第66話 グウェノの青春

 山間の街シドニオ。それは田舎にしては小さくなかったが、都会というほど大きくもなかった。主要都市の中継点に位置し、旅人に食事や宿などを提供している。

 街の北には寂れた古城が静かに佇んでいた。『シドニオの古城』と呼ばれるも、その歴史は街の住人でさえ知らない。

 地方領主が建てたもの――それが通説だった。

しかし一領主の別荘にしては豪奢なうえ、建築様式が大陸のものと一致しない。ある学者はこの城を二年も掛けて徹底的に調べあげ、こう結論づけた。


 ひとが住む城ではない。これは迷宮だ。

 決して近づいてはならぬ。


 たまに好奇心旺盛な旅人が立ち寄るものの、モンスターが出る程度で大したものは見つかっていない。シドニオの住民も期待しておらず、調査はとっくに打ち切られた。

 だが半年前、何者かが古城に住み着いた。彼は偉大なる大魔導士マーガスと名乗り、シドニオへと魔の手を伸ばしてきたのだ。

 その邪悪な力によって、シドニオの気候は激変した。春が訪れず、冬のように寒い日が続く。作物は育たず、家畜が痩せ衰えるのも当然だった。

 モンスターも増え、シドニオは生活圏もろとも生存圏を脅かされつつある。

 住民はひとり、またひとりと街を去った。あちこちに空き家だけが残されている。

 そこでグランシード王国は大魔導士マーガス討伐のお触れを出した。

 マーガスを打ち倒した者には栄誉を与える、と。

 奇しくもシドニオはかの『フランドールの大穴』へのルート上にあり、旅人は後を絶たない。腕自慢の冒険者たちもまた街を訪れ、一度はお触れに目を向けた。

「へえ……肩慣らしにやってみっかな」

「やめとけ。それより大穴だ、急がねえと出遅れちまうぞ」

 しかし王国の予想とは裏腹に、彼らは古城に興味を示さない。

 お触れが出てからも状況は好転せず、二ヵ月が経った。


 大魔導士マーガスとやらのせいでシドニオは日がな一日冷え込む。

 街一番の酒場は暖炉を焚き、今夜も血気盛んな冒険者たちを迎えていた。街がこのような状況にあっても、旅人向けの宿泊施設や娯楽施設は例年になく繁盛している。

 それもこれも『フランドールの大穴』のおかげだった。今や大陸じゅうの冒険者が大穴へと集まり、成果を競いあっている。

 古の魔法が発見されたとか、珍しい鉱石が見つかったとか。フランドールの大穴については続々と新発見が報じられ、世間の関心も高まっていた。

 久しぶりに実家の酒場へと帰ってきた息子は、手伝いに駆り出される。

「グウェノ! それは1番テーブルだよ。あんた、うちの仕事を忘れちまったのかい?」

「わかってるって。……ったく、こういうのは『要領』ってのがあるじゃねえか」

 グウェノ、十九歳。

 退屈な暮らしに飽きては故郷を飛び出し、何ヶ月かしたら戻ってくる――成人を前にしてもふらふらしており、これには母親も参っていた。

「マルコくんは王都で宮廷魔術師になったってのに、あんたは……そんな調子じゃ、今にメイアちゃんにも愛想尽かれちまうよ?」

 一方で、父親は道楽息子を諫めることをしない。

「お前は一言多いぞ。グウェノにも考えがあるんだ、放っておけ」

「あんたがビシッと言ってくれないから、この子は……と、お鍋、お鍋!」

 グウェノが気軽に実家に帰ってこられるのは、父との関係が良好なおかげもあった。自分の息子にはいたずらに期待を掛けず、余所の子と比較するわけでもない。

趣味や嗜好は正反対にしても、グウェノはこの父が気に入っていた。

「うちを継ぐってんなら、それでもいいぞ? まあ、お前に酒の味がわかるようになってからだが……ゆっくり考えるといい」

「親父はまだまだ現役だろ」

 ひとり息子は父親に茶々を入れながら、手際よく酒を運ぶ。子どもの頃からこの酒場で手伝いをしていることもあり、愛想のよさには自信があった。

「兄ちゃん、フランドールの大穴へ行くってんなら、ついでに連れてってやるぜ?」

「大した距離じゃねえから、ひとりで大丈夫だって」

 大柄な戦士にも物怖じせず、気さくな笑みを浮かべる。

 その割に頭の中では計算が働いていた。

(どうせならもっと、なあ……)

 冒険者には見掛け倒しも多い。目の前の酔っ払いとともにフランドールの大穴に入ったところで、並み以下に埋没するのがオチだろう。

 それにグウェノに野望はなかった。フランドールの大穴とやらで一発を当てるより、堅実な方法で独立したい。そのことに父も気付いているからこそ、何も言わなかった。

(やっぱ前の港町かな。早いとこメイアを説得して、戻らねえと)

 すべては幼馴染みのため。恋人のため。

「そういや、スタルドはお姫さんが女王に即位したんだってな。なんつったっけ……」

「異変があったのって、三、四年前だよな? 結局、あれは何だったんだ」

 噂話に耳を傾けつつ、ふとグウェノは隅のテーブルに目を留める。

 そこでは冒険者が二対二でポーカーに興じていた。グラスの下には掛け金らしい紙幣が敷かれている。

「フルハウスだ! 悪ぃな、こいつもいただきだ」

「……ふむ」

 軽装のコンビは序盤こそ負けが込んでいたものの、徐々に勝ちをあげてきた。それに対し、強面の騎士と猫背の男という見慣れないコンビは、黙々とカードを眺めている。

「どうだ? ジャド」

「さっぱりだ。ついてねえ」

 猫背の男は勝負を捨て、カードをばらまいた。

「ご注文の蒸し焼きっすよー。冷めないうちに、どうぞ」

 酒の肴を提供するついでに、グウェノは彼らのカードを盗み見る。そして、やけに強気な男の『腕』にあるものを見つけた。

(やれやれ……兄さんら、イカサマされてっぜ?)

 男が多い場所では大抵ギャンブルがおこなわれる。無論、タチの悪いイカサマが横行することもあった。下手に関わるまいと、グウェノは気付かないふりに徹する。

 ところが、騎士の男がいきなり対戦相手の左腕を締めあげた。

「あいてえっ? な、何すんだよ、てめ……」

 相棒はにやりと歯を光らせる。

「古典的な手じゃねえか。そんなこったろうと思ってたがなァ」

 ポーカーの相手は袖の中に強いカードを隠し持っていたのだ。エースにキング、はてはジョーカーまで。強面の騎士はぎりぎりと手に力を込める。

「素直に引きさがるなら、見逃してやる」

「わ、わかった! おれたちの負けだ、放してくれ」

 イカサマ犯たちは慌てて金を置くと、一目散に店を飛び出していった。

 騎士の男が戦利品の一部をグウェノに差し出す。

「やつらが飲み食いした分だ。取っておけ」

「あ、どうも……」

 一瞬の出来事にグウェノは呆気に取られた。

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