第48話 若き日の戦い
次の日の夜、城下町アイルバーンでは犠牲者を弔ったあと、ささやかな宴が催された。命懸けで戦った冒険者たちのため、そして王国の新しい出発のために。
ウォレンは街の男たちと杯を交わしながら、スタルドの行く末を憂えている。
「地方の騎士がわずかに残っただけ、か……厳しいな」
スタルド4世が倒れたことで、領内のゾンビ兵はすべて活動を停止した。城下町を囲っていた茨も消え、ヘルマの街とも行き来が可能になっている。
だが王国騎士団はほぼ壊滅し、治安維持にさえ陰りが見えつつあった。ミレーニア王女を国家元首として統治を徹底するには、相当の時間が掛かるだろう。この事態を知れば、近隣諸国も干渉してくるに違いない。
そんなウォレンらの一方で、ニッツは子どもたちを相手に今回の戦いを面白おかしく語り聞かせていた。
「四騎将の身体から悪魔が出てきたんで、言ってやったのさ。テメエ、ほっぺに朝飯のケチャップがついてるぜ、ってな」
誇張あり、冗談ありの作り話がほとんどだが、子どもたちは夢中で耳を傾けている。
ニッツとしては沈痛な雰囲気の中、大人を相手にしたくないだけのこと。しかし本音はどうであれ、意外に面倒見のよい一面があった。
未成年のセリアスは酒など飲まず、静かに焚き火を見詰める。
そこへミレーニアが近づいてきた。
「隣、よろしいかしら?」
「ええ。どうぞ」
自分は彼女の兄を救えなかったうえ、父を殺している。これを『成り行き』の一言で済ませられるほど、責任感が希薄なつもりはなかった。
ミレーニアの横顔も焚き火の色に染まる。
「……大勢の民を巻き込んで、お父様は何がしたかったんでしょうか……」
「あなたに心当たりがないのなら、きっと、もう誰にも……」
国王の乱心が引き起こした、大陸史上でもほかに類を見ない悲劇。この数日のうちにスタルド王国は機能不全に陥ってしまった。
栄えある王国騎士団に至っては、ゾンビにされ、その死さえ辱められている。
これを一から立てなおすことが、若き王女に課せられた使命だった。
せめて兄のカイン王子が生きていてくれたら――その言葉を飲み込んで、セリアスは焚き火に枯木を放り込む。
「僕らは明日の朝、発ちます」
淡々と伝えると、ミレーニアは瞳を瞬かせた。
「もう行くのですか? でも……」
「冬になったら、港が凍ってしまいますから」
スタルド王国へは港に用があって寄っただけのこと。
それにセリアスのような剣士が残ったところで、国造りの役には立てそうになかった。通りすがりは通りすがりらしく、このまま去るべきだろう。
しかしミレーニアは縋るようにセリアスを見詰め、言葉に女の熱を込めた。
「でしたら、せめて春まで……わたくしの傍にいてくださいませんか」
セリアスはたじろぎ、返答に迷う。
「王女、僕は……」
「今夜は『ミレーニア』とお呼びになって? セリアス」
王国を救った剣士と、救われた姫君。
さしものセリアスも少しだけ『運命』とやらを信じてみたくなった。
翌朝、ウォレンとニッツは城下町アイルバーンを去る。
「とんだ寄り道になったもんだ」
「ほんとになァ……まあ、お互い生き残れてよかったじゃねえか」
港で船に乗るだけのことで、命懸けの戦いとなってしまった。王国がこの有様では報酬を丸ごと受け取るわけにもいかず、せいぜい朝一で旅の物資を補充しただけ。
「ニッツは構わなかったのか? ガウェイン老の宝を持っていかなくて」
「復興にゃあ金が掛かるからなぁ。その代わりと言っちゃなんだが……ほらよ」
得意満面にニッツは二冊の魔道書を見せびらかす。
「あの城にあったんでね。おっと、お姫様の許可はもらったぜ」
「抜け目のないやつだ」
このニッツにしろ、セリアスにしろ、ウォレンにないものを持っていた。行き当たりばったりのパーティーとなったが、相性は抜群によかったらしい。
しかし今セリアスの姿はない。
「……あいつはここで騎士になるのかねェ」
「王女にも気に入られてたようだしな。チャンスを棒に振ることはないさ」
ウォレンもニッツもミレーニアの女心には勘付いていた。いずれは救国の英雄としてセリアスを婿に迎え、スタルドを盛り立てていくだろう。
「やっぱ女は顔、か……」
「おれのほうが男前は上のはずなんだが……なあ」
二十代の男同士でぼやいていると、後ろのほうから声が飛んできた。
「待ってくれ! ウォレン、ニッツ!」
セリアスが合流し、ウォレンたちは目を丸くする。
「はあ、はあ……僕だけ置いていくなんて、水くさいじゃないか」
「お前、王女はどうした?」
若き剣士はばつが悪そうにはにかんだ。
「僕じゃカイン王子の代わりにはなれないし……ツリ目の女はちょっと、ね」
男たちの笑い声が空まで響く。
「ハハハッ! 気の強ぇお嬢様は苦手ときたか!」
「どれ、追手が来ないうちに逃げるとしよう」
船出の朝は眩しかった。
★
ストーリーが一段落した頃には、酒も肴もなくなる。
「そうして……おれとニッツ、セリアスは船に乗り、スタルドを発ったんだ」
ウォレンはシリアスに締め括ろうとするものの、ニッツの茶々が入った。
「その途中で寄った島も傑作だったんだけどなぁ……覚えてるだろ? セリアス」
「もちろん。ウォレンが言い寄られた、あれだな」
「……おれは今の嫁さんで満足してるんだ。思い出させるんじゃない」
グウェノが残りの酒を飲み干す。
「そいつも面白そうだが、今夜のところはお開きとすっかねえ」
「セリアス殿の昔話が聞けて、拙僧も楽しかったぞ。……ロッティ殿、起きてくれ」
「ふえ? ……あっちゃ~、あたしってば!」
ハインに揺すられ、ロッティはようやく目を覚ました。十五歳の少女にはいささか退屈な話になってしまったらしい。
「また上手いこと触りやがって……逮捕されても知らねえぞ? オッサン」
「そ、そういうつもりではっ! 拙僧はただ、なんだ……うぅむ」
「あとにしてくれ。先に解散しよう」
遅くならないうちに会計を済ませて、席を立つ。
「嫁さんに土産のひとつでも持って帰ったほうが、いいんじゃねえの? ウォレン。旦那だけこんな時間まで飲んでたなんて、面白くねえだろうしさ」
「それもそうだな……」
「あれ? 部屋借りてんのって、オレだけかよォ?」
「ロッティ殿は拙僧が送ろう」
「はぁーい。そんじゃあね、セリアス! みんなもばいばーい」
酒が入っているせいもあって、賑やかな解散となった。一足先にハインがロッティを連れ、ハイタウンへの階段をあがっていく。
改めてウォレンはセリアスと固い握手を交わした。
「これからもよろしくな。セリアス団」
「ああ。こちらこそ」
ニッツが皮肉めいた笑みを噛む。
「しばらくはお手並み拝見と行くかねェ。ヘヘッ」
「おっと。ぼやぼやしてっと、オレたちに先を越されちまうかもしれねえぜ?」
よき仲間であり、よきライバルでもある――それがグランツの冒険者。
今夜の七年ぶりの再会もまた、いずれは酒の肴となるだろう。珍しくほろ酔い気分に浸りながら、セリアスは家路につくのだった。
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