第65話

少年たちは容赦なしにジョージに目掛け、ボールを投げつけた。

「それー! やっつけろー!」

「ひいっ! あ、危ないではないか」

「ドッジボールなんだぜ? とーぜんだろー」

相手が大人であれば思いきりやっても構わない、と踏んだらしい。マチルダのほうも敵チームの少年から、勢い任せにボールを投げつけられる。

「やったわねえ? えい!」

 手加減しつつ、マチルダもボールを投げ返した。

 その一方でジョージはボールを受け止めもせず、逃げまわるばかり。ぶつけられては外野にまわり、息を切らせていた。

「ぜえ、ぜえ……」

「やったあ! かわりにもどっていーよ、おっさん」

「へ? ど、どうして吾輩が?」

 ローカルルールなのか作戦なのか、外野の少年は敵にボールを当てても、内野に戻ろうとしない。ジョージは何度もコートの中へと戻り、絶好の的とされる羽目に。

 そんなドッジボールをセリアスとグウェノは暢気に眺めていた。

「懐かしいなぁ。お前もガキの頃はやったろ?」

「ああ」

 子どもたちは疲れも知らず、元気いっぱいにはしゃぐ。

 やがて空が橙色に染まってきた。結局、ドッジボールにはセリアスとグウェノも巻き込まれ、身体じゅうが土だらけに。

「……やっべ! 今日の夕飯、まだなんも用意してねえぞ」

「たまには外で食べるとしよう。ロッティも、な」

 イーニアとロッティは途中から観戦にまわっていた。

「男の子はこんなふうに遊ぶんですね」

「そんで探検ごっこが行きすぎて、セリアスみたいになっちゃうわけ」

 運動不足のロッティも混ぜてやればよかったかもしれない。

 そしてジョージは地べたに座り込んでいた。二時間ほどのドッジボールで満身創痍、せっかくの一張羅にはボールの跡が残っている。

(この恰好でドッジボールはまずかったか……)

 残念ながら、もう彼にマチルダを夕食に誘えるだけの余裕はない。

 マチルダは遊技場のゲートで子どもたちを見送っていた。

「寄り道せずに帰るんですよー」

「はぁーい! 先生、さよーならー」

 それを遠目に見詰めながら、ジョージは溜息をつく。

「……吾輩の認識が甘かった。子どもの相手とは大変なのだなあ、セリアス殿」

「そうだな。俺も子守を押しつけられたら、心が折れそうになる」

「ちょっとぉ? それ、どーいう意味?」

 子どもたちと一緒に遊んだのは、マチルダに近づくため。しかしジョージは自嘲の笑みを浮かべながらも、吹っきれたように語った。

「情けない話だが、吾輩は彼女のことを何も知らなかったのだよ。教師がこれほど大変な仕事とは正直、考えもせんかった。それでも彼女はやりがいを感じておるのだなぁ」

「……ああ」

 セリアスたちは押し黙り、ジョージの独白に耳を傾ける。

「吾輩が好意を押しつけても、今は彼女の邪魔になるやもしれん。……マチルダ殿には教師になってもらってから、改めて伝えようと思うのだが、どうだろうか?」

「そんなら、いい学校を作らねえとな。あんたも」

 ジョージの気持ちは思いのほか純粋だった。マチルダに想いを寄せているからこそ、彼女の仕事を尊重し、応援してやりたいのだ。

 マチルダが小走りで戻ってくる。

「ジョージさん! 大丈夫でしたか? ごめんなさい、やんちゃな子ばかりで……」

「いやいや。これくらい、どうってこと……つっ?」

 ジョージは自力で起きあがろうとするものの、傷みに顔を歪めた。ボールで突き指してしまったようで、右手の中指が腫れあがっている。

「まあ大変! 早くこちらへ」

「マ、マチルダ殿?」

 マチルダはジョージを水飲み場へと連れていった。土だらけの手を水で洗い、その中指に包帯を巻いていく。

「あとで病院で診てもらってくださいね」

「う、うむ……」

 ジョージは顔を赤らめ、陶然としていた。

「オレたちはお邪魔みたいだな。退散しようぜ、セリアス」

「ああ。今日は付き合わせてしまって、すまなかったな。イーニア」

「いえ。私も楽しかったですから」

 ふたりを残し、セリアスたちは遊技場をあとにする。

「ちぇー。もっとロマンチックなやつ、期待してたんだけどー」

「余計なことはするなよ? ロッティ」

 悪戯好きの妹分に釘を刺しつつ、セリアスはいつかの恋人を思い出した。


                  ☆


 エドモンド邸に帰ってからも、ジョージは右手を見詰めてばかり。

「はあ……マチルダ殿……」

 それには彼女の温もりが残っているように感じられた。女性の手とはああも柔らかいのだと、初めて知り、高鳴る胸の鼓動を抑えきれない。

 執事は怪我の具合を気に掛けていた。

「大丈夫でございますか? ジョージ様。ご不便などありましたら、私に……」

「どうってことはない。それよりセバスチャン、お前も今夜は早く休め。明日からまた忙しくなるのだからな」

「……はて? と、おっしゃいますと?」

 子爵は得意満面に髭を撫でる。

「教員の確保に決まっておるではないか。候補者には片っ端から当たるぞ」

「は、はい! このセバス、どこまでもお供いたします!」

 執事に発破を掛け、ジョージは寝室へと戻った。

 右手を抱いて眠れば、今夜は素敵な夢を見られるだろう。そのつもりが、ベッドの上では恐るべき人物が待ちかねていた。

「き……貴様は!」

 ビキニパンツの雄々しい巨漢、アラハムキ。

 城塞都市グランツには秘密結社が存在する。その名は『HIMOTE』――もてない男たちによる、悲しくも世知辛い組織があったのだ。

「HIMOTEのメンバーでありながら、よもや女性と手を繋ぐとはな……ジョージ=エドモンド、貴様は結社の鉄の掟を破り、オレたちの誇りを傷つけた」

 それはまた、互いを監視しあい、抜け駆けを許さないコミュニティでもある。

 ジョージは真っ青になり、アラハムキの巨体ぶりに戦慄した。

「ま、待ってくれ! 吾輩は交際を始めたわけでは……」

「問答無用。貴様の右手にある女の感触など、このオレのギャランドゥで徹底的に上書きしてくれよう。食らうがいい!」

 しかしアラハムキは憤怒し、耳を貸さない。ジョージの右手を捕まえ、それを己の下腹部、天然物のギャランドゥへと強引に擦りつける。

「よせ! それだけは……ぐあああああッ!」

 縮れた剛毛がジョージの右手にまとわりついた。指の叉まで侵食し、マチルダの温もりを奪い取っていく。

「ハーッハッハッハッハ!」

 残酷にして残忍、陰湿にして非情。それがHIMOTEの制裁だった。







 アラハムキの活躍は

 『宇宙屈指さをサラスBODY』で

 お楽しみ(?)いただけます。

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