第46話 若き日の戦い

 オルグの大剣とセリアスのミスリルソードが交差した。

「くっ……!」

 単純な腕力においてはオルグのほうが強く、スタミナもある。徐々にセリアスは追い詰められ、攻撃よりも防御のターンが多くなってきた。

「ニッツ、まだ開けられないのかっ?」

「急かすなっての! オレはトレジャーハンターじゃねえんだぞ」

 ウォレンたちの合流には時間が掛かる。

 とうとうセリアスは弾き飛ばされ、洞窟の壁面へと叩きつけられた。

「ぐはぁ? ……し、しまった!」

 そこへオルグが猛然と追撃を掛けてくる。

 死に直面したせいか、身体が竦んで動けなかった。だが、オルグのほうが不意に動きを止め、血濡れの剣を震わせる。

 蛇のロイがオルグの右腕に巻きつき、締めあげたのだ。

「あいつ、この土壇場でやってくれたぜ!」

「今だ、セリアス! 決めろ!」

「ああっ!」

 すかさずセリアスはオルグの背後にまわり、その背中を掻っ捌いた。

 手前にはスターシールドがあったため、奇しくもカイン王子と同じ致命傷に。オルグの巨体は血を噴き出しながら萎縮し、並みの大きさとなった。

 満身創痍のセリアスの前でくずおれ、仰向けに倒れ込む。スターシールドは剥がれ、がらんと足元に転がった。

 ようやくウォレンとニッツが鉄格子をこじ開け、駆け込んでくる。

「怪我はないか? セリアス」

「今のは際どかったなァ。テメエも悪運は強ぇじゃねえの」

「なんとかね。ロイもありがとう、助かったよ」

 セリアスは剣を収め、オルグの容態を覗き込んだ。

「お、おい? 危ないぜ」

「いや……彼は大丈夫だと思う。多分、ずっと正気だったんだ」

 騎士団長オルグは襲い掛かってきたものの、その行動には一貫して知恵や理性が働いている。セリアスたちを分断したのも、彼の意図的な作戦にほかならなかった。

 かろうじてオルグが口を開く。

「若き戦士よ、礼を言う……これで、ハア、カイン様の名誉をお守りできる……」

 ウォレンも屈み込んでオルグに問いかけた。

「あなたも王の取引に応じたようだな。その代償は一体?」

「名誉、だ。我に返った時、私は……敬愛するカイン王子をこの手で殺していた。それも後ろから斬りつけるようなやり方で……団長の私が」

 騎士は戦いにおいても美徳を重んじる。オルグは次代の主君を最悪の形で手に掛け、無惨な有様としてしまった。背中の傷は『敵前逃亡』の証にもなりうる。

 しかしセリアスに『成敗』され、彼もまた背中に辱めを受けた。これによって、カイン王子の戦死には一応の格好がつく。

「城へと行くつもりなら、止めはせん。その盾も持っていけ……」

 オルグは最期の力を振り絞り、セリアスの手を取った。

「剣士よ。どうか姫様を……」

「わかりました」

 セリアスはしかと頷き、彼の手を握り締める。

「あなたが初めて殺した相手で、よかった」

 間もなくオルグは事切れ、血のにおいだけが漂った。最期だけとはいえ王の呪いを克服できたのだから、まだ浮かばれるほうかもしれない。

 ウォレンは黙祷を捧げ、ニッツは炎であたりを隈なく照らす。

「四騎将もこれで、あとひとりか。……こりゃあ、王ってやつのツラを拝まねぇことには帰れねえなァ」

「城は近いはずだ。行くぞ、ふたりとも」

 セリアスもスターシールドを拾い、立ちあがった。

「ここまで来たんだ。王は僕らの手で、必ず」

 いよいよ死闘は最終局面を迎える。


 洞窟を抜けると、雲の分厚い昼間の空が見えた。

 ついに絶壁を登り詰め、スタルド城へと辿り着いたのだ。目の前には荘厳な王城が我が物顔で聳え立っている。

 防衛に当たっていたらしい騎士団の面々は躯と化していた。

殺されてしまったのか、それともゾンビ化に身体が耐えきれなかったのか。

「この戦いで何人、死んだんだろうな」

「オレたちが生きてんのが不思議なくらいだぜ……なあ」

 いつの間にか『死者の世界』へと足を踏み入れたのかもしれない。

 城門はかんぬきが壊されていた。

「もしかすると、彼らはここで戦ってたんじゃ?」

「そうみたいだな」

 エントランスホールも荒れ果て、壊れた武具やスクロールなどが散乱している。

 その威風堂々とした造りからして、真正面のルートこそ謁見の間に通じているようだった。セリアスたちは覚悟を決め、スタルド城の中を突き進む。

 行く先で、一際豪勢な扉がひとりでに開いた。

 そこから見覚えのある老人が現れ、ニッツは舌打ちする。

「……ケッ。また出やがったな、ジジイ」

「フォフォフォ! 騎士団長は敗れたようじゃのぉ。さあ、入ってくるがよい」

 老人は含み笑いを浮かべつつ、セリアスたちを謁見の間へと招き入れた。

 壇の向こうの玉座では、厳かな風貌の男が瞑想に耽っている。

「やつがスタルド4世か!」

 セリアスたちは臨戦態勢で構え、老人の動向にも目を光らせた。ここまで来た以上、ウォレンやニッツにも油断はない。

「いい加減、白状しやがれ。テメエが糸を引いてんじゃねえのかよ?」

「いかにも。わしは……私は四騎将のサマエル。お前たちの言う『悪魔』さ」

 ローブを投げ捨て、老人は手品のように姿を変えた。額に角を生やし、背中でも一対の羽根をはためかせる。まさしく正真正銘の悪魔が、そこにいた。

 ウォレンも息を飲む。

「最後の四騎将が悪魔とは、な……」

「フフフ! 言っておくが、私は少し力を貸しただけのこと。スタルド4世は自ら異界の門をこじ開け、我らが魔王と邂逅を果たしたのだ」

 サマエルは躊躇いもせず、これまでの秘密を明かした。

 肉体を失った魔王のため、スタルド4世を『器』として拵えたこと。スタルド4世は今、新たな魔王として目覚めつつあること。

「お前たちは魔王の力の一部を掠め取った四騎将を片付け、スターシールドを取り返してくれた。おかげで、スタルド4世は真の魔王としてこの世界に君臨できよう」

 そこまで話し、サマエルはセリアスたちに取引を持ち掛けてきた。

「……どうだ? 私と組まないか。そう悪い話でもあるまい。手始めにその盾を海にでも捨ててきてくれれば、最高の日々を約束しよう」

 じきにスタルド王国は幕を閉じ、魔の時代が始まる。

 ここで望みさえすれば、セリアスたちはありとあらゆる贅を貪ることができた。これ以上はない『儲け話』にニッツは歯を光らせる。

「オレたちを新しい四騎将にしようってか? ヘヘッ」

「そういうことだ。そっちはセリアス、だったな。お前にはミレーニアをくれてやる」

 怒りを堪えながらも、あえてセリアスはサマエルに調子を合わせた。

「だったら、先に王女に会わせて欲しいね」

 依然としてミレーニア王女は敵の手中にあるのだ。ここで先走っては、王女の身にも危険が及びかねない。

「いいだろう。見るがいい」

 サマエルの合図に従い、可憐な少女が袖のほうから歩み出てきた。

 傷つけられたような形跡はない。しかし表情は虚ろで、目の焦点も合っていなかった。腰には一振りのレイピアをさげている。

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