第37話 若き日の戦い

 その夜、セリアスは真中のベッドで飛び起きる。

「ハッ? ……ゆ、夢か……」

 まだ心臓がばくばくと鳴っていた。ゾンビとはいえ『人間』を斬った、あの感触が生々しいほどに蘇ってくる。

「えらくうなされてたぜェ、セリアス」

 暗闇の中、右のベッドではニッツがまだ起きていた。

左のほうでも仲間が身体を起こす。

「地下道のあれ、だろう? ゾンビを殺ったのは初めてか」

「……ああ。動く骸骨も、話に聞いてただけで……」

 冒険者なら誰しも通る道なのかもしれない。

 ウォレンは身体を横にして、少しずつ昔のことを語り始めた。

「おれは殺したことがあるぞ、ゾンビじゃなく人間をな。ある商人の旅の護衛で……運悪く強盗に出くわしちまったんだ」

 ニッツが相槌を打つ。

「よくある話じゃねえか」

「まあな。三人組だった……近づいてくる前に、まずは弓でひとり。それから剣でもうひとり。すると、最後のひとりは武器を捨てて、命乞いを始めた。だが……」

 ウォレンは強盗を見逃さなかったのだろう。残酷なようだが、ほかの仲間とともに報復に戻ってくる可能性を考えれば、合理的な判断といえる。

「あの時のおれはひとを殺して、興奮してたのさ。多分な」

「……そうか」

 改めてセリアスはウォレンの強靭さを知った。単に腕っ節が強いだけではない。数々の経験や葛藤が彼をより逞しく、より屈強に育てあげている。

 それでもニッツは皮肉めいた笑いをやめなかった。

「ケケケ! そんならオレもひとつ、オマエに昔話を歌ってやるよ、セリアス。……オレにもあるのさ、人間を殺しちまったことがな」

 彼の口から衝撃の事実が明かされる。

「実をいうと、オレは逃げてる最中なんだ」

「……嘘だろ?」

「おっと、オレは冗談は言っても、嘘は言わねえぜ? まあ聞けって」

 長い深呼吸のあと、その物語は始まった。

「ダチとコンビ組んで、どこぞのご貴族様が忘れたっていう財宝を探してたんだよ。オレたちはご貴族様の依頼で、あちこちで情報を集め……マジで隠し場所を見つけちまった。そいつぁすげえ宝の山さ!」

 セリアスの脳裏でイメージが膨らむ。財宝を見つけてめでたしめでたし、とは行かなかったのだろう。豪勢な宝の山を目の前にして、ふたりの間で何かが起こった。

「そしたら、そいつが目の色を変えやがって……まあ、オレも裏切られる予感はあったから、返り討ちにしてやったんだが。おかげで宝は血まみれよ。誰かがそんな現場を見たら、オレが欲に目が眩んで殺った、ってふうに思うだろ?」

 さっきの仕返しとばかりに、今度はウォレンが笑いを含んだ。

「だから逃げたのか? ニッツ」

「おうよ。厄介ごとは御免だからなァ」

 ニッツも自嘲を込めて笑う。

「その結果がこれだぜ。船にも乗れず、もっとヤバいことに巻き込まれちまった。……まぁなんだ、こういうのに比べりゃ、今日のは人殺しのうちに入んねえさ」

「そうだ。気に病むことはないぞ、セリアス」

 人殺しの経験談とはいえ、人生の先輩たちに諭され、少しは楽になれた。

「ありがとう、ウォレン、ニッツ。明日もよろしく」

「それじゃあ今度こそ寝るとするか。おやすみ」

「目が覚めりゃ、全部夢だったーなんてことにはならねェかなぁ」

 スタルド王国の夜も更ける。


 翌朝、曇り空のもと、セリアスたちは北の絶壁を仰ぎ見た。

 この頂上にこそスタルド城があるという。しかし階段は先月の地震で崩れており、簡単には登れそうになかった。

「どうやって登れってんだよ? ジイさん」

「あれだ」

 ガウェインの指差すほうには、絶壁にも迫る高さの丸い塔が建っている。その最上階からは一本の橋が伸びていた。

「なんとも風変わりな景観だな……」

「騎士の試験などで使われておってな。わしらは『試練の塔』と呼んでおる」

 スタルド城へ辿り着くためには、この塔を昇らなくてはならなかった。ただし地下道と同じで『化け物』が出るとのことで、素人には突破できない。

 試練の塔の麓には大勢の民が集まっている。実力派の冒険者が城へ挑むと聞きつけ、応援に来たのだろう。その表情は期待と不安、両方の色を帯びていた。

「お願いです! 城には私の娘が……侍女をしておるのです」

「息子を助けてください! いつもはこの塔で働いてて」

 まだ城には騎士のほか、大勢の使用人も残っているらしい。

 セリアスたちは装備を点検しつつ、ガウェインの助言に耳を傾ける。

「四騎将を捜すがよい」

「……四騎将?」

「国王陛下の側近にして、スタルド王国の守りの要だ。わしの一番弟子で現騎士団長のオルグも、どこかで機会を窺っていよう。……無事であればな」

 セリアスは浮かない顔で押し黙るほかなかった。

(期待はできそうにない、か)

 それほどの実力者が健在であれば、すでに王国騎士団が総出で城下の守りを固めているはず。だが騎士団は塔や城へと雲隠れし、一向に出てくる気配がないのだ。

 四騎将もまた呪いに巻き込まれている可能性が高い。

「準備はいいか? セリアス」

「ああ、いつでも……」

 そこへセリアスとそう歳の変わらない、騎士の青年がずかずかと近づいてきた。後ろの部下たちも運よくゾンビ化を免れたらしい。

 ガウェインに向かって、彼は声高に主張する。

「お爺様! このような通りすがりの連中をあてにするなど、あってはなりません!」

「……ロイか。お前には南門の警備を指示してあったはずだが」

 元騎士団長の孫というだけあって、プライドの高そうな面構えだった。祖父の言葉には聞く耳を持たず、我こそはとまくし立てる。

「城へは私が行きましょう。必ずや陛下に真意を問いただしてみせます。それにミレーニア姫をお救いしなくてはなりません」

「待て、ロイ!」

「今日こそ証明してみせますよ。私は実力のうえでもあなたの後継者なのだと」

 ついには祖父の制止も振りきり、部下とともに塔へと入っていった。

 ガウェインは無念そうに肩を落とす。

「肩書きばかり気にしおって……血筋だけで団長になれるわけではないというのに」

「ありゃまた、随分と跳ねっ返りの強ぇお孫さんだなァ」

「いやまったく。どうも姫様に気があるようでな……騎士ならば王国の民のことを第一に考えよ、と教えてきたのだが」

 初対面のセリアスにもロイの思惑は想像がついた。王女の身を案じ、居てもたってもいられないのだろう。ただ、同時に名声を欲し、躍起にもなっている。

 ニッツがセリアスの背中を肘で小突いた。

「王女様だってよ。ヘッヘッヘ……狙ってみるか? セリアス」

「焚きつけるならウォレンにしてくれ」

 ウォレンは塔を見上げ、息を飲む。

「見殺しにもできない。おれたちも行こう」

「ああ」

 かくしてセリアスたちは試練の塔へと足を踏み入れた。

 この塔は騎士団の詰め所も兼ねており、有事の際は砦と化すとか。それが今回は仇となり、こちらの行く手を阻もうとしていた。一部の通路には鉄格子が降ろされている。

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