第68話 グウェノの青春
翌朝、グウェノは薪を割りに行く。
住民は減ったとはいえ、薪にできる木材も底を尽きつつあった。新たに森を切り開くにしても、シドニオの街にもはやそれだけの余裕はない。火を焚くのは食事を作る時か夜だけ、と皆で決めている。
「そろそろ王国軍が動いちゃくれねえかねぇ」
にもかかわらず、グランシード王国はシドニオに救援を送ろうとしなかった。大魔導士マーガスが冒険者らの餌になる、と本気で思っているらしい。
(いざって時はメイアを連れて出るとして……親父と母さんはどうすんのかな)
薪割りのついでにグウェノは幼馴染みの家を訪れた。ふたつ下で恋人のメイアは、今朝も花壇の手入れに勤しんでいる。
「この寒さじゃあ、咲くもんも咲かねえだろ、メイア」
「あら、グウェノ。別にいいじゃない。種はたくさんあるんだもの」
家の手伝いをするか、街の子どもたちの面倒を見るのが、彼女の日課だった。教会学校の教師も街を去ったため、代わって子どもたちに読み書きを教えている。
「その顔……また面白いことでも見つけたの?」
「わかるか? へへっ、ちょっとな」
グウェノにとっては自慢の恋人で、来年にもプロポーズするつもり。近隣の都市や港を飛びまわるのも、彼女と暮らす新天地を求めてのことだ。
(昔はあんなにオテンバだったのに、しおらしくなっちまって……)
子どもの頃から一緒に過ごすうち、関係も進展した。昔の彼女にはなかった、落ち着き払った物腰が気に入っている。
「引っ越しの件、考えてくれたか? そろそろ『YES』って返事をくれよなあ」
「もう少しだけ考えさせて、グウェノ。街がこんなだから……」
おとなしそうに見えて芯はしっかりしており、責任感も強かった。シドニオから『逃げ出す』ことをよしとせず、マーガスの件には胸を痛めている。
だから、グウェノも強く出られなかった。
「ちぇっ。大魔導士だか何だか知らねえけど、邪魔しやがって。なあ?」
「もう半年だものね。いつまで冒険者任せでいるのかしら」
事態は長引くとともに悪化し、限界は近い。最悪、マーガスのモンスターに街が襲われるような惨事も起こりかねなかった。
グウェノがくしゃみを噛む。
「へっくし! ……寒いんだから、あんま出歩くんじゃねえぞ? メイアも」
「これが八月の気候だなんて、信じられないわ」
花壇も土がならされるだけで、花が芽吹くことはなかった。
「そうだわ、グウェノ。町長さんの書状を持って、王都に要請してみるのはどう? 向こうにはマルコがいるはずでしょ」
「もう行ってきたさ。でも、マルコのやつが掴まんなくてよぉ……」
グウェノたちには幼馴染みがもうひとりいる。
マルコはグウェノと同い年にして非凡な才能を持っていた。王都のアカデミーへと進学し、去年は十八という若さで宮廷魔術師に抜擢されている。
「オレもあいつに会ったの、もう二年前だぜ? オレたちのことなんて忘れて、ブイブイ言わせてんのかねえ」
「マルコはそんなに薄情じゃないわよ。あなたと違って」
「……へいへい。どうせオレは愛想だけが取り柄の男だっての」
格の違いを感じながらも、グウェノはマルコの出世を喜ばしく思っていた。たまには顔を見せて欲しいが、忙しいのだろう。
「オレたちの結婚式にはあいつも呼ばねえとな」
「気が早いわね、もう」
グウェノたちにとっては自慢の幼馴染みだった。
(マルコのことだし……ひょっとしたら、向こうで動いてくれてんのかも)
薪を抱え、グウェノは踵を返す。
「そんじゃあな、メイア。おばさんたちによろしく」
「ええ。あなたも無茶はしないでね」
それから店の掃除などをするうち、十時となった。
デュプレとジャドが現れ、グウェノも準備を済ませたうえで出迎える。
「時間ぴったりじゃねえか、あんたら」
「俺の美徳のひとつさ」
曇り空を見上げ、ジャドは白い息を吐いた。
「いつになったら晴れんだよ? ここは」
「晴れねえよ。マーガスが魔法で大気に干渉してんだと」
日がな一日雲に覆われているせいで、シドニオの街並みは暗い。
「さてと。そんじゃ……」
「待て。もうひとりいるんだ」
待つこと数分、最後のメンバーとやらも合流した。やけに長い前髪で目元を隠し、格好は粗末な割に、値打ちモノの魔導杖を携えている。
「こいつはアネッサ。宮廷魔術師でな、オレたちの今回のクライアントでもある」
「依頼人だって? この子が?」
グウェノとそう歳の変わらない彼女は、申し訳程度に頭をさげた。
「……こんにちは」
「おう。オレはグウェノってんだ、よろしく」
ひとと話すのが苦手らしい。前髪の隙間では瞳がやたらときょろきょろしていた。
「上司からの指示で、あの古城を調査したいんだとさ」
「そいつはまた……貧乏くじ引いちまったんじゃねえのか? それ」
このような辺境に宮廷魔術師が喜々としてやってくるわけがない。デュプレらも断りきれなかったようで、それぞれの溜息が落ちた。
「適当なところで切りあげて、さっさと大穴へ行くとしようぜぇ、デュプレ」
「そのつもりだ。アネッサ、悪いが、俺たちにも都合があるんでな」
「構いません。私も時間を掛ける気はありませんので……」
面子も体裁も関係なしのグウェノは、軽く伸びをする。
「さあ行こうぜ」
「うむ。とりあえずは正面から……」
「あぁ、グウェノ! ここにいたんだね!」
そこへ街の母親らが血相を変え、駆け込んできた。狼狽した様子でまくし立てる。
「うちの子があの城に行ったかもしれないんだ! 助けておくれ」
「なんだって? おばちゃん、詳しく教えてくれ」
グウェノの表情にも緊張が走った。
問題の少年は昨夜『マーガスを退治してやる』と息を巻いていたらしい。そして朝に姿を消し、この騒ぎとなった。
「きっと城に行っちまったんだよ! モンスターに襲われでもしたら……」
焦るほかない母親を、グウェノはどうどうと鎮める。
「わかった。城のほうはオレが当たるから、おばちゃんたちは街ん中を探してくれ。かくれんぼしてるだけかもしんねえしさ」
「あ、ああ……頼んだよ、グウェノ。あんたはモンスターにも慣れてるからね」
シドニオの住民はグウェノを酒場のどら息子と知る一方で、火急の際には頼りにした。勉強はさっぱりだが、サバイバル技術に精通し、弓の扱いにも長ける。
「すまねえ、デュプレ。案内はほかのやつに……」
「話はあとだ。急ぐぞ」
グウェノはパーティーを抜けようとするものの、デュプレは城へと歩き始めた。
「俺とてガキを見捨てられるほど冷淡な人間じゃないからな。ジャド、お前も付き合え」
「しょうがねえなぁ……アネッサ、お前はここで待ってろ」
「いえ、私も行きますので」
グウェノたちの一行は街を出て、北の古城を目指す。
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