第43話 若き日の戦い

 あの時、四騎将のエスメロードは誇らしげに宣言した。

『これより我が王は異界の魔王すら従え、完全無欠の支配者としてお目覚めになるの。私の役目はその儀式が終わるまで、誰ひとりとして城へは近づけないこと』

 おそらくスタルド4世は城に立てこもり、さらなる災厄の準備を進めている。四騎将はその防衛を命じられ、塔にバロン隊とエスメロード隊を配置した。

「王殺しか……」

 ウォレンが不安を漏らす。

 事情はどうあれ国家元首を殺害しようものなら、大罪とみなされるのは当然のこと。事件が解決したあと、用済みとばかりに罪に問われる可能性はあった。

 それを承知のうえで、ニッツはニヒルな笑みを噛む。

「ここで手をこまねいてたって、巻き添えを食うだけだぜ。殺られる前に殺るってのは懸命な判断だと、オレみてぇな悪党は思うけどねェ」

 おかげでセリアスの腹も決まった。

「僕もニッツに賛成だ。スタルドの民にできないのなら、僕たちの手で……」

「決まりだな。ガウェイン老、王殺しの依頼、引き受けよう」

 冒険者たちの覚悟を目の当たりにして、ガウェインらは頭を垂れた。

「すまぬ。おぬしらにばかり命を懸けさせてしまって」

「私たちからも頼む。陛下を止めてくれ」

 見ず知らずの冒険者に頼るしかない無念のほどが、場の空気をより重くする。

 そのうえガウェインにはロイの件も話さなくてはならなかった。

「ガウェインさん、あの、もうひとついいですか?」

「ロイのことだろう? わかっておるとも。おぬしらだけで帰ってきたのだからな」

 すでに老騎士も察していたらしい。

 まだロイは一応生きているのだが、『呪いで蛇にされた』と話しては、エスメロードの悪行まで曝露する流れになりそうだった。ニッツは肩を竦め、匙を投げる。

「ああなっちまったもんは、どうしようもねえさ」

「……そうだね」

 ウォレンは腕組みを解き、今後の作戦を立て始めた。

「ひとまず今夜は休んで、明日に備えるとしよう。もしかしたら、カイン王子も城下町まで逃げ延びてくるかもしれん」

「行き違いになっても面倒だしなァ」

 満身創痍で急いだところで、無駄な犠牲を出しかねない。それに、今日のうちにまだ状況が動く可能性もある。カイン王子と合流できれば、展望も開けるはずだった。

「明日は王家の隠し通路を通って、城を目指すわけだね」

「ああ。追手を差し向けたくらいだ、スタルド4世も部下を置いてるとは思うが……」

 明日になったら、城の真下にある洞窟へ。

「そんじゃあ、さっさと食べるとすっか。もう冷めちまってるけど」

「この状況なんだ。贅沢は言えないさ」

「しっかり食っておけよ。ニッツ、セリアス」

 これが最後の晩餐とならないことを祈り、ささやかに乾杯する。


 その夜もまたセリアスはなかなか寝付けずにいた。照明はとっくに消したものの、ウォレンやニッツも思うところがあるようで、静かな雨の音に耳を傾けている。

「港で船に乗るだけのつもりが、とんでもねえ大役を任されちまったなァ……」

「まったくだ。本当なら今頃、海の上のはずだったんだが」

 スタルド王国の騎士や衛兵はゾンビにされてしまったため、通りすがりのセリアスたちしか、まともに戦える者がいなかった。

 城下にも男はいるが、彼らは家族を守ってやらなくてはならない。

 それだけにセリアスたちに課せられた責任は大きかった。

「僕らで勝てるのかな」

 失敗すれば、国外への脱出はおろか、もっと大勢の人間を巻き込むことになる。

「ヘルマの街の連中も気が気じゃないだろうな」

「そういや、オレたちゃ『行ったきり』になってんだっけ」

 スタルド王国の命運は今まさにセリアスたちに委ねられていた。

「王国がこんな有様じゃあ、謝礼も期待できねえぞ?」

「しかし事態を解決しないことには、アイルバーンから出ることもできん」

「腹を括って、やるしかないね」

 明日も熾烈な戦いとなるに違いない。四騎将もまだ半分が残っている。

 要人の消息も気がかりだった。

「カイン王子と、ミレーニア王女か……」

「お姫様は十五だってなァ。セリアス、しっかり恩を売っとけよぉ」

「そんな余裕はないさ。ウォレンはどうだか知らないけど」

 冗談も交えて話し込むうち、眠気が強くなってくる。

 スタルドの城下で過ごす、二度目の夜。雨は一晩じゅう降り続き、ひとびとの不安と恐怖を満遍なく煽るのだった。

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