第53話

 セリアス団は屋敷の居間に集まり、思案顔を向かいあわせていた。

「う~ん……」

 それぞれペンを手に取っては、唸るのを繰り返す。

 本日の議題はセリアス団の『エンブレム』について。脈動せし坑道の出口で拠点を作るにあたって、それがセリアス団のものと一目でわかる目印が必要となったのだ。

 ハインは毛筆を繰り、ありがたい仏像を何枚も描きあげる。

「どうだ? ご利益はあると思うぞ」

「そりゃオッサンはなあ……」

 それをグウェノは一蹴し、イーニアの作品にもかぶりを振った。

 イーニアが描いたのは可愛らしいウサギのイラスト。女子がトレードマークとする分にはもってこいだが、セリアスやハインが使うには厳しい。

「ウサギなら、ほかのパーティーに使われることもないかと……」

「まあ獅子や馬ほどじゃねえけど、さあ」

 セリアスが描いたのはオーソドックスに『剣と盾』だった。これではありきたりで、余所の冒険者ともろに被ってしまう。

「そういうグウェノはどうなんだ? 見せてみろ」

「へ? ええっと……」

 文句ばかり達者なグウェノにしても、適当に星やらを描いただけ。

 意外な案件で苦戦し、セリアスたちは一様に顔を顰めた。

「カシュオンのとこは『杯』だってよ」

「聖杯というわけか」

「メルメダさんがつけてました。勲章みたいで、ちょっとかっこいいですよね」

 そこへ吟遊詩人のジュノーが帰ってくる。

「ただいま戻りました。……おや? みなさん、お揃いで……」

「忙しいようだのう、ジュノー殿」

「はい。グランツで子どもたちのために学校を作ることになりまして、音楽の授業はできないものかと、マルグレーテさんから相談を受けてるんです」

「へえ~。そいや、街にチビも増えてきたよなあ」

 城塞都市グランツはまだ子どもが少ないとはいえ、着々と増えつつある。商業圏とするからには、将来的には教育機関も欠かせなかった。

「ところで、みなさんは何を?」

 ジュノーが興味津々にイーニアの落書きを覗き込む。

「実はセリアス団の紋章を作ることになりまして……今、案を出してるんです」

「なるほど。面白そうじゃないですか」

 今回は『芸術家』の知恵を借りるのも、いいかもしれない。

「ジュノーは何かないか? あったら聞かせてくれ」

「そうですね……」

 それに『彼』もセリアス団の一員。エンブレムを発案するだけの資格はあった。


                  ☆


 坑道せし坑道は次なる秘境、画廊の氷壁と繋がっていた。

 氷壁を突破するため、セリアス団は坑道の出口付近に拠点を設けることに。必要な物資を搬入しつつ、脈動せし坑道の未踏破エリアの探索も進めていく。

「ザザのやつ、坑道には毎回ついてくんのな」

「こいつの得意分野なんだ」

 ザザがいれば、暗闇の中でホブゴブリンに奇襲されることもなかった。むしろセリアスたちのほうが先制し、ホブゴブリンの群れに仕掛ける。

 セリアスは防御の構えでイーニアをカバー。

「ハイン、ザザ! 中央に集めてくれ!」

「任せておけ!」

 巨漢のハインと俊敏なザザに翻弄され、ホブゴブリンどもはあとずさった。そこへイーニアが杖を向け、魔法の水鉄砲を炸裂させる。

「えいっ!」

 ホブゴブリンは水流に飲まれ、でこぼこの壁面へと叩きつけられた。

 残りのホブゴブリンは逃走を始めるものの、グウェノの矢が一匹たりとも逃さない。

「遅ぇぜ! そこだ!」

 セリアス団の先制攻撃が功を奏し、ホブゴブリンの群れは呆気なく全滅した。

 グウェノが意気揚々と新品の弓を掲げる。

「こいつはすげえよ、セリアス! こんなに軽いのに、威力がでけえ」

 彼の弓も先日のミスリル鉱で拵えた逸品だった。

セリアスもミスリルシールドを撫で、装備の一新に手応えを感じる。

「属性付与はおいおい考えるとしよう」

「イーニアが『水』なら、俺は『風』かねえ? やっぱ」

 ハインはセリアスの盾を眺め、ふむと頷いた。

「前々から思っておったが、セリアス殿は盾を使いまくるタイプのようだのう」

「ああ」

 どちらかといえば、セリアスは攻撃よりも防御を重視している。

 そのため盾は必ず『円』の形を採用した。これならどんな体勢・どんな角度であれ、いつもと同じように使うことができるのだ。

 それに接近戦にはハインがおり、射撃にはグウェノがいる。このパーティーであれば、セリアスは防御にまわるのがもっとも効果的だった。

 おかげで戦闘の面はさして問題ない。しかし探索のほうは振るわなかった。

「うわああっ?」

 またしてもグウェノが不意を突かれ、慌てて宝箱から飛び退く。

 今回の宝箱もミミックだったのだ。

「こやつめ、味な真似を!」

 すかさずハインがミミックを殴り飛ばし、箱ごと破壊する。

 グウェノは尻餅をつき、やれやれと冷や汗を拭った。

「助かったぜ、オッサン。にしても……さっきからミミックだらけじゃねえか」

 画廊の氷壁へと続くこのルートは、セリアス団が初めて踏み込んだようで、どこも手付かずとなっている。そしてセリアスたちを期待させるだけの宝箱が、数だけはあった。

 ところが、どれもこれも宝箱に擬態したモンスター、ミミックばかり。

「もう触らないほうがいいんじゃないでしょうか……」

 イーニアの率直な意見に頷きたくもなる。

 しかしセリアスの脳裏ではひとつの推測が成り立とうとしていた。

「これが脈動せし坑道の『特色』かもしれないな」

「……特色ぅ?」

 グウェノは呆れた声でぼやくも、このミミックの多さには何か意味がある。

「徘徊の森では『木が歩いた』だろう。ひょっとしたら、ミミックはこの坑道と関係してるんじゃないかと思うんだ」

 セリアスとて勘に過ぎず、確証はなかった。

 ドクン、ドクン……と、闇の向こうから不気味な脈音が響いてくる。

「なら、この秘境もタリスマンが作り出したってか?」

「あるいは聖杯、が……」

 徘徊の森では長老の大樹が『聖杯』とやらの影響を受け、タリスマンの力を暴走させていた。今なお木々が歩きまわっているのも、その余波が残っているからである。

「ミスリル鉱を食べる洞窟のお話なら、聞いたことがありますけど……」

「おとぎ話で定番のやつだな。俺も知ってる」

 つまり脈動せし坑道でも、何者かの悪意が働いている可能性があるのだ。ただ、現時点では推測の域を出なかった。

 画廊の氷壁へのルートを切り開いてからは、目立った成果もない。

「コンパスも反応がねえし……どうよ? セリアス。ここらで坑道は切りあげるのは」

「そうだな……」

 拠点のほうは形になってきた。画廊の氷壁という難関の突破に向け、そろそろ雪上の歩行訓練などを始めるべき頃合いだろう。

「ミスリル製の防具が全部仕上がったら、氷壁に進むとしよう」

「オレとイーニアの分だな。オッサンはいらないわけ?」

「ミスリルであれば気功術の邪魔にはならんが、拙僧は構わぬ。それよりも氷壁の寒さをいかにして凌ぐか……」

 イーニアがもぞもぞと両手を擦りあわせる。

「お腹を冷やさないようにしないといけませんね」

「そんなレベルの寒さじゃねえって……」

 我らが魔法使いの天才少女にはまだまだ不安があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る