第38話 若き日の戦い
壮麗な造りを目の当たりにして、ウォレンとニッツはほうと感心した。
「……大したもんだな」
「スタルド騎士団の総本山ってだけあるぜ、ケケケ」
エントランスホールは天井が吹き抜けになっており、三階までを一目で窺える。まだ朝の十時過ぎにもかかわらず、壁面の照明は火を揺らめかせていた。
真上のシャンデリアもこうこうと輝きを放つ。
「あれはどうやって火をつけてるんだ?」
「魔法だろーよ。火をつけたり消したりってのは基本だしな」
柱は見るからに頑丈な造りで、この巨大な塔をしっかりと支えていた。
壁のあちこちには盾の紋章が刻まれている。
(盾の王国……か)
スタルド王国は『盾』を象徴とし、攻めることよりも守ることを美徳とした。古くには魔王の侵攻にも屈さず、この地を守り抜いたという。
ただ実際のところは、さして強みのない北方の小国家である。近隣諸国を刺激せずにいようとする一種の厭戦観が、防衛一辺倒の対外政策に表れていた。
「ご挨拶はなしか。騎士団は上みたいだなァ」
「油断するなよ。地下道と同じなら……」
二階に上がって早々、ウォレンの予感は的中する。
栄えあるスタルド騎士団の面々は白目を剥き、苦しげな呻き声をあげていた。もはや自我すらない様子で、剣を引きずりながら、塔の中をふらふらと彷徨っている。
セリアスたちは柱の陰で息を潜めた。
「どうする? ウォレン。さすがに三人でこの数は……」
おそらく彼らは三階や四階でもたむろしているだろう。正面から挑んだところで、数の差で押しきられるのは目に見えていた。地下道の衛兵と違い、装備も充実している。
とはいえ動きは緩慢として鈍かった。目や耳の機能も怪しい。
「少し探ってみよう。戦いが始まったら、それどころじゃなくなるからな」
「ヒヒヒ! うっかりやらかして囲まれるのだけは、ごめんだぜぇ?」
上へ進むのはあとまわしにして、セリアスたちはまず二階を調べてみることにした。ガウェインにもらった地図を確認しつつ、武器庫などを探っていく。
「お宝部屋は城だよなァ、やっぱ」
「火事場泥棒したとして、売るあてはあるのか? ニッツ」
「足がつくような真似はしねえさ。それに……こういうブツなら、売らずに自分で使うって手もあるだろ?」
ニッツは立派な槍に目をつけ、得意げに構えた。
それをウォレンが鼻で笑う。
「そいつはレプリカだぞ、ニッツ。布団も貫けないな」
「おっと? やべぇ、やべぇ……」
この状況で冗談が言えるほど、ふたりは肝が据わっていた。おかげでセリアスも緊迫感に囚われ過ぎず、冷静でいられる。
「……ロイはどこへ?」
「あいつはここの騎士だろう? この塔の構造には詳しいはずだ」
突然、武器庫の外が騒がしくなった。ゾンビ兵らのおぞましい悲鳴が聞こえる。
「あの坊やが見つかっちまったかァ?」
「いや、これは……まさか!」
同時に振動が響いてきた。セリアスたちははっとして、武器庫を出る。
通路の向こうから異様なものが転がってきた。ゾンビ兵をことごとく踏み潰しながら、セリアスたちのほうへ迫ってくる。
「まずいぞ、走れ!」
ウォレンの号令とともにセリアスとニッツも駆け出した。
その後ろを転がりながら追ってくるのは、身体が異常に肥大化してしまったらしい、中年の騎士。手足は短すぎて、ブレーキにもならない。
さしものニッツもおどけていられず、狼狽する。
「なんだよ、ありゃあっ?」
「ほかのゾンビとは格が違う! あいつは危険だ!」
大型の魔物は柱に激突するも、すぐにスピードをあげた。こちらを狙っているのは間違いなく、反射や反動を利用して、みるみる距離を詰めてくる。
「ウォレン、ニッツ! 上に逃げよう!」
「ああ! 遅れるなよ、おまえら!」
セリアスたちは階段を駆けあがり、三階へと逃げ込んだ。体力の差でニッツは遅れがちなものの、必死に追いあげてくる。
「ハアッ、ハア……こ、ここまで来りゃあ……げえっ?」
ところが魔物は階段さえ勢い任せに転がり、昇りきってしまった。
胸に埋もれている男の顔が、慟哭めいた咆哮を轟かせる。
『ナゼダ……ナゼ! マダ生キテル奴ガイルッ!』
その巨躯が再び猛烈な回転を始めた。
セリアスたちは脇目も振らず、ゾンビ兵の真っ只中を駆け抜けていく。
「止まるなよ! 少しでも止まったら、こいつらの仲間入りだ!」
「だ、だからって、いつまで走んだよっ? ゼエッ、オレはもう持たねえぞ!」
追いつかれ、無惨に轢かれるのも時間の問題だった。どこかで勝負に出るしかない。
ふとセリアスの脳裏に閃きが走った。
「右に曲がってくれ、ウォレン!」
「なんだって? ……そうか! 冴えてるじゃないか、セリアス!」
セリアスの作戦にウォレンも勘付いたらしい。右に曲がって、まっすぐに走り、次のT字路は左へと切り返す。
「あと少しだ、ニッツ! 頑張れ!」
「ゼエ、ゼエ……な、なるほどな……くおおおっ!」
土壇場でニッツも気合の走りを決め、追跡者をあるポイントへと誘い込んだ。
そこはエントランスホールの真上。ウォレンとニッツは左右に分かれ、あとは身軽なセリアスだけで敵をおびき寄せる。
「跳べ、セリアス!」
「ああ!」
セリアスは吹き抜けへと身を投げ、シャンデリアに飛び移った。
獲物を轢き殺すつもりの魔物も止まらず、ボールのように弾む。だが、シャンデリアはすでにセリアスを乗せ、その反動で遠ざかっていた。
魔物だけが真っ逆さまに落ちていく。
下のほうでズシンと音がした。セリアスが通路へと戻ったところで、ウォレンがブーメランを投げ、シャンデリアの留め具を断つ。
「こいつもオマケだ、とっときな!」
さらにニッツの魔法を受け、シャンデリアは炎をまといながら落下した。それが魔物の脳天を直撃する。
身の毛のよだつような断末魔が響き渡った。
『ツマトムスメヲサシオイテ、生キルナド……グアォオオオオッ!』
やがて炎も消え、黒焦げの亡骸だけが残される。
「なんとか振りきったな。……大丈夫か? セリアス、ニッツ」
「僕はなんともないよ。走っただけだしね」
「ちょっと休ませてくれ。ハア、ハア……でねぇと、オレは降りるぜ?」
さっきの魔物がさんざん暴れたせいで、三階のフロアは滅茶苦茶になっていた。ただ、おかげでゾンビ兵も一掃され、安全の確保は容易い。
「まさかよォ、今のがジイさんの弟子ってことは……」
「違うと思いたいが、並みの騎士ではないはずだ。四騎将だったのかもしれんぞ」
呼吸を整えてから、改めてセリアスたちは三階の調査を始めた。
先に入ったはずのロイ一行は見当たらない。敵の目を盗んで上へ行ったのでなければ、引き返したのだろう。
「ウォレン、セリアス! こいつが怪しいぜ」
大きな扉に耳を当てながら、ニッツが手招きした。
そこらじゅうに破壊の跡が残っていたり、ゾンビ兵の躯が横たわっているにもかかわらず、この扉の一帯は小奇麗に保たれている。
「……誰もいないようだな。よし」
まずはウォレンが慎重に扉を開け、セリアスとニッツも足を踏み入れた。
そこは豪勢な一室で、足元には美々しい絨毯が敷かれている。肩章のようなタペストリには『盾』の紋様が描かれ、部屋の格式をスタルド風に高めていた。
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