第52話
やがてセリアス団は広々とした空間に出た。やけに空気が冷え込んでいる。
「こいつはキャンプに使え……うおっ?」
急に後ろのザザが手裏剣を投げ、グウェノは腰を抜かした。
「あ、危ねえじゃねえか! 投げるんなら先に一言……」
「待て、グウェノ! 向こうに何かいるぞ!」
手裏剣が当たると、青い岩の塊がもぞもぞと動き出す。それは岩ではなく大きなムカデのモンスターだった。長い胴をくねらせて、セリアスたちに牙を剥く。
「こやつの縄張りであったか!」
「うっかり近づいちまうとこだったぜ。この野郎っ!」
すかさずセリアスたちは『ワールウインド』の陣形を敷いた。両翼はそれぞれグウェノとザザが務め、攻撃は飛び道具を主軸とする。
ハインは防御の姿勢で前方をカバー。後衛のイーニアは魔法の杖を握り締めた。
セリアスは中央で照明を維持しつつ、指揮を執る。
「深追いはするな!」
大ムカデは灯かりを避け、闇の中で蠢いていた。地面を抉る音や、岩の散乱する音が、あちらこちらから聞こえてくる。
「セリアス、スクロールをください!」
「ああ!」
イーニアは照明の巻物をスパークさせて、一帯を光で満たした。セリアスたちは一瞬、目を眩ませるものの、これで敵を追うのは容易くなる。
「そこだっ!」
グウェノが続けざまに矢を放った。しかし大ムカデの外殻に弾き返される。
隙間を狙うにしても、大小の甲羅が順々に連なっているせいで、入り込めないのだ。ザザの手裏剣も狙いは正確無比だが、敵の肢体には届かない。
大ムカデが天井へと這いあがり、セリアスたちの頭上で岩を噛み砕く。
「右に逃げろ!」
「虫の分際で、お利口さんじゃねえの!」
岩の破片をかわしながらも、セリアスたちはワールウインドの陣形を維持した。大ムカデの動きを目で追ううち、グウェノがあることに気付く。
「……そうか! こいつ、レールには手を出さねえみたいだぜ」
敵はどこもかしこも掘り返すようで、レールには近づかなかった。セリアスたちはそれを足場として、大ムカデの奇襲に備える。
「こうも動きまわられては、捕らえきれんぞ? セリアス殿」
「ああ……厄介だな」
大ムカデは変幻自在の動きに加え、頑丈な外殻で身を固めていた。今から退却しても、狭い場所で追いつかれるのがオチだろう。
ハインの衝撃波も外れ、地面を直線状に抉るだけに終わった。
「こうなったら、ザザの鋼線で締めるか……」
「……………」
ザザは『長さが足りない』とかぶりを振る。
ところが、急にイーニアが声をあげた。
「誘い込んでみます! セリアスは今のうちにスクロールで地雷を!」
上手い作戦を閃いたらしい。ミスリル製の杖をかざし、魔法でハインと同じように地面をまっすぐに抉り抜く。これで広間に『溝』ができた。
グウェノが意気揚々と弓を引く。
「なるほどな! 合わせろよ、ザザ!」
グウェノの矢とザザの手裏剣をかわし、大ムカデはその溝へと逃げ込んだ。
そこにセリアスは地雷のスクロールをセットし、飛び退く。
「みんな、伏せろっ!」
モンスターはそれを踏むや、灼熱の炎に包まれた。苦悶し、のけぞったところへ、ハインの衝撃波が今度こそクリーンヒットする。
「でやあッ!」
タリスマンの威力も合わさって、敵はばらばらに四散してしまった。
ムカデには『壁際や隙間に沿って進む』習性がある。いかに素早く走りまわろうと、溝に入ってしまっては、進行方向を変えられなかったのだ。
「ヘヘッ! お手柄だな、イーニア」
「私もこんなに上手くいくとは思いませんでした」
イーニアはほっと安堵の笑みを綻ばせる。
ミスリルの杖も魔法の威力を瞬時に高めてくれた。彼女の杖を優先したのは、間違いではなかったらしい。
「こやつの甲羅もミスリル鉱のようだが……グウェノ殿?」
「だめだめ。不純物が多すぎらあ」
周囲の安全を確認してから、セリアスたちは戦闘用の陣を解く。
イーニアのコンパスは敏感に反応していた。
「かなり近いようですけど……」
レールは途切れ、ここで終点となっている。とはいえ道中に分かれ道もあったため、レールは別のところで続いているのだろう。
グウェノがぶるっと震えた。
「にしても、すげえ寒くねえ? 地下ってだけじゃねえぞ、こいつは」
「ああ……」
さっきから冷たい風も吹いている。さらに奥へ進むと、謎めいた女神像があった。
その向こうは『外』に繋がっており、照明もいらない。
「な、なんと……!」
思いもよらない光景を目の当たりにして、先頭のハインが立ち竦んだ。セリアスやグウェノも真っ白な有様に目を見張る。
「雪か。道理で冷えるわけだ」
「脈動せし坑道は、この秘境と繋がってたってのか」
フランドールの大穴には『難所』とされる秘境がいくつかあった。
そのひとつが画廊の氷壁。セリアス団は今、氷の地獄へと足を踏み入れたのだ。ひとまず坑道の中へと戻り、火を起こす。
「あの……グウェノ、画廊の氷壁って?」
「見ての通りさ。年がら年中、吹雪いてやがるんだ。こいつは難しくなってきたぜ」
焚き火を囲みながら、セリアスたちは頭を悩ませた。
画廊の氷壁を探索するのなら、相応の装備が必要となる。防寒具は無論のこと、スパイクなども欠かせないだろう。
何よりの問題は、ここに来るだけでも丸一日は掛かることだった。坑道を突破するための装備も持っていくとなると、荷物だらけとなる。
「……このあたりに拠点を作るしかないな」
セリアスの判断にはハインも頷いた。
「うむ。簡単に湯を沸かせるくらいの環境は、整えておかんと」
幸い近辺にモンスターの気配はない。坑道のモンスターが寒さを嫌って、近づこうとしないのだろう。物資の搬入さえできれば、拠点の設営は容易い。
「何往復かしねえとなあ……。まあ、ついでにミスリルも回収してくか」
「あの、待ってください」
拠点について相談していると、イーニアがコンパスを見せつけた。
「先にこれを確かめてからでも……」
「それもそうだな」
依然としてコンパスはこの近くを指している。
それは先ほどの女神像で間違いなかった。神聖な佇まいにセリアスははっとする。
「……ハイン! 剛勇のタリスマンを見せてくれ」
「ん? どうかしたのか、セリアス殿」
イーニアやグウェノも同じことに気付いて、目を丸くした。
「そ、そうです! どこかで見たと思ったら」
「女神サマの腕輪とそっくりじゃねえか」
女神像の右手にはブレスレットが嵌められている。それが、ハインの右腕にあるものと瓜二つだったのだ。
驚きのあまり、イーニアは声を震わせた。
「タリスマンはこの女神の……?」
剛勇のタリスマンが『彼女』の装身具であるのなら、ほかのタリスマンもそうである可能性が出てきた。左足のアンクレットも怪しい。
「少しずつ真相に迫ってきておるようだな。多分、探索を続けていけば……」
「だったら、なおさら画廊の氷壁を突破しねえと。なあ」
画廊の氷壁は難関とはいえ、セリアス団のモチベーションは向上しつつあった。
女神像にコンパスをかざすと、ハクアの光が一本の羽根ペンを出現させる。それを手に取り、イーニアは首を傾げた。
「……なんでしょうか? これ」
見たところ、記憶地図の石板と同じ意匠が施されている。
女神像はまだ光を湛えていた。それに呼応してか、記憶地図も輝く。
「わかるか? イーニア」
「多分、この羽根ペンで記憶地図を操作しろってことだと、思いますけど……きゃっ?」
羽根ペンの先が記憶地図に触れるや、セリアスたちは光の渦に飲まれてしまった。
「くっ! し、しま……」
「うわあああっ? ……あ、あれ……?」
照明の魔法も焚き火もかき消され、周囲は闇に閉ざされる。ただ、それだけのことで、危険な気配は感じられなかった。むしろ暖かくなったほどである。
「セリアスー! どこですか?」
「こっちだ。待ってろ、灯かりをつける」
女神像のもとでカンテラに火を灯し、セリアスたちは唖然とした。脈動せし坑道の中にいたはずが、いつの間にか、まったく別の場所にいたのだ。
ハインが思い出したように坊主頭を撫でる。
「ここは風下の廃墟の地下ではないか? ほれ、その記憶地図のあった」
「そ、そうだぜ! オレたち、どうやってこんなところへ?」
記憶地図の上には新たに女性のマークが増えていた。
風下の廃墟の地下にひとつ、徘徊の森の奥地にひとつ。それから、脈動せし坑道の出口でも、おそらく女神像の場所を示している。
「イーニア、そのペンで森のほうの印に触ってみてくれ」
「はい」
再び女神像が光を放った。セリアスたちは瞬く間に徘徊の森のテント付近へ。
テレポートしたのだ。女神像の傍で羽根ペンと記憶地図を併用すれば、どうやら任意の女神像のもとへ瞬間移動できるらしい。
グウェノが軽快に指を鳴らす。
「すげえじゃねえか! これがありゃ、氷壁まで一気に飛べるってことだろ」
「ああ。こいつはでかい」
画廊の氷壁を探索するにあたって、これで脈動せし坑道を通過する必要はなくなった。時間の短縮のみならず、装備も少なくて済む。
拠点を作るにしても、物資の搬送が格段に楽になった。
また、女神像のもとまで来れば撤退も容易い。効率と生還率は跳ねあがっただろう。
「行きは風下の廃墟からが、近くていいんじゃね?」
「ひょっとしたら、ほかにもあるんじゃないですか? 女神像が」
画廊の氷壁という難関を前にしても、光明が見えてくる。
(行き来は簡単になったか……)
それならと、セリアスは口を開いた。
「坑道にあった亡骸も回収してやろう。テレポートを使えば、そう手間取らんはずだ」
このようなことに拘っていては、冒険者として二流かもしれない。しかし屍を無下に踏み越える真似は、なるべく避けたかった。
イーニアがほっと胸を撫でおろす。
「私は賛成です」
「しょうがねえな。放っておくのも、なんだか目覚めが悪ぃし」
グウェノもまんざらではない様子で、ハインは数珠を取り出した。
「実は拙僧も気になっておったのだ。ちゃんと街の墓場で弔ってやろう」
「なら、言ってくれてもよかったんだが」
満場一致。ところが、面子がひとり足りていないことにイーニアが気付く。
「……あら? ザザは?」
離れていたせいか、ひとりだけテレポートし損ねたらしい。百戦錬磨の忍者とはいえ、今頃は坑道の出口で途方に暮れていることだろう。
「迎えに行くか」
「あいつも意外にお茶目なとこ、あるじゃねえの。ハハッ」
セリアスたちは女神像の力を借り、ザザのもとへ急ぐのだった。
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