第42話 若き日の戦い
城下町アイルバーンは大騒ぎになっていた。試練の塔が突如崩壊したため、ではないらしい。雨の中、あちこちで驚きと喜びの声が飛び交う。
「無事だったのかい、メアリー!」
「またお母さんに会えるなんて……助かったんだわ、私たち」
元騎士団長のガウェインは城下の男らとともに誘導に当たっていた。うら若い女たちの給仕服を見て、ニッツは首を傾げる。
「ありゃあ、ひょっとして城の侍女じゃねえ?」
「どうしてメイドがこんなに……ガウェインさんに聞いてみよう」
ガウェインはセリアスたちの帰還に気付くと、いそいそと杖を伝ってきた。
「冒険者殿! ものすごい衝撃だったぞ。大丈夫か?」
「まあ、なんとかな」
セリアスは火傷を負い、ニッツはマントがずたずた。ウォレンも流血の跡を残し、消耗している。それでも塔の崩壊に巻き込まれずに済んだのは、運がよかった。
「あの塔では色々あったんだが……ガウェイン老、この騒ぎは一体?」
「わしも驚いたよ。城から女中たちが逃げてきおってな」
騎士然とした風貌の女性が近づいてくる。
「ガウェイン様、そちらが例の?」
「うむ。とりあえずどこかで落ち着くとしようか。おぬしら、腹も減っただろう」
ニッツはお腹を押さえ、参ったように苦笑した。
「今なら何だって入りそうだぜ。なあ? セリアス」
「ニッツに嫌いなものなんてあるのか?」
かくいうセリアスも食事の提案にほっとする。塔での激闘を終え、生きて帰ってきたことに、だんだん実感が沸いてきた。
セリアスたちは近くのレストランでガウェインのほか、三名の女騎士らと一緒に料理を囲む。彼女たちは手足に包帯を巻き、表情も沈むほどに弱っていた。
「ガウェイン老、こちらもスタルドの騎士団なんだろう?」
ウォレンが尋ねると、中央の女性が起立で答える。
「われわれは四騎将エスメロード直属のスカーレット隊。……いや、それも一昨日までの話なのだが……」
スカーレット隊は女性だけで編成され、その見目麗しさには国王スタルド4世も一目置いていたという。だが先日、エスメロードによって唐突に解散を言い渡された。
「あのお優しいエスメロード様が、急に豹変されてしまって……」
スカーレット隊にとってエスメロードはよくできた指揮官だったらしい。セリアスたちは目配せで頷きあい、エスメロードの凶行については口を噤むことにした。
「まあ、おかげでゾンビ化は免れたってことだろ」
「それで……どこから逃げてきたんですか?」
女騎士らは何も食べようとせず、少しずつ経緯を明かす。
誰よりも早く危機を察したのは、カイン王子とのこと。彼はスカーレット隊とともに侍女らを連れ、王家にだけ伝わる秘密の通路を抜けてきた。
あの絶壁の中には『洞窟』が通じているのだ。
しかし追手に追われ、カイン王子はしんがりとして留まった。
「早く王子を助けに戻らねば……くうっ」
「無理をするな。その身体では満足に戦えやしないさ」
スカーレット隊もまた侍女らを庇い、負傷したのだろう。塔で散々な目に遭ったセリアスたちよりも傷付き、疲弊している。
「いくらスタルドの至宝をお持ちとはいえ、おひとりでは……」
「……至宝?」
「そりゃまたご大層なモンがあるじゃねえの」
意味深な言葉にセリアスとニッツは疑問符を重ねた。
ガウェインが険しい表情で顎鬚を撫でる。
「スタルド王家に伝わる、聖なる星の盾。スターシールドだ」
それこそが、スタルド王国が盾を象徴とする所以だった。国名もスターシールドから取ったようで、スカーレット隊のブレストプレートにも盾の紋様が刻まれている。
「そんなにすげえ盾なのかよ?」
「使うべき者が使えば、な。王子はスターシールドがお父上に対しての切り札となる、と判断されたのかもしれん」
父の暴虐を食い止めるため、自ら行動に出た王子。そんな王子の勇敢さにスカーレット隊は感服し、付き従ったのだろう。
「僕たちが地下道で見つけた分を合わせれば、城の使用人は全員かな」
「若い女だけ取り残されていたわけか……」
予想はついたが、あえてニッツは歯に衣着せずに言ってのけた。
「大方、生贄にでもして『悪魔』とやらの機嫌を取るつもりだったんじゃねえの?」
「ニッツ! もう少し言い方ってのが」
フォローしきれず、セリアスは顔を引き攣らせる。
その一方で、スカーレット隊の面々は努めて冷静さを保っていた。
「そう気を遣わないでくれ。陛下が急に侍女の増員をご命令された時から、何かがおかしいと思っていたんだ」
やはりスタルド4世には悪魔が憑いている。
ただ、スカーレット隊はもうひとつ深刻な懸念を抱えていた。城の女性を助け出したにしては、重要な人物が足りない。
「ガウェイン様、報告が遅れましたが……姫様の行方がわからないのです」
「道理でミレーニア様をお見かけせんわけか。なんということだ……」
スタルド王国の王女ミレーニア。父親が娘を手にかけるとは思えないが、到底楽観視などできなかった。最悪、生贄として捧げられる可能性すらある。
ニッツがぼそぼそと声を潜めた。
「状況は悪くなる一方だぜェ? こいつは……」
「おれたちの話を合わせたら、もっとな」
ウォレンの予感は間もなく的中する。
スカーレット隊の報告が一段落したところで、ガウェインはこちらに視線を向けた。
「さて……次はおぬしらの番だ。あの塔で一体、何があった?」
セリアスは躊躇いながらもバロンの手帳を差し出す。
「僕たちは塔で……四騎将のバロン、エスメロードと交戦しました」
「エスメロード様とっ?」
俄かにスカーレット隊の顔色が変わった。
彼女らの手前、正直に話すのは気が引ける。それを察してか、ニッツは詳細に触れることなく話を進めてくれた。
「そいつを読めば、大体のことはわかるぜ」
ガウェインたちは順々にバロンの手記に目を通し、固唾を飲む。
「このサインは紛れもなくバロンのもの! で、では……陛下は本当に悪魔と」
「バロン様がこうなってしまわれたのでは、エスメロード様も……」
乱心したとはいえ、まだ心のどこかで王を信じていたのだろう。それだけにショックは大きいようで、スカーレット隊は涙さえ滲ませた。
「われらのスタルドは、もう……」
「な、泣いてる場合か! カイン様は今も……」
しかしウォレンははぐらかさず、これからの『敵』を見据える。
「残りの四騎将もいずれ立ちはだかってくるだろう。ガウェイン老、あなたの一番弟子とやらも、おそらく」
「……うむ」
ガウェインは長い深呼吸のあと、呟いた。
「苦しんでおるようなら、おぬしらの手で楽にしてやってくれ」
決して望んだわけではない言葉からは、悔しさがひしひしと伝わってくる。
「いや、オルグのことだけではない。おぬしらには昨日『陛下を連れてきてくれ』と頼んだが……改めて頼もう。われらの王を、スタルド4世を倒してはくれぬか」
スカーレット隊の面々は『まさか』と驚愕した。
「ガウェイン様っ? 陛下を殺して欲しいなどと、し、正気ですか?」
「正気でなければ、このようなことは言えぬ」
セリアスたちは押し黙り、アイコンタクトを相談に代える。
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