第47話 若き日の戦い
ニッツがにやりと唇を曲げた。
「幻影や人形の類じゃねえ。本物のお姫様だぜ」
「よし。なら、もうこいつに用はないな!」
あっという間にウォレンが跳躍し、サマエルの脳天へと斧を振りおろす。
「おっと! そう来ると思ってたさ。お前らは騎士道なんて意に介さないからな」
しかしサマエルには読まれ、難なくかわされてしまった。
邪悪の王を目前にして、セリアスたちとサマエルで火花を散らす。セリアスもカイン王子の形見を抜き、悪魔を睨みつけた。
「僕たちの返事は『NO』だ。お前なんかと取引するつもりはない」
「悪魔との取引で破滅したやつってのを散々、見てきたしなァ」
ウォレンのブーメランが玉座の脇に突き刺さる。
「デーモン族ごときにビビると思うなよ。おまえは使い魔が関の山だろう?」
「ハッハッハ! 吹くじゃないか」
三対一で、こちらにはスターシールドの加護もあった。にもかかわらず、サマエルは酷薄な調子でせせら笑う。
「まったく残念だよ。仕方ない……やれ、ミレーニア」
サマエルの命令にミレーニア王女がびくんと反応した。レイピアを抜き、その切っ先をセリアスたちへと向けてくる。
「なんだってぇ? そりゃねえぜ、お姫様よぉ!」
「やってくれたな。どんな暗示を掛けたんだ」
ニッツもウォレンも迂闊には手を出せず、あとずさった。
サマエルの笑声が木霊する。
「強いショックを与えれば、正気に戻せるとも。死ぬようなショックを与えればね」
「外道め……どこまでもふざけた真似を」
多少の手段は選ばずに実行できるセリアスたちとはいえ、さすがに一国の王女を斬り伏せるわけにはいかなかった。ミレーニアにしても操られているだけで、命をやり取りするほどの覚悟はないはず。
「さあ、ミレーニア! やつらのスターシールドを取りあげろ!」
サマエルは爆炎の魔法を詠唱しつつ、機会を窺っていた。少しでも隙を見せれば、王女もろとも一網打尽にされてしまうだろう。
セリアスたちはスターシールドを掲げながら、じりじりと後退していく。
「どうするよ? ぶん殴ってみるか? セリアス」
「今、盾を放すわけには……」
後ろでばたんと扉が閉まった。もはや逃げることもかなわない。
「ハーハハハッ! なんなら、ひとりだけ生かしてやってもいいぞ?」
「……生憎だが、オレたちは全員で生き残るつもりでな」
突如、サマエルの首筋をブーメランが襲った。
「グハアッ?」
「騙し討ちは得意でねェ!」
先ほどウォレンが投げたものには、ニッツの魔法が掛かっていたらしい。その奇襲によってサマエルの催眠術は途切れ、ミレーニアの動きが止まる。
「今だ!」
すかさずセリアスはミレーニアを抱き寄せ、スターシールドで防壁を張った。
それ以上はサマエルの術を寄せつけず、ミレーニアは正気に返る。
「……わ、わたしくは何を……あなたは?」
「心配いりません。僕らはあなたを助けにきたんです」
形勢は逆転し、今度はサマエルがこちらのスターシールドに怯えた。
「小賢しい真似を……だが、才も資格もない人間ごときに、その盾が応えるとでも?」
「やってみないことには、わからないさ」
セリアスたちとサマエルの間で睨みあいが続く。
息の仕方も忘れそうなくらいの緊迫感の中、凄みのある声が響き渡った。
「もうよい。サマエル、所詮、貴様はその程度の使い魔よ」
「お、お父様っ?」
娘のミレーニアが呼びかけるも、王は冷笑を浮かべるのみ。
「魔王様! よくぞお目覚めに……」
「聞こえなかったのか? 貴様のような小物がしゃしゃり出るでない」
スタルド4世の影が床を走るように伸び、怪腕と化した。その手がサマエルを鷲掴みにして捕らえ、ぎりぎりと苛烈に締めあげる。
「なっ、なぜ私を……魔王様! 私はあなたのために、がはぁ、ずっと……」
「見えすいたことを……われを利用しようと企んでおったくせに。言い訳はあの世で『魔王』に聞いてもらうのだな」
使い魔はぎくりと顔を強張らせた。
「まさかお前はスタルド4世っ? そんなバカな、術式は確かに……ギャアアアッ!」
サマエルの身体は雑巾のごとく握り潰され、紫色の液を噴く。
悪魔ならではの所業にミレーニアは青ざめ、セリアスにしがみついた。
「剣士様、父を……どうか父を止めてください! あれはもう父ではありません。恐ろしいまじないに手を染め、暗黒の力を手に入れたのです」
「ご存知だったのですか? 姫」
ウォレンは果敢に戦斧を構え、前に出る。
「やれやれ。報酬は上乗せしてもらわんと、割に合わんぞ」
一方で、ニッツは戦う前から逃げ腰になっていた。
「こいつにゃ勝てねえだろ……全員で逃げてもいいと思うけどねぇ、オレは」
瞬く間にスタルド4世の姿が膨れあがる。それは『魔王』の名に恥じない異形を誇り、どす黒い瘴気を蔓延させた。
口は耳まで裂け、鋭い牙をぬめ光らせる。
「ミレーニアの血肉を喰らってこそ、われは人間の心と決別し、完全なる王として新生できよう。さあ、娘を返してもらおうか、冒険者ども」
セリアスは王子の剣を握り締め、スタルド4世に啖呵を切った。
「あなたの思い通りにさせるものか!」
セリアスとともにミレーニアがスタルドの秘宝を掲げ、叫ぶ。
「星の盾よ! 邪悪を打ち払う力を今こそ、われわれに貸し与え給え!」
スターシールドが眩い光を放った。セリアスたちは温かいエネルギーに包まれ、ウォレンの斧やニッツの両手が輝く。
「これは光の力……なのか? そんな資格がおれに?」
「勝てる! 前言撤回だ、この力がありゃ、やつにだって勝てるぜ!」
まざまざと奇跡を見せつけられ、スタルド4世は激昂した。
「守るだけの力で、われを倒せるだと? 笑わせるでないわッ!」
暗黒の波動を放ち、謁見の間をひっくり返す。
しかしセリアスたちはスターシールドの加護を受け、闇の力には飲まれなかった。
「守る、だと? おれたちはおまえをブチのめすために来たんだぜっ!」
ウォレンが渾身の力で戦斧を振りおろし、衝撃波を走らせる。それは光のエネルギーを伴って渦を巻き、スタルド4世の右腕を一撃のもとに消し飛ばした。
「グオオッ? バ、バカな……」
「オレの魔法もサービスだ、取っときな!」
ニッツの火炎も光のエネルギーで色を変えつつ、魔人の左腕を焼き尽くす。
「剣士様、とどめを!」
「……ああ!」
一気呵成に攻められるうちにセリアスも駆け出した。魔法剣の要領でミスリルソードに光の力を収束させて、暗黒の瘴気もろとも王を切り裂く。
「てやあぁああっ!」
スタルド4世は真っ赤な目を剥くほどに驚愕した。
「こっ、こんなはずでは……貴様らは一体……オオオオオオオッ!」
胴だけの巨体が真っ二つに裂け、光の中で塵と化していく。
王は滅び、やがて瘴気も霧散した。セリアスたちは力を使い果たし、倒れ込む。
「はあ、はあ……これでガウェイン老の依頼は達成だ。ニッツ、立てるか?」
「そんな余裕があるよーに見えるかぁ? 光の魔法で全身の力を持ってかれちまった」
満身創痍になりながらも、ウォレンとニッツは勝利の色ではにかんだ。
ミレーニアは空っぽの玉座へと歩み寄る。
「お父様、どうして……」
その疑問に答えられる者は、もはやいなくなってしまった。
スタルド4世がなぜこのような暴挙に出たのか、今となっては知る術もない。ただ、彼の野望のためにスタルド王国は甚大な被害を蒙った。
やっと蛇のロイが追いついてくる。
「こいつ、さては隠れてやがったな? ちゃっかりしてやがらぁ」
「そんなやつがひとりくらい、いてもいいさ」
セリアスたちはミレーニア王女を連れ、呪われた城をあとにした。
黒い雲はばらけ、夕焼け色の空が覗ける。
「なあ……ひょっとして、帰りもあの洞窟を通ってくわけ?」
「ほかに道があるとでも? セリアス、お前は王女をエスコートしてやれ」
「……僕が?」
のちに『スタルドの異変』と呼ばれることになる事件は、こうして幕を閉じた。
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