第44話 若き日の戦い
翌朝、セリアスたちは絶壁の麓で問題の洞窟を覗き込む。
「これを通っていけってか? ひえぇ」
舗装などは一切施されていなかった。天然の洞穴そのもので、まともに上まで繋がっているかも怪しい。現に昨日の侍女らは『道なき道』を越えてきたはずで、給仕服が汚れたり、擦り切れたりしていた。
午前十時まで待ってみたものの、カイン王子が出てくる気配はない。
「そろそろ行くか。セリアス、ニッツ、忘れ物はないな?」
「ああ。今日ですべてを終わらせよう」
「くれぐれも無理はするでないぞ。おぬしらには『逃げる権利』もあるのだ」
ガウェインたちに見送られ、セリアスたちは洞窟へと足を踏み入れる。
欠伸を噛みながらニッツがぼやいた。
「逃げる権利、ねえ……言ってくれるぜ、あのジイさん。今さらどこに逃げろって?」
「無関係のオレたちを巻き込んで、悪いと思ってるのさ」
灯かりはセリアスが担当し、スクロールで手頃な光球を呼び出す。
前方を照らすと、でこぼこの壁や天井が露になった。スカーレット隊にもらった地図を頼りに、セリアスたちはウォレンを先頭にして進む。
後ろから意外な仲間が追ってきた。
「ん? ロイじゃないか」
綺麗な緑色の蛇は、ガウェインの孫が変わり果てたもの。人間だった頃の感情や記憶がいくらか残っているのか、セリアスたちについてくる気らしい。
「好きにさせてやろうぜ。手は掛からねぇだろーし」
「だとさ。よかったな、お前」
不思議と以前の彼よりも親近感が沸いた。
蛇なら夜目が利くため、暗闇の中でも平気でいられるはず。この洞窟を突破するまで『保険』として連れ歩くのも、悪くない。
改めてセリアスたちは前を向き、冷えきった空気をかき分けた。
「思った以上に入り組んでるな……足元に気をつけろよ、おまえたち」
「いい加減な地図描きやがって。縮尺も方角も滅茶苦茶だぜェ、こりゃあ」
スカーレット隊にしても一度通り抜けただけの、秘密の通路。ゾンビ兵の待ち伏せはないようだが、魔物化したネズミやコウモリは巣食っていた。
ニッツが魔法で火をかざし、コウモリを追い払う。
「この手の手合いは動物とそう変わらねえな」
「毒くらいは持ってるだろう。噛まれるんじゃないぞ」
その後も無駄な消耗を避けながら、一行は少しずつ上へと登っていった。
「外の階段は地震でだめになったってのに……いきなり崩れたりしねえだろうな?」
「言わないでくれよ、ニッツ。僕まで不安になってくるじゃないか」
何気ない会話の中、ウォレンが溜息をつく。
「地震があったのは、先月だそうだが……城下町も塔もさして影響はなかったようだな。おかしいとは思わないか」
セリアスの脳裏でも閃きが走った。
「あの階段『だけ』が崩れた……ということだね、ウォレン」
「なぁるほど。そいつは『くせぇ』じゃねえの」
階段が使えなければ、城までは塔を経由するほかない。それによって城の出入りを制限しつつ、スタルド4世は着々と準備を進めていたようだった。
「よくわからないな、この事件は……ゾンビ化してるのも騎士ばかりだし」
「ほかは戦力にならねぇからだろ。厨房のシェフをゾンビにしたところで、なあ」
洞窟の中にいては時刻もわからず、距離の把握も難しくなってくる。地図の上では中間地点に近いようだが、実感はなかった。
ウォレンが行く先で何かを見つけ、足を止める。
「あれはまさか……」
セリアスとニッツも同じものをまざまざと見せつけられ、ひとつの望みが潰えたことを悟った。助けるつもりだったカイン王子の亡骸が横たわっていたのだ。
彼はうつ伏せに倒れ、その背中を真っ赤な血で染めている。身体は硬くなってしまっていたが、まだ腐敗は進んでいなかった。死後一日といったところだろうか。
惨たらしいさまから目を逸らさず、ニッツが検分を始める。
「魚の開きみたいにされちまいやがって、可哀想によ……こいつは即死だぜ」
傍には王子のものらしい剣が落ちていた。
「ミスリルソードか。使えそうか? セリアス」
「どうかな……ここでいきなり持ち替えるのは、ちょっとね」
そう言いつつ、セリアスは王子の形見を手に取ってみる。
ミスリル製の武器は初めてで、その軽さには驚いた。ミスリル鉱は魔法との順応性が高いため、魔法剣も最大限に効果を発揮するだろう。
「城下の武具は騎士団が根こそぎ持っていきやがったからなあ……もらっちまえよ、セリアス。この王子様も納得してくれるさ」
「……ああ。この戦いが終わるまで、借りるとするよ」
セリアスは眠れるカイン王子に黙祷を捧げ、ミスリルソードを受け取った。
しかし肝心のスターシールドは見当たらない。
ウォレンが周囲を警戒し、耳を澄ませる。
「それにしても妙だな。このあたりにはモンスターがいないようだが」
背中の傷からしても、カイン王子は洞窟のモンスターに殺されたのではなかった。大きな刃物で、意図的に急所を『狙って』切り裂かれたらしい。その下手人がスターシールドを持ち去ったのだろう。
ニッツが不敵な笑みで予告する。
「ヤバいやつが出てきたのさ。天敵が近づいてきたら、動物ってのはすぐに隠れたりするだろ? オレたち人間より生存本脳ってやつが敏感だからなァ」
とはいえ蛇のロイはきょとんとするだけで、期待できそうになかった。
「ちゃんとついてきてたのか、こいつ……」
「そんなに怖がるなよ、ウォレン。ロイは噛んだりしないさ」
ウォレンを茶化しつつ、セリアスは背後に異様な気配を感じる。
「……また『あなた』か」
ウォレンとニッツもはっとして、その人物を包囲した。試練の塔でエスメロードの弱点を教えてくれた、あの老人がいつの間にやら佇んでいたのだ。
「神出鬼没とはこのことだな。塔では世話になったが」
「随分なご挨拶じゃのう、フォフォフォ」
謎の老人は厚い眉の下で目を細め、セリアスを見詰める。
「おぬしは王子と同世代のようじゃの。次の四騎将は手強いぞ、心してかかれ」
やはり四騎将はこの洞窟のどこかで待ち構えているようだった。
ニッツが老人ににじり寄って、探りを入れる。
「テメエは何者だァ? 王子が死んでんのに、えらく淡白じゃねえか」
この老人が味方とは思えなかった。確かに塔ではセリアスたちに有益な助言をもたらしたが、単にエスメロード打倒という利害が一致しただけかもしれない。王子の遺体には関心を示さず、セリアスらを戦わせたがる。
「わしは城に行きたいだけじゃよ。老いぼれひとりが後ろにいようと、構うまい?」
「ヘッ、信用するわけにゃいかないね。テメエは普通のジジイじゃねえだろ」
しかしニッツに詮索されようとも、彼は気さくな笑みを絶やさなかった。
「そうでなくては、この先の戦いで生き残れまいて。わしも応援しておるから、頑張ってくれい。フォッフォッフォ……」
老人は杖をつきながら、小さなカンテラとともに闇に消える。
どこからか『見られている』ような感覚は残った。
「次出てきたら、殺っちまうかァ? ウォレン」
「そう早まるな。こんなところをほっつき歩いてるんだ。こちらに殺気があれば、のこのこ出てくるような失敗はしないだろう」
ひとまずカイン王子の亡骸に防腐処理だけして、セリアスたちは先へ進む。
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