第67話 グウェノの青春

 イカサマ犯が反抗もせずに逃げたのは、彼にそれだけの凄みを感じたからだろう。猫背の男が笑いを堪え、強面の騎士はやれやれと溜息をつく。

「お前は気付いていたな? ジャド」

「余興だよ、余興」

 デュプレとジャド。彼らにはほかの冒険者にはない、余裕めいた貫録が感じられた。デュプレは女将(グウェノの母)を呼び、意外な注文をつける。

「おい! この小僧を借りるぞ」

「そんなら、もっと美味いもんをオーダーしてもらわないとねえ」

「ふ……じゃあ、今夜の勝ち分でボトルでも開けるとするか。ジャド、任せる」

「おうよ。いい酒もあるもんで気になってたんだ」

 店で一番高い酒とともにグウェノは席につくことになってしまった。

「オレ、未成年なんだけど……なんで?」

「飲めないのか。残念だな」

 デュプレとジャドだけで乾杯し、美酒を煽る。

「……いい酒だ。っと、お前には礼をしようと思ってな」

 香りの強い息を吐いてから、デュプレはグウェノを見据えた。

「賭けは暇潰し程度だったんだ、勝ち負けは考えていなかった。だが、お前の『視線』が俺にイカサマを教えてくれた。目は口ほどに……いや、口よりもモノを言うだろう?」

 確かにグウェノはイカサマに気付き、デュプレに『視線』を飛ばしている。

「違ってたら、どうする気だったんだよ?」

「間違いはせん」

 酒を飲むにしても、彼は腰に剣をさげていた。少し椅子を引き、いつでも剣を抜ける姿勢を保っている。相棒のジャドにしても隙がなかった。

(こいつらは『本物』みてえだな)

 酒場で数多の冒険者を見てきたこともあって、直感する。デュプレとジャドは力の誇示こそしないが、だからこそ秘めたる実力を確信せずにいられなかった。

「お前も好きなだけ食え。俺の奢りだ」

「自分の家なんだけどな、この店」

 グウェノの脳裏で計算が走る。

(こりゃあ、一流の冒険者にあやかるチャンスかもしれねえぞ?)

 下心はあった。とはいえ、デュプレたちもグウェノの腹には勘付いているだろう。

 肴を齧りながら話すうち、彼らの目的も判明する。

「あんたらもフランドールの大穴か、やっぱ」

「あとは護衛と、な」

 デュプレとジャドもまたフランドールの大穴を目指し、このシドニオには骨休めに立ち寄っただけだった。前の仕事ではかなり稼いだという。

「おまえはずっとここに住んでんのか?」

「出てったり帰ってきたりだよ。新天地を探してるっつーか……」

 グウェノのほうは言葉を濁し、はぐらかした。

 恋人と一緒にシドニオを出て、新しい生活を始めたい。そのために酒場の息子は隣町を転々として、コネクションを広げていた。接客業以外の芸も増えつつある。

「この街では退屈みたいだな」

「そりゃそうだって。なんもないんだぜ? シドニオは」

 マーガスの件を別にしても、若者がシドニオを出たがるのは当然のことだった。幼馴染みのマルコも王都で進学し、宮廷魔術師の道に進んでいる。

 早くもデュプレがグラスを空けた。

「マーガスが怖くて出ていくわけではないのか」

「怖いっつーより迷惑っての? うちや武器屋なんかは客が増えていいけどさあ」

 この酒場の掲示板にもグランシード王国のお触れが張られている。


   大魔導士マーガスを討伐せし者に地位と富を約束する。


 マーガスを討伐せんとやってくる冒険者も、いないわけではなかった。しかし彼らは一度か二度、古城に足を踏み入れただけで終わる。

 ろくな稼ぎにならないからだ。

「地位と富っつーても、胡散臭いもんだぜ」

「……だろうな」

 お触れにしても、グランシード王国の思惑は明らかだった。

 フランドールの大穴にひとが集まるにつれ、グランシード王国からは人材や資源が流出していくこととなる。それこそ大穴に『都市』でも完成しようものなら、タブリス王国が大陸の経済・交易を一挙に掌握する可能性もあった。

 そこに歯止めを掛けるべく、グランシードは大魔導士マーガスに目をつけた。このシドニオで冒険者を足止めし、フランドールの大穴の開発を妨げる腹積もりなのだ。

 そのためにシドニオには王国軍も派遣されず、八月でさえ真冬の寒さを強いられた。暖炉にくべられた薪が、ぱちっと火花を散らす。

「それはさておき……実を言うと、俺たちはこの街にも用があるんだ。グウェノ、お前はあの『城』へ行ったことはあるのか?」

「へ? ガキの頃に何度かな」

 シドニオの子どもであれば、一度は古城を探検していた。例に漏れずグウェノも幼馴染みのメイアやマルコを連れていき、両親にこっぴどく叱られている。

「あの城について知ってることがあるなら、教えてくれ」

「いいぜ。入り口はふたつあって……」

 やがて肴もなくなってしまった。ボトルの中身は半分ほど残っているものの、デュプレが栓をして、女将に『キープだ』と伝える。

「グウェノ……だったな。どうだ? オレたちと組まないか」

 思いもよらない提案を受け、グウェノは目を点にした。

「……オレと?」

「家の手伝いをしてるくらいだ、暇なんだろォ?」

「暇っつわれたら否定できねえなあ」

 古城の調査に当たって、どうやら地元の住民の手を借りたいらしい。城まで行き来するにせよ、物資を補充するにせよ、グウェノの協力があれば短時間で済む。

「いいぜ。あんたらとだったら、オレも損はしねえだろーし」

「決まりだ。明日は十時にこの店の前でな」

「ヒヒヒ! 夜更かししてんじゃねえぞ、小僧」

 デュプレとジャドが店を去る頃には、ほかの客も席を立ち始めていた。扉が開くと、粉雪の混じった夜風が吹き込む。

(こいつは面白くなるかもな。へへっ)

 屈強な騎士との出会い。酒場の息子は美味しい儲け話を期待し、やにさがった。

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