第64話

 ハインとのトレーニングでへとへとのジョージを、手頃な服屋へと放り込む。

 エドモンド子爵のご来店に店員は驚きながらも、次々と紳士服を持ってきた。ジョージ=エドモンドも一端の貴族であって、上客は逃がすまいと判断したらしい。

「これなどはいかがでしょうか? 緑色で爽やかに」

「そっちもいいなあ~」

「恰幅のよさを、こう……貫録にできるといいんだけどな」

 ロッティやグウェノに囲まれ、ジョージはおろおろしてばかりいた。

「わ、吾輩はもっと暗い色のほうが……」

「だめだめ。明るい色で印象アップしなくっちゃ」

 ファッションにさして頓着のないセリアスは、イーニアと一緒に店内をぶらつく。

「紳士服の店ではお前も退屈だろう」

「いえ……勉強になりますから」

 向かいの店は女性向けのブティックだった。ロータウンでは考えられないような店も、ハイタウンでは普通のようで、別の街に来た錯覚さえする。

「マチルダさんと上手くいくんでしょうか? ジョージさん……」

「さあな。あまりプレッシャーは掛けてやるな」

 こればかりは当事者同士の問題であって、セリアスたちにできるのはフォローまで。それ以上は余計なお世話になりかねず、最悪、台無しにしてしまう恐れもあった。

 やがてジョージのドレスアップも仕上がり、店員は太鼓判を押す。

「よくお似合いですよ! ええ、とっても」

「そ、そうか……?」

 ジョージは戸惑っているものの、グウェノもロッティも満足そうに頷いた。

「悪くねえな。思ったより引き締まったんじゃねえの?」

「あとはヘアスタイルね! 七三分けにしてもさあ、もうちょっと……」

 髪型も見栄えをよくし、イメージアップを尽くす。

 姿見をしげしげと眺め、ジョージも少しは気持ちを前に向けた。

「……う、うむ! これなら」

「その意気だぜ。じゃあ、マチルダさんとこに行くか」

 やるべきことはやった、あとは祈るしかない。


 よく晴れた午後、マチルダは決まって遊技場にいた。学校建設に先んじて、マルグレーテが開放したもので、日中は子どもたちの遊び場となっている。

 これをロータウンに設けたのは、街の上下で余計な格差意識を生み出さないための配慮だろう。また、ロータウンのほうが土地にも余裕がある。

 マチルダは和気藹々と子どもたちに囲まれていた。

「先生ぇ、ドッジボールしようよー!」

「だめよ。マチルダ先生はこっちで、おはなをおせわするんだから」

 男の子からも女の子からも引っ張りだこにされ、人気者の先生は苦笑いを浮かべる。

 あとずさろうとするジョージの背中を、グウェノが押した。

「ほら、頑張れっての! なんかあったら、オレらもフォローすっからさ」

「ほほっ、本当だな? 頼むぞ?」

 ジョージとて一端の貴族、ここまでお膳立てされては、逃げるわけにいかない。彼はネクタイをぐっと締めなおし、マチルダの傍へと歩み寄った。

 セリアスたちは少し離れて、様子を見守る。

「マチルダさんって美人だよねー。ジョージさんで大丈夫なわけ?」

「……散々けしかけておいて、それか?」

 これはもう失敗に終わる気がした。今夜くらいは子爵に酒を奢ってやろうと思いつつ、セリアスは息を飲む。

 ジョージは完全にあがってしまっていた。

「こここっ、こ、ここ……」

 こんにちは、の一言さえ出ず、しどろもどろにうろたえる。

「はい? ……あら、ジョージさんではありませんか」

 幸いマチルダのほうから声を掛けてくれた。

 子どもたちは不思議そうにジョージを見上げる。

「おっさん、だれ?」

「こらこら。このかたはもうすぐ学校を作ってくれるんですから」

「えー? こないだのきれいなお姉さんじゃないのぉ?」

 綺麗なお姉さんというのはマルグレーテで間違いない。ジョージは子どもの数に圧倒され、マチルダとのきっかけを掴めずにいた。

「子どもが邪魔だな。……来てくれ、イーニア」

「あ、はい」

 セリアスはイーニアを連れ、子どもたちの輪へと割り込む。

「あら、あなたはさっき図書館でお会いした……そちらはお兄さんかしら?」

「突然ですまない。この子が街の女の子と遊んでみたい、と言ってな」

 そのような紹介をされ、イーニアは瞳を瞬かせた。

「……あの、セリアス?」

「お嬢ちゃんたちもどうだ? このお姉さんは、花のことなら何でも知ってるぞ」

 少女たちはマチルダから離れ、イーニアのもとに集まってくる。

「ほんと? どーやってそだてるか、わかる?」

「え、ええ……マンドレイクに比べたら、とっても簡単です」

 セリアスに促されるまま、イーニアは女児らとともに花壇のほうへ向かった。さらにセリアスは少年勢を見下ろし、提案を投げかける。

「ドッジボールなら、両方のチームに大人が入ったほうがフェアだろう? そっちのジョージにも付き合ってもらうといい」

「お兄ちゃんはしないの?」

「しない」

 ひとりで全員は相手にできないためか、マチルダも乗ってきた。

「面白そうですね! ……あ、でもボール遊びですから、お洋服が汚れるのでは……」

「いっ、いやいや! 吾輩も教育に関わる以上、慣れておきたいのだよ」

 フォローの甲斐あって、ジョージは少年らを交え、マチルダと遊ぶことに。

 グウェノとロッティは呆気に取られていた。

「セリアス、お前……そんなに気遣い屋だったか?」

「普段はトーヘンボクのくせに、ねえ」

「好きに言ってろ。ロッティ、イーニアを手伝ってやってくれ」

セリアスはグウェノとともに腰を降ろし、ドッジボールの観戦にまわる。

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