せしつつ、バルザックは声を落とす。

「残念だが……生存者の彼が、その手の資料は処分してしまったようでね」

 どうやらキロの情報はセリアス団にだけ託されていた。

 エリックが唇を噛む。

「せめて……せめて、ターナの亡骸を……」

「場所は俺たちが把握してる。が……難所だからな」

「その件は私のほうで預かろう。セリアス団はタリスマンの捜索に集中するといい」

 六大悪魔なる脅威を前にして、セリアスとバルザックは情報の共有を約束した。

「化け物の存在は明日にでも公表してしまおう」

「ですが少佐、警告が行き過ぎては、本国が黙っておりませんよ」

「事が起こってからでは遅い。言い訳はこれから考えるさ」

 タブリス王国と城塞都市グランツの仲介役を強いられ、少佐は苦労が絶えないらしい。その決断力と行動力にはセリアスも感心した。

(油断はできないが……味方にできれば、頼もしいか)

 話を終え、エリックは早々と去る。

「では、僕はこれで。食事中に失礼しました」

「私たちも引きあげるとしよう。情報の提供、感謝するよ。セリアス団」

 バルザックたちも席を立ち、屋敷を出ていった。

 セリアスはふうと息をつく。

「これで少しでも六大悪魔の被害を抑えられると、いいんだが」

「ベテラン勢は割と聞くと思うぜ? 問題はやっぱ、向こう見ずな新米だよなあ……そういや、イーニアは合格したんだって?」

「はい。なかなか面白かったんですよ、実技試験」

 ほかのメンバーも食事を再開した。ソアラやジュノーも交え、存分に盛りあがる。

「イーニアは物覚えがいいからなあ。料理の上達も早ぇし」

「わ、私だって今に……もぐもぐ」

「そろそろ恋人の話も聞かせてもらえんかのう? グウェノ殿」

「その前にお茶を淹れましょうか。……あぁ、いいですよ。僕がやりますから」

 セリアス団の結束は固いものとなりつつあった。



 翌日から『泣きやまぬ湖』の攻略に向け、準備を始める。

 セリアスはイーニア、グウェノとともに行きつけの魔法屋を訪れた。いつもの女将が気だるげにキセルを燻らせる。

「調合室なら好きに使ってくれて構わないさね。あの女は厳禁だけど」

「メルメダのことか」

 セリアスらとともに情報部に捕らえられたメルメダも、翌朝には解放された。今頃はカシュオン団を率いて、脈動せし坑道を探検しているのだろう。

「空気の果実ってことは、次は湖かい?」

「ああ。結構な難所らしいな」

 今度の探検は『水中』がメインとなる。

 そのため、これまでにない物資や技術が要求された。水泳の練習は当然として、水中では何より『空気』を確保しないことには始まらない。

 そこで錬金アイテム『空気の果実』の出番となった。これを口に含んでいれば、水中でも呼吸が可能となる。

ただし錬金術師の腕前や素材の良し悪しによって、その効果時間も変わった。五分やそこらで息ができなくなるようでは、探索などままならない。

「イーニアに作ってもらえっから、安上がりだよなぁ」

「あとは練習か。空気の果実はそれなりに慣れが要るからな」

 無論、水中では武器や魔法も制限された。

 セリアスの剣やグウェノの弓は使いものにならない。魔法もほとんどが発動できず、モンスターと遭遇しても、逃げることしかできなかった。

「ほかのパーティーはどうやって探検してるんでしょうか? 水底の神殿なんて」

「それだけどよ。神殿にゃあ、入るまでが第一関門だって聞いたぜ」

 女将がキセルを逆さまにして、灰を捨てる。

「水深五十メートルだからねえ。一度に降りたら、水圧で内臓がぺしゃんこさ」

 過去には悲惨な事故もあったようだった。

「二年前も立て続けにあったんだよ、そういうの。ええっと……でかい泡で包むのって、なんていうんだっけ?」

「アクアダイブの魔法ですね」

「それだ、それ。そいつが途中で割れちまったとかで」

 ひとつめのパーティーは湖底に降りる道中、アクアダイブの魔法が切れてしまった。全員がいきなり水中に投げ出され、半数以上が溺死したという。

「そいつらは空気の果実を口に入れてもいなかったのさ。可哀相だけど、何考えてたんだかねえ、ほんと」

「アクアダイブは簡単に割れるんです。濡れずに済むから、使ったんでしょうけど」

 そして、ふたつめのパーティーは空気の果実を使って、潜水を試みた。ところが一直線に降りてしまったせいで、水圧の急激な変化に身体が耐えきれなかった。

「そいつらが死んだとこで泳ぐのかよ……おっかねえの」

「五十メートルなら、徐々に慣らしていきゃあ大丈夫なんだけどね」

「怖いな……」

 セリアスも泳ぎは得意だが、数十メートルもの潜水は経験にない。

 その一方でイーニアは平然としていた。

「海神のお守りなら、ひとつ手元にありますよ。先生が持っていけ、と……」

「へえ! あんた、いいもん持ってんじゃないのさ」

 女将が前のめりになる。

「湖の探索が終わったら、高値で買い取るよ?」

「い、いえ……それはちょっと」

 セリアスとグウェノはきょとんとした。

「海神のお守りってのはなんだ? セリアスも知らねえの?」

「聞いたことはある。呼吸できるだけでなく、水圧からも身を守ってくれるとか……」

 希少なアイテムのため、使った試しがない。

「とりあえず空気の果実は作っておいてくれ。俺たちと、ザザの分もな」

「わかりました。すぐにできますから」

「効果が二時間持つってんなら、それも買い取ろうかね」

 空気の果実はイーニアに調合してもらうことに。

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