第36話 若き日の戦い

 世間話の余裕も出てくる。

「……てことは、俺が二十三で、ニッツは二十一。セリアスは十八か」

「田舎で退屈してたほうがよかったかもしれないぜ? セリアス」

「そんな気もするよ。この事態はさすが、に……?」

 ふとセリアスはひとの気配を察知した。ウォレンらと相槌を打ち、忍び足で、わずかに声のするほうへと近づいていく。

 そこは地下牢。鉄格子の向こうで囚人たちは普段着のまま蹲っていた。セリアスらに気付くや、藁にも縋るような表情で声をあげる。

「たっ、頼む! ここから出してくれ!」

「その前に食べ物を! そっちの部屋に何か、非常食くらいはあるはずだ」

 彼らが犯罪者であれば、牢から出すのは危険だった。しかし見たところ、エプロンを着けているような男もいる。

 何より今は情報が欲しかった。セリアスたちは手分けして牢を開け、食べ物を配る。

「どうして、こんなところに閉じ込められてたんですか?」

「私たちが聞きたいよ。ここにいる連中は、スタルドの城や塔で働いていただけの者さ。それが一昨日から昨日に掛けて、続々とここに放り込まれて……」

 ニッツはわかったふうに頷いた。

「見ちゃまずいもんを見ちまったんじゃねえのか? 地上での騒ぎといい、アンデッドモンスターといい、こいつは普通じゃないぜ」

「やつらに気付かれるとまずいな……くれぐれも大きな声は出さないでくれ」

 囚人たちは誰ひとりとして地上の出来事を知らなかった。

「街が囲まれた? 骸骨が歩いてる?」

「そうなんだ。おれたちは城下町まで、救援を呼びに行く途中なんだが」

 現状について聞かされ、がっくりと肩を落とす。

「スタルドはもうおしまいだ……」

「やっぱり国王陛下が乱心したっていう噂は本当だったんだ!」

 その言葉にセリアスとウォレンは顔を見合わせた。

「国王が乱心?」

 怯えながらも、彼らは噂を語る。

「ああ……城下町のほうでは噂になってんだよ。陛下の様子ががおかしいってさ」

「城じゃあ、陛下が化け物を呼んでたなんて話も……」

 半年ほど前から、国王スタルド4世の奇行が話題になっているようだった。

 満月の夜に外出を禁じたり、ネズミを飼えと命じたり、異様な命令が飛び交い、民の間では疑惑ばかりが広がっている。

(こいつは……地下道を突破したところで、終わりそうにないな)

 囚人らの手前、口には出さなかったが、セリアスはこの事件が一筋縄では行かないことを悟った。城下町も同様の事態に陥っている可能性が高い。

「とりあえずさっきの街まで戻らないか、ウォレン。進むよりは安全だろう」

「そうだな。みんな、ついてきてくれ」

 セリアスたちは彼らを連れ、一旦脱出することに。


 その日のうちに改めて地下道へと突入し、城下町アイルバーンを目指す。

 アンデッドモンスターの亡骸は消えていた。活動を再開し、また地下道のどこかを徘徊しているのだろう。セリアスたちは息を潜め、敵の接近に気を配る。

「……っ!」

 アンデッドモンスターを警戒していたからこそ、セリアスはその殺気に勘付いた。連中は隠れることもせず――どうやら『できず』に、こちらに近づいてくる。

 ウォレンやニッツも眉を顰めた。

「お出ましか。残念だぜ、まったくよぉ!」

「助けようなんて思うなよ、セリアス! 楽にしてやれッ!」

 行く手に立ちはだかったのは、半ばゾンビと化した『人間』の一団だったのだ。

先ほどの囚人を捕らえた、衛兵の類らしい。彼らは両目を真っ赤に染め、ずるずると武器を引きずりながら、一斉に襲い掛かってきた。

「ウガァアアアッ!」

「悪ぃが、恨むんじゃねえぞ!」

 こちらも武器を構え、前衛のウォレンとセリアスで応戦する。

 敵は凶暴ではあるものの、動きそのものは鈍かった。先ほどのアンデッドモンスターと大差なく、攻撃も緩慢としている。

 容赦なしにウォレンが斧を振るい、衛兵を薙ぎ倒した。

「そっちにも行きやがったぞ、セリアス!」

「ああ!」

 セリアスも突撃し、正面の敵を貫く。

 彼らを救いたい気持ちはあった。だがここで情に流されては、こちらが殺される。

 ならば、せめて彼らが殺人鬼となる前に止めてやる――そうでも思わなければ、ひとを殺すことなどできなかった。

「怖気づいちまったかあ? セリアス」

「大丈夫さ。ニッツこそ、手が止まってるんじゃないか?」

「ヘヘッ! あとはオレが掃除してやらあっ!」

 ニッツの火炎魔法が吹き荒れ、敵の群れを飲み込む。

 狭い地下道では逃げ場もなく、衛兵たちはことごとく焼き尽くされた。ほかの完全なアンデッドモンスターとは違い、これで滅することはできたらしい。

(僕は今、ひとを……?)

 手にはおぞましい感触が残っていた。しかし、まだ『ひとを殺した』というほどの実感もなかった。この異常な状況に現実感がないせいかもしれない。

 焼け焦げた躯をウォレンが見下ろす。

「ゾンビ化か……こんな人数のは初めて見たぜ」

「見たところ、そんなに腐敗も進んでなかったな。まだ新しいみてぇだ」

 囚人を投獄した直後にゾンビ化したのだろうか。その後もセリアスたちはゾンビ兵を撃退しつつ、地下道を抜ける。

 城下町アイルバーンへと辿り着く頃には、陽が暮れかけていた。

 城は見当たらず、市街地の北には絶壁が聳え立つ。

「ふう。着いたことは着いたが……腹が減ったな」

「先に食事をしないか?」

「オレもセリアスに賛成だ。もう魔力も残ってねえし、一息つこうぜ」

 しかし食事をしようにも、店はすべて閉まっていた。

 それもそのはず、城下町もまた不穏な空気に包まれていたのだ。ひとびとは仕事どころではない様子で怯えきっている。地下道を抜けたからといって助かったわけではない――セリアスたちは自ずとそれを確信した。

 十中八九、ここも茨で囲まれているのだろう。

 れっきとした城下町にもかかわらず、衛兵や騎士は見当たらない。

「やれやれ。こいつは飯にありつけるかも怪しくなってきたか」

「ベッドは期待できそうにねえなァ、ヒヒヒ」

 ニッツの冗談はむしろ最悪のパターンを笑い飛ばしてくれた。

 宿を訪ねてみると、主人が驚きの声をあげる。

「ヘルマから地下道を通ってきたってえ? 確かにうちの住人じゃねえようだが」

「城下町はどうなってるんですか?」

「ち、ちょっと待っててくれ! 話のできるかたを呼んでくっから!」

 食堂で待たされること、三十分。ただ、夕食はすぐに用意してもらえたおかげで退屈はしなかった。

「セリアス、ちょいとコーヒー淹れてきてくんね?」

「しょうがないな……ん?」

 腹も膨れて一服していたところへ、宿の主人らが戻ってくる。

 セリアスたちの前で席に着いたのは、一際大柄な男だった。年老いており、杖を使ってはいるものの、その双眸にはぎらぎらとした意志の強さが宿っている。

「お初にお目にかかる。わしはガウェインと申す者。引退して久しいが、かつてはこの国の騎士団長だった男だ」

 こちらはウォレンが代表で挨拶に応じた。

「お会いできて光栄です。……おれたちに何かご用で?」

「うむ。おぬしらがあの地下道を抜けてきた冒険者だと、聞いてな」

 元騎士団長のガウェインは城下町で隠居じみた日々を送っているという。そんな世間話から始まり、セリアスたちは彼と情報を交換していった。

「なるほど……ほかの街でも同じことが起こっておる、と……」

「ここも脱出は不可能というわけですね」

 城下町のほうも今朝になって茨に包囲され、大混乱に陥ったらしい。

 門と外壁は茨で覆われ、近づく者を容赦なしに締めあげた。城下町にとっても、唯一の逃げ道はあの地下道だったのだ。無論、魔物と戦えないことには突破できない。

「待ってくれよ、ジイさん。城下町なら騎士団くらいいるだろ?」

 ニッツの疑問は当然のもの。元騎士団長がここにいて、騎士団がないはずもない。だがガウェインは押し黙り、無念の表情でかぶりを振った。

「城下に騎士はほとんど残っておらぬ。今となっては城の様子も……」

 スタルド城は一昨日あたりから沈黙しているとのこと。王国騎士団は大半が臨時の召集を受け、消えてしまった。

「お城で何かがあって、王国じゅうがこんな状態になったんでしょうか?」

「そちらの若者の言う通りだ。おそらくな」

 ウォレンのほうからもガウェインに質問を投げかける。

「前々から国王陛下のご様子が……という話を聞いたのですが」

「その噂はわしの耳にも届いておる。しかしお会いする機会もめっきり減ってしまってな……避けられていたのやもしれぬ」

 やはり怪しいのは『城』のほかになかった。

 ガウェインが祈るように両手を合わせる。

「おぬしらを男と見込んで、無理を承知で頼みがある! どうか城まで行って、陛下を連れてきてはくれぬだろうか」

 ニッツが目を点にした。

「……ん? ここは城下だろ、城なんて目と鼻の先じゃねえの?」

「朝になったら案内しよう。わしでは辿り着けんのだ」

 どうやら大変な事件に巻き込まれてしまったらしい。しかしセリアスたちに断るという選択肢はなかった。これを解決しないことには、王国を脱出できないのだから。

「相応の報酬はいただくぜ? ジイさん」

「わしの私財でよければ譲ろう。街のみなにも話を通しておくから、物資も好きなだけ揃えるといい」

 ガウェインの厚意もあって、今夜はスイートルームを借りることに。

 戦いは明日。夜の間だけの、束の間の休息が訪れた。

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