第60話

 バルザック少佐が派遣されてきたことで、グランツ常駐の王国軍は徹底的に編成を見なおされた。フランドール王国の調査隊(ロッティら)も手厚く歓迎されている。

 手始めにバルザック少佐はいくつかの規制を撤廃し、ギルドとの融和を図った。冒険者の独立を尊重し、秘境の調査からは一歩引いている。

「ふむ……噂通りの切れ者のようだな」

「まっ、オレたちが関わるこたあ、そうねえだろ」

 またバルザック少佐の王国軍は、冒険者と王侯貴族らとの緩衝材ともなった。白金旅団の一件以降、何かと摩擦が絶えなかったのも、最近は落ち着きつつある。

 本日のセリアス団は風下の廃墟へ、女神像を調べるためにロッティを連れていた。素人の同行を気にしてか、ザザもフォローに駆けつけている。

 ロッティはイーニアに声を掛けてばかりいた。

「やっぱり同い年なんだー? あたしのことも『ロッティ』でいいからね、イーニア」

「は、はい。よろしくお願いします」

 イーニアは緊張気味ではあるものの、安堵の色も見られる。同世代、同性の相手にはそれなりに親近感も湧くのだろう。

「ハイキングじゃないんだ。ロッティ、仕事をしてくれ」

「はいはい。もぉ、ほんと野暮なんだから」

 道中はセリアスとザザでイーニアらの守りを固めつつ、ハインとグウェノでモンスターを一掃していく。風下の廃墟なら大したモンスターも出現しなかった。

「セリアスは戦わないわけ?」

「こうやってお前のガードに徹してるじゃないか」

 やがて廃墟の砦が見えてきた。ロッティが壁へと近づき、毀れた部分に目を凝らす。

「聞いてた通り、かなりの古さね……。フランドール王国の記録によれば、この街並みは三百年前のものらしいわ」

「そんなに古いのかよ? へえー」

「タブリスの実地調査でも、同じような結論に達したはずよ」

 この街が廃墟となったのはシビトの災厄による、との見解が通説だった。ほかの秘境についても予習済みのようで、ロッティは得意満面にまくしたてる。

「徘徊の森がそう呼ばれるようになったのは、タブリスの調査が始まってからね。それ以前……災厄時代は、木が歩いたりはしなかったの」

 森については長老の大樹の話とも一致した。

「じゃあよ、タリスマンってのは?」

「それはねえ……」

 しかしタリスマンのことになるや、ロッティはつまらなさそうにふてくされる。

「存在自体が疑わしいのよ、あれ。災厄以前の記録には『タリスマン』なんて記述、どこにもないし。フランドール王国のほうじゃ、タリスマンはタブリスの自作自演なんじゃないかって言われてるほどにね」

 これは白金旅団の生き残り、キロにも聞いたことだった。

 だがタリスマンは実在し、セリアスたちはそのひとつを手に入れている。

「ここまでは拙僧らの掴んだ情報と、そう変わらんな」

「まあまあ。本番はこれから、でしょ?」

 廃墟の検分はほどほどにして、セリアス団は例の隠し部屋へ。カンテラを掲げながら、地下の通路を抜け、意味深な女神像のもとまで辿り着く。

「もっとよく照らしてよ? 見えないったら」

「待て。明るい場所に移る」

「……へ?」

 イーニアが羽根ペンで記憶地図に触れると、瞬く間に周囲の景色が森となった。

 まさかのテレポートに驚愕し、ロッティはあんぐりと口を開く。

「ほほ、ほんとに聞いてた通り……ワープしちゃった……」

「ザザもいるな? 始めてくれ、ロッティ」

 ここなら日中は明るく、気候も穏やかなため、女神像を調べるにはうってつけだった。考古学者の少女は件の女神像を見上げ、瞬きを繰り返す。

「……おかしいってば。絶対おかしいでしょ、これ」

 ハインとグウェノは首を傾げた。

「そうなのか? ロッティ殿」

「そりゃそうよ! ええと……なんで、これを『女神』って呼んでんの?」

「さあ? なんとなく女神っぽいから、じゃねえ?」

一方、イーニアは相槌を打つ。

「待ってください。この石像を『女神』と呼ぶことに、確かに根拠はないのでは……」

「イーニアは気付いたみたいね。ほら、よーく周りを見て」

 女神像の一帯は閑散としていた。しかしセリアスもよくわからず、眉を顰める。

「……教えてくれ」

「ちょっとは考えてよ、もう。……信仰の対象にしては、この女性はろくに祀られてないのが、おかしいってこと」

 ロッティはスケッチブックに大雑把な祭壇を描きあげ、持論に力を込めた。

「普通ならこんなふうに、格式高い感じにするじゃない? ちゃんと屋根で囲うとか、東西南北に番人の像を置くとか、さあー」

 信心深いモンク僧も口を揃える。

「なるほど。言われてみれば、その通りだ。女神を雨曝しにしてよいはずがない」

「でしょ? これじゃ、ただの『道案内』なんだよねー」

 つまり冒険者たちは便宜上『女神像』と呼んでいるに過ぎず、信仰や畏怖があったとは言い切れないのである。

 さらにロッティは虫眼鏡をかざし、女神像の表面を注意深く調べていった。

「それにさあ……これ、割と新しいんじゃない?」

 ここでずっと雨曝しになっていたにしては、汚れが少ない。

イーニアも像に触れ、魔力の波長を感じ取る。

「自浄作用があるのかもしれません。ひょっとしたら、モンスターが近づかないのも」

 神秘的な女神像は無傷のまま、黙々と時を数えていた。

「ちゃんと調べないと、正確には言えないけど……造られてから、まだ二、三十年ってとこじゃないかしら」

「三十年前っつったら、タリスマンが大穴にやってきた頃だぜ、そりゃ」

 この女神像はタリスマンとともに外からやってきた――としても、辻褄は合う。

 ハインが右腕のタリスマンを見せつけた。

「これと似たものを、その像もつけておるだろう?」

「そうね……同じものと考えて、間違いないわ」

 ハインと女神像の腕輪を見比べながら、ロッティは真剣な表情で考え込む。十五歳の少女とはいえ、考古学者としての知識と洞察力には、セリアスも期待していた。

「森の木のお爺さん、だっけ? 謎の人物にタリスマンを預けられたって話だったわね。そのひとは女性だったのかもしれない」

「……女?」

「そう。この石像のモデルが、自分の持ち物を預けに来たんじゃないかってこと」

 この森の大樹は三十年ほど前、何者かにタリスマンを託されている。そして一年後、同一人物か別人かは定かではないものの、聖杯を見せつけられた。

「大陸各地の女神伝承も当たってはみるけどさあ、そっちじゃないと思うのよ、あたし。それより三十年前に絞って、魔女なんかを調べたほうがいいかなって」

 グウェノがぱちんと指を鳴らす。

「なーるほど! よくよく考えてみりゃあ、この石像を『女神』と結びつけるほうが、飛躍しちまってるってことか」

「でしょ? 鍵になるのは『三十年前』でしょうね」

 こうしてロッティを連れてきただけの甲斐はあった。さすが天才と称される考古学者、セリアスたちでは到底考えが及ばないような発想にも、ほんの数手で辿り着く。

「ねえ、セリアス。ほかの女神像も見てみたいんだけど」

「わかった。イーニア、坑道の出口へ頼む」

 続いてセリアスたちは画廊の氷壁の入口付近へ。

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