第50話

「何とも哀れなことだ。骨の大きさからして、若者ばかりのようではないか」

 どれも成人のものではなかった。初陣で全滅したという少年少女のパーティーの話を、セリアスは確信とともに思い出す。

「あのパーティーが全滅したのは、風下の廃墟だと聞いたが……」

 グウェノは残念そうにかぶりを振った。

「ギルドには嘘をついて、出発したんだろうな。脈動せし坑道は危険すぎるからって、子どもだけじゃ許可が出なかった、とかでさ」

 当時は調査隊が風下の廃墟を散々捜しまわったが、見つからなかったという。それもそのはず、未熟な要救助者たちはここで遭難していたのだから。

「……怖いですね」

 イーニアの感想は月並みとはいえ正しかった。

 白骨死体はボロをまとっており、武器も錆だらけだが残っている。しかしモンスターに持ち去られたのでなければ、肝心のカンテラはひとつしかなかった。

 地下迷宮の類を探索するにしては、荷物も少なすぎる。

「これ、触媒の人参を食べたのかもしれません。毒性はありませんけど……」

「冒険小説のノリで来ちまったんだな。可哀相に」

 若き冒険者たちはスリルと興奮の代償を、己の命で払う羽目になってしまったのだ。セリアスとて失敗の経験はあるものの、これほどに準備不足のパターンは知らない。

「拙僧らも油断していては、こうなろう」

「ああ」

 彼らの眠りを妨げるつもりはなかった。セリアスは立ちあがり、カンテラを掲げる。

 しかしイーニアは冒険者たちの亡骸が気になるようだった。

「せめてお日様の当たるところで、弔ってあげるわけにはいきませんか?」

 そんな彼女をグウェノやハインがやんわりと諭す。

「そうしたいのは山々なんだけどさ、オレも。こいつらを抱えて帰れるほど、オレたちも身軽じゃねえからなあ……」

「引きずっていけんこともないが、今は探索を優先しようではないか、イーニア殿」

 意外に冷静なモンク僧を見上げ、セリアスは声を潜めた。

「大陸寺院の僧侶にしては、割りきってるな」

「時と場合によるとも。仏を背負っていては、まともに戦えん」

 亡骸をそのままにして、セリアスたちはさらに奥へと進む。だが、そろそろ夕刻のはずで、今回は探索を切りあげたくもあった。坑道の中でキャンプは避けたい。

「まだ先は長くなりそうだし、一旦戻ったほうがよくね?」

「拙僧も賛成だ。無理することもあるまい」

 グウェノやハインも潮時と考えているようで、イーニアの表情にも疲労が見えた。

 ところが、セリアスは道中ではたと足を止める。

「……………」

「どうしたよ? セリアス。ザザみたいに黙っちまって」

「帰る前に一仕事、手伝ってくれ」

 きょとんとするグウェノらに構わず、リーダーは方向を変えた。

 見間違いではなかったらしい。壁面の一部で青い鉱石が剥き出しになっている。

「ハイン、こいつを手頃な大きさに割れないか」

「そういうことなら任せておけ」

「すまないが、イーニアも手を貸してくれ。なるべく多く運び出したい」

 寡黙なセリアスが早口にまくしたてることで、グウェノはますます疑問を膨らませた。

「この青いのが、なんだってんだよ?」

「ミスリルだ」

 その一言がメンバーを驚愕させる。

「まっ、まじで?」

「本当なんですか、セリアス?」

 ミスリルとは希少な鉱石であり、軽い割に相当の強度があった。魔法の力とも親和性が高いため、イーニアの杖を作るには最適の素材となる。

「早く言ってくれっての! そんなら、矢はここに置いてくかな」

「次もここを通るんだ。今必要なものだけ持っていけばいい」

 剛勇のタリスマンがあるおかげで、ツルハシなどの工具も必要なかった。ハインに鉱石を砕いてもらい、全員が持てるだけ持つ。ザザがいるのは運がよかった。

「まだありますね」

「次でいいさ。戻るぞ」

 若き冒険者たちの亡骸は黙々とセリアス団の幸運を見守っている。


 城塞都市グランツへと帰還し、グウェノはマルグレーテにミスリル獲得の報告へ。セリアスとイーニアは魔法屋を訪れ、女店主を仰天させた。

「へえ、今度はミスリル鉱かい! こいつの純度を上げろって?」

「料金は武具屋に売った分で払うさ」

「それでいいよ。あんたたちには幸運の女神様でもついてんのかねえー」

 セリアスはふと女神像のことを思い出す。

 風下の廃墟の隠し部屋には、意味深な女神像が鎮座していた。徘徊の森の奥地、白金旅団のテントの近くでも同じものが見つかっている。

「この量だからねえ、週末まで待っておくれよ。ばっちり仕上げてやるからさ。……と、武器を作るってんなら、その分だけ先に拵えてやるけど」

「ああ。任せる」

 魔法屋の女店主はパイプを燻らせながら、イーニアに視線を向けた。プロだけあって、ミスリル鉱の用途には見当がついているらしい。

「イーニアの杖を新調するんだろ? なら、いいものがあるよ」

 セリアスたちへと差し出されたのはマジック・オーブだった。魔力のこもった宝玉で、魔法使い用の杖を作るうえでは欠かせない部品である。

ゴーレムのコアとして使われることもあった。

「セリアス団には世話になってるからねえ。安くしておくよ? どうだい」

「商売上手だな。見せてくれ」

 貴重品を融通してくれるのだから、またとないチャンスだった。セリアスはマジック・オーブを手に取り、まじまじと見詰める。

「属性はどうすんだい? イーニアなら『火』がいいんじゃないかねえ」

 魔法の杖には地水火風、いずれかの属性を付与することができた。

火属性にすれば、イーニアでも炎の魔法をいくらか操ることができる。地、水、風はすでに素質があるため、全属性をカバーできるだろう。

 しかしセリアスはあえて『水』を選んだ。

「これは俺の持論だが、短所を補うより、長所をもっと伸ばすほうが使えるんだ。火属性の魔法なら、スクロールなんかでも代用できるし、な」

「オーケー。そんなら、アクアマリンのオーブで決定だね」

 安いとはいえ、値は張る。あとでオーブだけ変更することもできないため、イーニアは自信がなさそうにマジック・オーブを受け取った。

「本当に『水』でいいのでしょうか……」

「どれを選んでもメリットとデメリットがある。要はお前次第さ」

 あとはミスリル鉱の精錬を待つのみ。

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