第45話 若き日の戦い

 急な上り坂にはスカーレット隊が掛けたらしい縄梯子が残されていた。

「あれだけのメイドを連れて、よく突破できたもんだ」

「必死だったんだろ。城にいちゃあ何されるか、わかったもんじゃねえし」

 彼女らの痕跡を辿れば、道を間違えずに済む。

 上のフロアは通路が大きな円となっており、その内外に小道が枝分かれしていた。

「セリアス、方角のスクロールは持ってたな?」

「それが……さっきから試してるんだけど、だめなんだ」

「磁石も効果なしってことは、おかしな磁場に入っちまったか」

 さ迷い歩くうち、どちらが北かわからなくなってしまう。このあたりは手が加えられているのか、天然の洞窟にしては侵入者を惑わせる造りで、骨が折れた。

 灯かりはなるべく小さくして、警戒に神経を研ぎ澄ませる。

 突如、洞窟の中に獰猛な唸り声が響き渡った。

「ま、まさかっ?」

「前から来るぞ! 構えろ!」

 先に敵のほうがこちらを見つけたらしい。

 灯かりがぎりぎり届く距離で浮かびあがったのは、二メートルを優に超える巨体の戦士だった。全身の筋肉が膨張し、篭手や具足の留め具は外れかかっている。

 左の上腕には団長の腕章が見えた。四騎将にして現騎士団長のオルグが、鉈のような大剣を携え、じりじりと歩み寄ってくる。

「あいつがジイさんご自慢の弟子ってやつか!」

「ここじゃ狭すぎる。一旦さがって、様子を見ないか」

 地の利を活かすべく、セリアスたちはゆっくりと後退した。それと同じだけオルグのほうも前進し、間合いを保つ。

「……突っ込んでこねェぞ? どういうつもりだ?」

「まだ理性があるのかもしれん。が……言葉は通じそうにないな」

 オルグの剣は黒ずんだ血にまみれていた。カイン王子の背中を捌いたものに違いない。両目を赤々と光らせながら、口に入りきらない牙を剥く。

 その胸を覆っているのはブレストプレートではなかった。壮麗な盾が胸板へとじかに埋め込まれている。

「スターシールドはあそこだ!」

「王子を殺して、奪ったわけか。化け物のくせに知恵は働くようだな」

 あの位置は『心臓』にほかならない。

 さがっては詰められての睨みあいに、ニッツが痺れを切らせた。

「こうなりゃ先制だ! あの図体じゃかわせねぇだろ!」

 オルグに目掛けて得意の火炎魔法を放つ。

 炎が吹き荒れ、洞窟はみるみるオレンジ色に染まった。道が狭いせいで敵に逃げ場はなく、真正面から火炎が直撃する。

 そのはずが、炎のほうがオルグを避けた。燃やすものもなく宙に消える。

 ウォレンが眉を顰めた。

「スターシールドが障壁を張ってやがるんだ。こいつはまずいぞ」

「ん、んなのアリかよっ? 大事なお宝をよりによって……」

 オルグは低い声で唸りつつ、じりじりと迫ってくる。

 このフロアは構造が円になっているため、逃げる分には問題なかった。ぐるりと一周すれば、オルグをやり過ごして進めるかもしれない。だが、それでは別の敵と遭遇した時、挟み撃ちにされてしまう。

 何よりスターシールドを奪還する必要があった。悪魔との契約下にあるスタルド4世と戦うのなら、神秘の盾は欠かせないだろう。

「なんとか近づいて、剥がすしかないな。ニッツ、セリアス、フォローを頼む」

「おいおい、やつのデカい剣が見えねえのかよ? 刺身にされちまうぞ」

 ウォレンは意気込むも、ニッツは及び腰になる。

(……待てよ?)

 ふとセリアスの脳裏にカイン王子の亡骸がよぎった。

 王子はスターシールドを装備していたはず。背中を斬られたということは、敵は聖なる盾を正面から破れなかった可能性が高い。

「待ってくれ、ウォレン。僕らであいつを挟み撃ちにして、背中を狙おう。真っ向勝負よりは分があると思う」

 セリアスの作戦にウォレンとニッツも乗った。

「そいつに賭けよう。セリアス、お前はこの道を一周して、やつの反対側にまわれ」

「背後を取ったほうが攻めるってわけだな。やってやろうじゃねぇか」

 幸い敵の動きは鈍く、走り寄ってくる気配もない。肥大化しすぎた筋肉のせいで、四肢の機能が損なわれているらしい。

「ウォレンとニッツはあいつを引きつけててくれ!」

 身軽なセリアスはウォレンらと別行動を取り、洞窟を反時計回りに駆け抜ける。

 そしてオルグを挟んで再び合流した時、状況は一変していた。ウォレンたちの前には鉄格子が降りている。

「逃げろ、セリアスッ! 嵌められたのはおれたちのほうだ!」

「な、なんだって……?」

 さらにオルグは壁のレバーを引き、セリアスの後ろにも格子を降ろした。セリアスはオルグとともに閉じ込められる形に。

 ニッツが忌々しそうに鉄格子を蹴りつける。

「チイッ! ご丁寧にアンチマジックが掛かってやがる!」

 これでは彼の魔法もオルグの背中には届かない。

 図らずもセリアスは四騎将オルグとの一騎討ちを強いられてしまった。オルグは大剣を正眼で構え、唸るように名乗りをあげる。

「ワレ……ワレコソハ騎士団長ノおるぐ。イザ尋常ニ、勝負……!」

 彼の物言いにセリアスは違和感を覚えた。セリアスを罠に嵌めておきながら、四騎将のオルグは正々堂々と『決闘』の様式を重んじる。

「あなたは、まさか……」

「よせ、セリアス! 体格に差がありすぎる!」

 ウォレンに制止されるも、セリアスはミスリルソードで決闘に応じた。

「勝ち目がないわけじゃない。行くぞ!」

 戦いの火蓋は切って落とされた。

 オルグは大剣を振りかざし、力任せに叩きつけてくる。その一撃ごとに地鳴りのような音が響き、洞窟は揺れた。しかし動きはセリアスのほうが速い。

「てやあっ!」

 セリアスの剣がオルグの左足を掠める。

 そんなセリアスの善戦ぶりにニッツは声を高くした。

「いいぞ、やっちまえ!」

「左手のほうを狙え! 近づきすぎるなよ!」

 鉄格子の向こうでウォレンも応援に熱を込める。

 おぞましい容貌にさえ惑わされなければ、オルグに仕掛けるのはそう難しいことではなかった。剣のある右手のほうは避け、常に左手の側へまわり込む。

 しかし同じ戦法は二度目で対応されてしまった。オルグは左へ、左へとまわり、セリアスを必ず正面で迎え撃つ。

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