第69話 グウェノの青春

 山道はところどころに雪が積もっていた。その上には小さな足跡が残されている。

「……チッ。ビンゴみてぇだな」

「子どもの足では時間が掛かるはずだ。走れ」

 スピードをあげてさらに進むと、雪を蹴ったらしい形跡があった。ジャドが屈んでそれを調べ、方向に見当をつける。

「ここでモンスターに見つかったか……こっちのけもの道に入ったな」

 グウェノは耳を澄ませて『それ』を聞いた。

「いたぜ!」

 木々の合間を駆け抜けながら、愛用の弓に矢を番える。

 少年は大木を背にして、岩のようなモンスターの群れに囲まれていた。グウェノの矢が間一髪で横切り、モンスターを驚かせる。

「……なんだ、ありゃ?」

「上出来だ! あとは俺とジャドに任せておけ!」

 奇怪なモンスターを不思議に思いつつ、グウェノは少年の保護にまわった。デュプレの剛剣は岩の硬さをものとせず、力任せに砕き割る。

 ジャドのほうは敵をひっくり返し、剥き出しの腹部を斬り裂いた。あっという間にモンスターを蹴散らし、グウェノやアネッサの出番がない。

「ヒュウ! やるじゃねえか、あんたら」

「準備運動にもならん。……ガキの具合はどうだ?」

「擦り傷だけです」

 少年は緊張の糸が切れたように泣き出した。

「うわぁああんっ! 怖かった……怖かったよぅ、グウェノお兄ちゃん!」

「ったく……心配掛けやがって」

それをアネッサが抱きかかえ、よしよしと宥める。

「許してあげてください。これからお母さんにも怒られるんですから」

「……まあな。そいつはオレも経験あっから、同情するぜ」

「悪ガキばっかりかぁ? おれ以下はそういないと思うがなあ」

「同じにするな。俺は昔から優等生だったぞ」

 グウェノ、デュプレ、ジャド、アネッサ。パーティーを組んでからまだ一時間と経っていないが、それなりに息は合っていた。

 ただモンスターの正体は気に掛かる。このような怪物、以前は見かけなかった。

(何が起こってんだ? この街で)

 古城のほうから冷たい風が吹きつけてくる。


                  ☆


 少年を街に連れ帰ってから、改めて古城の探索を始める。

 正門がフェイクであることは、シドニオの住民なら誰でも知っていた。グウェノを先頭にして、一行は地下の隠し通路を抜け、エントランスホールの隅に出る。

「へぇ~。中は綺麗なもんだな、オイ」

「だろ? だからずっと、誰か住んでんじゃねえかってさ」

 何十年と放ったらかしにされているにもかかわらず、城は朽ちてなどいなかった。

風通しがよく、空が晴れてさえいれば、陽当たりも良好だろう。壁面のタペストリーは色褪せながらも原型を維持している。

「一国の王城並みのスケールですね、これは」

「それにしちゃ、辺鄙なとこに建ってんだよなあ」

 この城は壮麗な造りだが、王侯貴族が権力の誇示のためや、豪遊の一環で住むような土地ではなかった。不便な山中にあり、戦略的な価値も低い。

 だからこそ『なぜここに建っているのか』がわからなかった。

 柱には何枚か張り紙が張られている。冒険者たちの情報交換の場らしい。

「ほかの連中も出入りはしてるようだな」

「で、大したもんがねえから、とっとと引き上げてくわけさ」

 掲示板には城内の簡単な見取り図や、モンスターについての情報が残されていた。アネッサが熱心にメモを取る。

「急ぐことはないぞ、アネッサ」

「はい」

 警戒がてら、グウェノは宮廷魔術師の彼女に尋ねてみた。

「なあ、あんたも王都で働いてんだろ? マルコって魔術師を知らねえかな」

「マルコ……確か、このシドニオ出身の」

「それだよ、それ。前に王都に行った時は会えなくてさ」

 アネッサは手を止めて、思わせぶりに頷く。

「有名人でしたよ。十年に一度の天才と言われて、陛下がお声を掛けるほどでして」

「さすがだなあ……って、待てよ。『でした』ってのはどういう意味だ?」

「もう王都にいらっしゃらないんです。極秘任務だそうで……」

 意外な事実に唖然としてしまった。極秘の任務であれば、あの律儀な幼馴染みが自分たちに一言もなしに出発したのも、納得はできる。

(んな調子で大丈夫なのかよ、あいつ……真面目すぎんだよなあ、昔っから)

 しばらくしてアネッサが作業を終え、一行は探索を再開した。

 さっきも外で遭遇したモンスターが行く手を遮る。

「またこいつらか。いくぞ、ジャド」

「ちっ。面倒くせえなァ」

 前衛はデュプレとジャドが務め、敵を寄せつけなかった。グウェノは後ろから弓で援護し、アネッサはトルネードの魔法を放つ。

「撃ちますッ!」

 モンスターの群れは暴風に晒され、転がるようにひっくり返った。

デュプレは剣を突き立てるまでもなく、豪快に蹴り飛ばす。

「いい判断だったぞ、アネッサ。モンスターは初めてというわけでもないのか」

「専攻は魔物学ですから、少しは……それより気になりませんか?」

 敵を一掃してから、アネッサはモンスターの亡骸を注意深く覗き込んだ。

「おそらくこれは『合成』で作られた魔物です」

 岩と蜘蛛を合わせたような怪物は、自然に発生するものではない。何者かが人為的・魔導的に手を加え、作り出されたものだった。

 デュプレが眉を顰める。

「だとすると……ほかの連中は深入りを避けて、シドニオを離れたか……」

 自分では考えもしなかった事実にグウェノは面食らった。

「待ってくれよ! じゃあ、なんだ? こいつらをマーガスが?」

「そう考えるのが妥当だろう。やつはここでモンスターの『合成』に夢中らしいぞ」

 博識なアネッサもデュプレに口を揃える。

「モンスターの合成は禁忌とされています。これを研究したくて、マーガスはこんなところに居を構えたのかもしれません」

「なるほど……」

 おかげで、グウェノにも事件の全貌が見えてきた。

 この城で大魔導士マーガスは禁断の領域に手を出している。それは魔物を合成し、異形のモンスターを作り出すというものだった。

「でも、まさかな……何もシドニオみたいな田舎で、んな大それたこと」

 真に受ける気にはなれず、グウェノは能天気にぼやく。

 すると、ジャドがグウェノの耳元で声を潜めた。

「思ったことをまんま口にするんじゃねえよ、グウェノ。アネッサはグランシードのまわし者かもしれねえんだぜ?」

「……!」

 マーガスの所業を本国が未だ把握していない、とも限らない。

とすれば、アネッサの『調査』には黒い思惑も見え隠れした。何にせよ、彼女の前で下手なことは言わないほうが利口だろう。

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