第54話
城塞都市グランツにて、久しぶりにセリアスは訓練場を訪れる。
街の北にある訓練場には一通りの設備が揃っていた。ただ、セリアスにとっては手頃な練習相手がいないため、普段は敬遠している。
これならグランツの周辺で手配モンスターでも狩るほうが、運動になった。
しかし今日は木刀を持ち、イーニアの相手を務める。
「なかなか筋がいいじゃないか」
「そうですか?」
イーニアはミスリル製のレイピアを握り締め、刺突の動きを繰り返した。
魔法の先生には護身用として剣術も教わったらしい。十五歳の少女にしては人並み以上に体力があるのも頷ける。
この先、魔法が通用しないモンスターに遭遇するかもしれない。呪文禁止エリアに踏み込むこともあるだろう。気休め程度とはいえ、イーニアにも武器は必要だった。
軽量なミスリル製の小剣なら、さして邪魔にもならない。
「休憩にするか」
「はあ、はあ……はい」
ほかの冒険者らも各々のペースで稽古に励んでいた。若者も多いが、最年少となるのはおそらくイーニアで間違いない。
無論、剣を稽古する魔法使いなど、イーニア以外には見当たらなかった。
魔法使いが剣技を習得すれば、ゆくゆくは『魔法剣』も可能となる。しかしそれには剣と魔法、両方の修練が必要であり、あまり現実的ではなかった。
多少は剣の見込みがあるイーニアにしても難しいだろう。
ちなみにセリアスとメルメダの奥の手『魔陣剣』も、これに該当する。
休憩していると、傍の戦士が声を掛けてきた。
「お前が訓練場にいるなんて、珍しいじゃないか、セリアス。調子はどうだい?」
「ああ。……少々赤字だ」
ミスリル鉱の獲得で稼いだつもりが、あれもこれもと武具を注文したせいで、大した収入にはならなかった。人数分の防寒具で出費も重なったうえ、坑道の宝箱が軒並みミミックだったのも痛い。
戦士が神妙な面持ちで声を潜める。
「そういや、お前らも脈動せし坑道を出入りしてんだろ。……聞いたか?」
てっきり新しいルートが発見されたのかと思い、構えてしまった。念のため、プレートのあった場所はカムフラージュしてあるものの、時間稼ぎにしかならない。
「何のことだ?」
「トロッコだよ、トロッコ。たまに走ってんだとさ」
セリアスとイーニアは首を傾げあった。
脈動せし坑道ではレールが縦横無尽に伸びている。しかしレールが『脈動』し、うねるせいで、ものを走らせることはできなかった。王国調査団も探索の効率化を図って、自前のトロッコを製作したものの、徒労に終わっている。
そのはずが、冒険者の間では今『走るトロッコ』が噂になっているらしい。
「おーい、スコット! お前んとこのパーティーも例のトロッコに遭遇したって?」
「ああ! 見た見た」
脈動せし坑道を駆け抜ける、謎のトロッコ。
「詳しく聞かせてくれないか」
「いいぜ。つっても、おれも大して知らねえんだけど……」
噂によれば、トロッコはすれ違いざまに毒液をまき散らす。とはいえ積極的に冒険者を狙ってはおらず、毒の程度も知れているとのことだった。
「脈の音がでかくなったら、来るんだ」
セリアスの頭の中で少しずつイメージが膨らむ。
(あのレールの上をどうやって……)
そのトロッコは特殊な車輪をつけているのだろうか。もしくは、トロッコの走行時だけレールがまっすぐに伸びるのかもしれない。
「坑道はしばらく様子を見たほうがいいぜ。王国調査団に知られたら、調査だ何だでまた駆り出されるだろーしよ」
「ああ」
幸いにして、ほかの冒険者たちは脈動せし坑道を敬遠していた。当分の間はセリアス団のもとまで誰かが追いついてくることもないだろう。
翌日には再び脈動せし坑道を訪れ、拠点の仕上げに取り掛かる。
「女神像様々だよなあ、ホント」
テレポートのおかげで設営も短期間で目処がついた。水は雪を溶かせば手に入る。
テントには最後にセリアス団のエンブレムを飾りつけた。ジュノーが描いた竪琴の紋章が、これからはセリアス団のトレードマークとなる。
「さまになってきたじゃねえか。ヘヘッ」
「……………」
ザザは腕組みのポーズで押し黙っていた。
ミスリル製の防具も明日には仕上がる見込みだ。画廊の氷壁に挑むにあたって、準備は万端に整ったといえる。
ただ、心残りはあった。まだ脈動せし坑道の謎を解いていない。
「俺たちはトロッコに遭遇せず終い、か……」
夥しいミミックの数にしても、この坑道との関連は依然として不明である。
「トロッコにはモンスターが乗ってるんでしょうか?」
「かもな」
コンパスが反応しているわけではないとはいえ、イーニアも気掛かりらしい。一方、ハインやグウェノは後顧の憂いとまでは考えていないようだった。
「気にせずともよかろう。見当がつくまで、ほかの冒険者に調べてもらうのも手だぞ」
「オッサンの言う通りだぜ。それよか、そろそろ氷壁の探索も進めねえと」
ひとまずセリアス団は脈動せし坑道の調査を終了。
向こうには次なる秘境が待ち構えていた。
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