第70話 グウェノの青春
グウェノは笑みを作り、話題を切り替えた。
「……にしても、デュプレもジャドも強ぇじゃねえか」
「お前の弓もなかなかのものだ。正直、戦力としては期待してなかったんだが」
デュプレのフルプレートには一角獣の紋章が刻まれている。聖騎士『パラディン』の証のひとつで、まさしくエリートならではの称号だった。
そのはずが、彼は正規の騎士団を離れ、冒険者稼業などに勤しんでいる。
「あんた、グランシードの騎士様だよな? なんだってまた……」
「フッ……お国のための騎士道が馬鹿馬鹿しくなったのさ」
パラディンには弱きを助け、悪を挫くというイメージがあった。少年なら誰しも一度は憧れるものであり、グウェノにもマルコと騎士ごっこに興じていた幼少期がある。
だが、現実のパラディンは世知辛いものらしい。
「見栄っ張りの貴族に『ああしろ、こうしろ』と命令されるだけの日々でな。上では責任転嫁と事なかれ主義が横行し、しわ寄せは下にやってくる。やっとのことでパラディンになったところで、何も変わらなかった」
「そんで嫌気が差して退団、ってわけか……」
「まともなやつなら、それでも我慢するんだがな。俺の性には合わん」
自由を求めることが『まともでない』あたり、王国騎士団でも組織的な腐敗は進んでいた。そのために優秀な人材を流出させているのだから、呆れもする。
「ジャドは? あんたは別にエリートコースだったわけでもないんだろ?」
「話すようなことじゃねえ。詮索屋は嫌われるぜ」
「っと、それもそっか」
その後も探索を続け、グウェノたちの一行は大きな壁画へと辿り着いた。中央で縦に割れており、開く仕組みらしいことはわかる。
「こんな絵があったのか……蛇だらけだぜ。わかるか? アネッサ」
右にはおぞましい形相の女性と、無数の蛇がうねうねと描かれていた。
「これはメデューサという怪物ですね。フランドールの大穴では目撃もされています」
対し、右には大盾を持った戦士が描かれている。
「目を合わせたら石になってしまう、とかいう話だな。だから、この男は盾でメデューサの顔を見ないようにしてるんだ」
「ふーん。そーいや、マルコがそんな話してたっけ……」
ふと一対の窪みが目についた。何かを嵌め込むものらしい。
壁画にはメッセージも記されている。
『ふたつの鍵を揃えよ。さすれば門は開かれん』
意味深な壁画を見上げ、デュプレは腕組みを深めた。
「……気にいらんな」
「何がだよ?」
「これ見よがしだと思わんか。わざわざこうして侵入者を案内するか?」
城に立てこもるつもりなら、敵にヒントを与えるはずがない。それこそ隠し部屋にでも身を潜め、やり過ごそうとするだろう。
そもそもこの壁画の向こうにマーガスがいなかったり、鍵自体が存在しない可能性もあった。城の仕掛けを利用せずとも、潜伏の方法はある。
「もう少し調べてみて、ほかにルートがないようなら、こいつに当たるとするか。しっかりマッピングしておいてくれ、ジャド」
「言われるまでもねぇよ。そいつがおれの仕事だからなァ」
ジャドは見取り図を描き加えながら、慎重に壁画を調べまわった。
戦士タイプのデュプレ、魔法使いのアネッサ、トレジャーハンターのジャド。古城の探索にあたって、編成はバランスが取れていた。
「トレジャーハンターかあ……」
何気なしに呟くと、デュプレが強面なりにはにかむ。
「お前も向いてると思うぞ、グウェノ。ジャドの仕事をよく見ておけ」
「ケケケ! 簡単に真似されちゃあ、おれも立場ねえっての」
ひとまず壁画は後まわしにして、一行は城を東へと進んだ。壁画のメッセージを鵜呑みにするつもりはないが、当面は『鍵』を探すことに。
細長い回廊にて、小さな人影がグウェノたちの前に現れた。
「ん? ありゃあ……まさかゴブリンか?」
人型タイプのモンスターとは戦闘経験がないグウェノは、敵の姿にたじろぐ。
知恵を持ち、武器を扱うというだけでも、人型タイプは厄介な相手だった。デュプレも油断せず、警戒を怠らない。
「気をつけろ。一匹とは限らん」
ゴブリンは小鬼とも呼ばれ、人間に本能的な敵愾心を持っていた。しかし目の前のゴブリンは丸腰のうえ、襲ってくる気配はなく、苦しそうに喉を押さえる。
「ウッ、ウウウ……助ケ、テ……助ケテクレェ……!」
「様子が変です。もっと離れてください」
グウェノは弓を引き、奇妙なゴブリンへと狙いをつけた。
ところが急にゴブリンの背中が裂け、得体の知れないシルエットが飛び出す。
「なっ、なんだあ?」
驚いた拍子に力が抜け、矢は外れてしまった。
「やるぞ、ジャド! お前はゴブリンを片付けろ!」
「黒いやつは任せたぜェ、デュプレ!」
続けざまにジャドが低い姿勢で駆け、ゴブリンの片足を撥ねる。それでも真っ黒な魔物は動じず、魔法の詠唱を始めた。
アネッサが呪文封じを重ねるも、弾かれる。
「だめです! 抵抗されました!」
「構わん! この手のモンスターには……こいつが効く!」
そんな正体不明の敵にも臆さず、デュプレは両刃の剣を突き立てた。パラディンならではの光の力が剣を通じ、魔物を直撃する。
黒い影は霧散し、ゴブリンの亡骸だけが残った。
「なんだったんだ? さっきの……ゴブリンってのは、あーいうもんなのかい?」
「まさか。俺もこんなやつは初めてだぞ」
アネッサがはっとする。
「これも……合成モンスターじゃないでしょうか」
「かもなァ。デュプレ、こいつは『失敗作』なんだろうぜ、多分」
ゴブリンは合成実験のために連れてこられた。そして廃棄された。そう考えると、辻褄が合ってしまうのが恐ろしい。
「マーガスって野郎はここで、そんな真似を……」
「思ったより深刻な事態のようだ。夏を冬に変えるだけのことはあるぞ」
グウェノとて故郷や家族を想う気持ちはあった。シドニオには大切な恋人もいる。
よほどのことにならない限り、王国軍は今後も動かないだろう。冒険者たちは巻き添えを食うまいと、無視を決め込んでいる。
この事件を解決できるのは、自分たちだけ。
「なあ、アネッサ。お前の調査ってやつ、オレにも付き合わせてくれねえかな」
「……グウェノ?」
アネッサは戸惑い、前髪で隠れがちな顔をあげた。
グウェノの言葉が力を込める。
「知りたいんだよ、オレも。この城で何が起こってんのか、なんでオレの街がこんな目に遭ってんのか、その真実を……いいや、知らなくちゃならねえんだ」
柄にもないのはわかっている、それでもシドニオを守るために。
デュプレが破顔した。
「熱くなるのも結構だが、今日のところは引きあげるぞ。限界だろう? アネッサ」
「え? 私はまだ大丈夫です」
ジャドはチッ、チッと指を振る。
「素人はプロの言うことを聞くもんだぜ。朝からずっと歩きっ放しだからなァ」
これから街まで、来た時と同じ距離を戻らなくてはならなかった。旅慣れしているグウェノは余裕があるものの、インドア派のアネッサは体力面に不安がある。
「一日や二日ではまわりきれんさ。なぁに、焦ることはない」
「そうですね……わかりました」
グウェノたちは無理せずに引きあげ、一日目の探索を終えた。
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