第59話
「なーるほど。ロッティの護衛は、故郷を出る口実にもなったってか」
「恋人……じゃなかったわね、元・恋人に頼まれたのよ。妹の面倒を見てやってって」
当時は十四歳だったロッティをソール王国に派遣するにあたっては、故郷の皆からもセリアスに依頼があった。街が誇る天才少女を守ってやって欲しい、と。
「そんなわけで、あたしはセリアスと一緒にソールにいたの。……まあ、セリアスは行方不明になっちゃうし、クーデターがあったりもしたんだけどさ」
グウェノが同情気味にセリアスの肩を叩く。
「オレが女を紹介してやろっか?」
だが、セリアスとて攻められっ放しではいなかった。
「そういえば、グウェノ……お前、賭けの負け分はいつ払ってくれるんだ?」
「賭けだあ? んなもん、どこで……ああっ!」
思い出したらしいグウェノが青ざめる。
前にイーニアがジュノーに惚れたかどうかで、セリアスとグウェノは別々に張った。イーニアはまるでジュノーに靡かないため、セリアスの勝利が決まりつつある。
「お前の態度次第では、このまま忘れてやってもいいんだが……」
「の、飲もうぜ、セリアスさん! どうぞ、どうぞ!」
メルメダは舌を吐くようにかぶりを振った。
「ったく、男ってやつは……どうせ、くだらないことに賭けてたんでしょ。ジュノー、だっけ? こいつらと付き合ってたら、あなたも『三枚目』になっちゃうわよ」
「ははは……」
ジュノーは気まずそうに苦笑いを浮かべる。
ロッティとしてはやはり同世代のイーニアが気になるようだった。
「あたしのことはいいからさあ、イーニアのこと、教えてよ」
「ん? そうだなあ……」
セリアスたちは順を追って、城塞都市グランツでの出来事を打ち明けていく。
セリアス、ハイン、グウェノの三人でこの街に到着したこと。徘徊の森でイーニアと出会ったこと。魔法使いがいなかったため、セリアスは彼女をパーティーに加えている。
グウェノは頬杖をつき、心配そうにぼやいた。
「最近はちょいと調子が悪ぃみたいだなあ、イーニアのやつ……」
「実力がついてきた証拠さ」
しかしセリアスは肩を竦め、彼の心配事を一笑に付す。
それなりに場数を踏んで、垢抜けてきたからこそ、イーニアは伸び悩んでいるのだ。セリアスの指示に従うだけで成長できる時期は、もはや過ぎた。
これからは自分で決断してこそ経験となる、そんなレベルに達したのである。
「あいつは長い目で見てやらないとな」
「あらあ? 私とは随分、扱いが違うじゃないの」
「お前はベテランだろ、メルメダ」
それにメルメダもいる。戦闘においてイーニアの動きに無駄がなくなってきたのは、ほかでもないメルメダの教えの賜物だった。
ところがイーニアの話題にもかかわらず、ロッティは不満げに口を尖らせる。
「そーいうんじゃなくってさあ……セリアスとの関係とか、聞きたいわけ」
さっきまで面白半分でいたグウェノが、がっかりと肩を落とした。
「それがよぉ……イーニアのやつ、てんで男を意識してねえんだよ。カシュオンにしてもそうだし、ジュノーん時も無反応でさあ」
「さては僕をけしかけましたね? グウェノさん」
セリアスたちのテーブルで笑い声が響く。
「どうなんだよ、メルメダ? カシュオンのほうは……」
「相変わらず『イーニアさん』にはご執心みたいよ。でも……ねえ?」
この場にいないカシュオンのことが少し哀れに思えてきた。
酒の席では欠席者こそネタにされるもの、と相場が決まっている。カシュオンのおかげで今回、ハインは難を逃れた。
不毛な恋愛トークが一段落したところで、セリアスは慎重に声を潜める。
「……ロッティ、実はお前に相談したいことがあるんだ。秘境について、なんだが」
「待てよ、セリアス。メルメダもいるんだぜ?」
グウェノは待ったを掛けるものの、メルメダが察してくれる。
「私のことなら気にしないで。グランツでは稼ぎたいだけだから、あんたたちの情報をカシュオンに流したりはしないわ」
「助かる。ジュノーも適当に聞き流してくれ」
「わかりました」
改めてセリアスは考古学者の少女に、これまでの探索の成果を打ち明けた。
ロッティが小さな身体で腕組みを深める。
「すっごい面白そうじゃないの、それ。剛勇のタリスマンに、女神像……」
「王国には黙っといてくれよ?」
「わかってるってば。……ねえ、その女神像なんだけど、スケッチとかないの?」
とりわけ彼女は『女神像』に関心があるらしい。
「あれは辺鄙な場所にしかねえって話だからなあ。王国調査団にしても、実物を見たことはないんじゃねえ?」
フランドールの大穴には謎めいた女神像が点在していた。セリアスたちも風下の廃墟や脈動せし坑道で数体を発見している。
考古学者の見解はぜひとも聞いてみたかった。
「なら、実際に見てみるか? そのほうが早いだろう」
「いいのっ? うん、うん!」
冒険者としては素人のロッティが同行することとなり、グウェノが釘を刺してくる。
「大丈夫かよ、セリアス? それなりに歩かせることになんだし……」
「どうせ一度はついてくる気なんだ。体力勝負に持ち込んで、追っ払おう」
早いうちにロッティを探索から遠ざけたいのも、本当のこと。興味本位で首を突っ込むには、フランドールの大穴には危険が多すぎた。
「あんな女神像を調べたくらいで、なんかわかるもんなのかねえ?」
「あたしに任せてったら。大船に乗ったつもりで、ネ!」
次回の探索は高尚な講義になるに違いない。
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