第51話
翌日には杖ひとつ分のミスリル鉱が精錬できたため、セリアスはイーニアとともに武器屋を訪れた。強面の鍛冶職人もミスリル鉱を見て、興奮を露にする。
「ほう! すげえもんを手に入れたなあ、兄ちゃん」
「残りは魔法屋で精錬中なんだ」
「そいつは忙しくなりそうだな。しかも精錬済みたあ、気が利くじゃねえか」
ミスリル鉱の用途は多い。いずれグウェノの弓や軽鎧を作ってもらうもよし、売却で資金にすることもできた。
「戦闘用の杖を作って欲しいんだ。マジック・オーブもある」
「そっちの魔法使いの武器ってことかい。ちょいと、今使ってるのを見せてみな」
店主はイーニアの杖(調合用)を手に取り、じっくりと吟味する。
「殴って使うことはあるかい?」
「え? えぇと……」
「それはない。普通のロッドで頼む」
イーニアは非力ではないものの、物理攻撃は考えないほうが賢明だろう。下手に扱っては、デリケートなマジック・オーブに衝撃が伝わってしまう。
店主はイーニアを一瞥しつつ、壁際を指差した。
「そっちに杖が何本か、置いてあるだろ? 右から順に取って、構えてみな」
「あ、はい」
おずおずとイーニアは商品を手にし、上段や中段に構えてみせる。例のアニエスタ先生とやらには武器の扱いも教わったようで、それなりにさまになっていた。
店主が二本目と三本目の杖を入れ替えては、イーニアに持たせる。
「長さはこれくらいがいいか。よし、決まりだ」
やはりセリアスの目に狂いはなかった。この職人は信用できる。
これから作られる魔法の杖は、イーニア専用の一品となるのだ。だからこそ、長さも重さもイーニアのために調整される。
「二日ほど待ちな。ミスリル鉱の礼だ、優先してやっから」
「ああ。期待してるぞ」
かくしてイーニアの新しい杖は目処がついた。
☆
ソール王国の地下迷宮を彷徨う中、セリアスは幾度となく亡骸を発見する。
迷宮からの脱出を試みた、冒険者の成れの果てだろう。彼らは半ば白骨化し、異臭を漂わせることさえなかった。セリアスと死者の間で沈黙だけが続く。
セリアスとて、明日には同じ運命を辿るかもしれない。だから死者を弔う余裕などあるはずもなかった。無造作に屍を踏み越え、先へと進む。
そうやって死者をないがしろにしてきたのだ、いずれは自分も――。
「……うっ?」
真夜中に悪夢から目覚め、セリアスは息を乱した。
「はあ、はあ……夢か……」
あの地下迷宮からの脱出劇は、決して英雄のものではない。時には亡骸から罠の位置を知り、危機を逃れることもあった。死者の武具を借りたことさえある。
彼らの犠牲なくして、セリアスの生還はなかったのだ。
こんな夢を見たのは、脈動せし坑道で少年少女の亡骸を見つけたせいだろう。にもかかわらず、自分は彼らを置き去りにして、ミスリル鉱を持ち帰った。
「俺にも人並みの良心はあったか……」
今さら罪悪感に苛まれ、セリアスは自嘲の笑みを浮かべる。
☆
イーニアの杖を新調したところで、セリアス団は脈動せし坑道の探索を再開する。ほかの冒険者たちはまだ新しいルートに気付いていないようだった。
グウェノは折り畳み式のカゴを持ってきている。キルドの冒険者らも、まさかセリアス団がミスリル鉱を発見したとは思いもしないだろう。
「あそこのミスリル鉱は採れるうちに採っておかねえとな」
「……そうだな」
ミスリルという鉱物には『鉱脈』が存在しなかった。未だ解明されていないものの、どうやら魔法的な磁場において、まれにごく少量が生成されるものらしい。
そういった条件が秘境では揃いやすいのだろう。タブリス王国がフランドールの大穴に資源を求め、開発に躍起になるわけである。
「そこのレールも曲がっておるぞ」
「おっと! ……どうなってんだろうなあ、この秘境も」
先頭はハインが務め、カンテラで闇を払っていた。ザザは今回も同行し、しんがりを務めている。イーニアは隊列のもっとも安全な位置で、コンパスの向きを注視していた。
「ここでは矢印が黄色なんですよね……」
風下の廃墟では黄、徘徊の森では青だった。
「……とすると、青がタリスマンなのかもしれんなあ」
ハインの推測は当たっているかもしれない。
これまでにコンパスは風下の廃墟で『記憶地図』を、徘徊の森で『剛勇のタリスマン』を指し示していた。この脈動せし坑道のアイテムは、前者と同じ類の可能性が高い。
途中でセリアスたちは先日の、少年少女の亡骸とすれ違った。それを一瞥し、グウェノは声のトーンを落とす。
「ここを通るたび、目が合っちまうのもなあ……どうしたもんかね」
「折を見て、拾っていってやるのがよかろう」
じきに周辺の地図が完成し、モンスターの傾向も掴めれば、余裕も出てくるだろう。彼らの亡骸を回収するのは、それからでも遅くはない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。