第63話

 ジュノーは持ち前の美貌に爽やかな笑みを綻ばせた。

「本題はここからです。実は……国語教師として、グランツにマチルダという女性のかたがいらっしゃいましてね」

 そこまで聞いて、グウェノが相槌を打つ。

「なぁるほど! その美人にジョージは心を奪われちまったわけだ」

「そそっ、それは!」

 小心者のジョージは赤面し、おろおろと慌てふためいた。

「た、確かに? 気になるといえば、きっ、気になるのだが……ごにょごにょ……」

 頻繁に口ごもり、視線をでたらめに惑わせる。

 ハインは感じ入るように頷いた。

「恥ずかしがることはないぞ、子爵殿。男なら誰しも通る道ではないか」

「いっいや、しかし……この吾輩が恋愛などと言っては、笑われるのがオチでは」

 グウェノもはやし立てたりせず、ジョージにフォローを入れる。

「自分だけじゃどうにもならねえから、俺たちを頼って、ここまで来たんだろ? 誰も笑ったりしねえよ、なあ? セリアス」

「ああ。執事の爺さんには相談できんだろうしな」

 あの自惚れの塊のような子爵が、プライドを捨ててまで、セリアスたちの力を借りたがっているのだ。それを無下にできるほど、セリアスはドライではない。

 情にもろいハインが自ら胸を叩いた。

「よし! ここは拙僧が一肌脱いでやろう!」

 一方でグウェノは慎重に徹し、意気込むハインに釘を刺す。

「おいおい、オッサン? 安請け合いすんなって……そりゃあ、オレだって力になってやりたいとは、思うけどよぉ」

 ジョージはすっかり意気消沈してしまっていた。お茶にもまだ手をつけておらず、縋るようなまなざしでセリアスを見上げる。

「セリアス殿……」

「僕からもお願いします。せめてジョージさんの気持ちに整理がつくまで」

 セリアスは前髪をかきあげ、やれやれと息をついた。

「……わかった。やれるだけのことはやろう」

「おお! ほ、本当か!」

 他人の恋路に関わったところで、大きなお世話となるのが関の山。とはいえ、同世代のジョージを見捨てるのは忍びなかった。

「あまり期待はしないでくれ。……グウェノ、何か案はないか?」

「で、オレにお鉢がまわってくるわけか……ハア」

 果たして子爵の片想いの行方や、いかに。


 翌日、セリアスはグウェノとともに『敵情視察』に出た。ハイタウンには去年、立派な図書館ができたようで、そのスケールにグウェノが目を点にする。

「へえ……すげえじゃねえの」

 この図書館の建設がマルグレーテの初仕事だったらしい。書庫とは別に勉強室や休憩所なども設けられ、、市民の憩いの場となっていた。

 ジョージが焦がれてならないという噂の女性は、お昼はここの休憩所でお弁当を食べているとのこと。マチルダは窓際の席でささやかなランチの一時を過ごしていた。

「いたぜ。あれだろ?」

「……多分な」

 何でも教員を志しているものの、親が教会の信者であるため、タブリス王国の本土では教壇に立てないという。そこで彼女は活躍の場を求め、グランツへとやってきた。歳は二十一で結婚の適齢期に入っているが、しばらくは仕事のほうが大事だろう。

 ちなみにジョージは今、訓練場のほうでハインと体力トレーニングに励んでいる。

「教師になりたくてグランツへ、なあ……行動力あるじゃねえの。そんなところにジョージも惹かれちまったのかねえ」

「あいつは左遷も同然で来たからな」

 物陰からマチルダの様子を窺っていると、イーニアが合流した。

「お待たせしました。……どうして隠れてるんですか? ふたりとも」

「静かに。実はちょいと頼みがあんだよ」

 息を潜めつつ、グウェノが彼女に耳打ちで作戦を伝える。

「――ってふうに。できるか?」

「それくらいでしたら……ですけど、そんなことを調べて、どうするんですか?」

「まあまあ。あとでちゃんと説明すっからさ」

 イーニアは半信半疑といった顔のまま、おずおずとマチルダへと歩み寄った。

 ジョージの片想いを応援するにあたって、ひとつ確かめておかなくてはならない。マチルダに恋人がいるかどうか、である。

 仮に恋人がいるようなら、ジョージには諦めてもらうしかないだろう。それを条件として、セリアスたちはジョージに手を貸している。

「もっと近づかねえと、聞こえねえな……」

「あとでイーニアに聞けばいい」

「まあまあ。オレたちには作戦を見守る義務があんだから、さあ」

 やはり面白半分の相棒に呆れつつ、セリアスは身を屈め、忍び足でターゲットの傍まで寄った。仕切りの向こうで、イーニアが緊張気味にマチルダに声を掛ける。

「こ、こんにちは。ええと……マチルダさん、ですよね?」

「あら? あなたはよく図書館で見かける……」

「初めまして、イーニアと申します」

 マチルダは警戒せず、柔和な笑みを綻ばせた。

「うふふ、ご丁寧にありがとうございます。私のことをご存知ということは、学校関係のかたかしら? どうぞ、座ってください」

「あ、いえ。すぐに済みますので」

 しかしイーニアは挨拶もほどほどに、いきなり直球で質問を投げかける。

「マチルダさんって、恋人とか、好きなひとはいるんですか?」

「……はい?」

 会話に微妙な間が空いてしまった。その陰でセリアスとグウェノは面食らう。

「不自然すぎんだろ、イーニア……」

「そう言ってやるな。あいつなりに一生懸命なんだ」

 マチルダは首を傾げつつ、質問に答えた。

「いませんけど……」

「わかりました。ありがとうございます」

 イーニアは丁寧に頭をさげ、早々に踵を返す。

 とりあえず、これでマチルダがフリーであることは確認できた。イーニア相手に嘘をついた可能性も低いだろう。

 セリアスたちはこそこそと彼女から離れ、廊下でイーニアと合流する。

「あれでよかったんでしょうか? 私」

「ああ。あとは俺たちでやるさ」

「へえ~。なぁーにを~?」

 ところが、セリアスとグウェノの間に面倒くさいのが割り込んできた。フランドール王国の天才考古学者ことロッティが、つぶらな瞳を輝かせる。

「て、てめえ! なんでこんなとこに……」

「こっちの台詞だってば、それ。ここは図書館、あたしのテリトリーだもん」

 確かに図書館にいるはずがないのは、セリアスやグウェノのほうだった。

 十五歳の少女は興味津々らしい。

「ねえねえっ! さっきから何やってんの? あたしも仲間に入れてってばあ~」

「……はあ。どうする? グウェノ」

「オレに投げんなっての……わかった、わかった」

 仕方なくセリアスたちはロッティを加えつつ、念を押した。

「秘密は厳守しろよ? この案件にゃ、子爵の名誉が掛かってんだからな」

「はーい」

 少々不安は残るものの、女性の意見を取り入れるチャンスでもある。

 ジョージ子爵の片想いについて聞き、ロッティは得意そうにやにさがった。

「だったらカッコよく決めて、デートに誘わないとっ! でしょ?」

「まあ、そうだなァ……」

 マチルダに彼氏がいないことで安堵していては、進展もない。分の悪い博打になりそうだが、小心者のジョージがやる気を出しているうちに、勝負に出るべきだろう。

「それじゃ、服とか髪形を新調しないとネ!」

 意地悪な笑みを堪えるロッティの一方で、イーニアはきょとんとする。

「なんでしたら、私からマチルダさんにお伝えしましょうか?」

「やめてくれ」「やめろっての!」

 セリアスとグウェノの声が重なった。

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