第32話
メルメダが実戦以外では勘が鈍いおかげで、記憶地図に悟られることもなかった。ついにセリアスたちは木々の迷路を抜け、徘徊の森の最深部へと辿り着く。
そこは大きく開けた場所だった。中央には立派な大樹が悠々と聳え立っている。
「さしずめ長老の木といったところか」
イーニアがセリアスにだけコンパスを覗かせた。
「反応があるのはここで間違いありません」
「どこかにプレートが……?」
「ちょっとぉ、こそこそ何やってんのよ? さっきから」
部外者のメルメダは杖を肩に掛けつつ、青々とした巨木を仰ぎ見る。
「メルメダには教えちまってもいいんじゃねえの? セリアス。王国調査団にチクったりはしねえだろ」
「そうだな。メルメダ、聞いてくれ」
魔具の捜索について打ち明けようと、イーニアがコンパスを差し出した時だった。
「実は私たち、これで……きゃああっ?」
不意にコンパスが強烈な光を放つ。
「もしやハクアの光か?」
「プレートじゃねえ! このでかい木に反応してるみたいだぜ!」
光のエネルギーはコンパスを飛び出し、大樹の幹へと直撃した。すると、風に煽られるかのように葉がざわめいて、森の鳥は次々と飛び去っていく。
巨木から何やらどす黒いものが溢れてきた。
その幹に人面が浮かびあがり、雄叫びを轟かせる。
「みんな、離れろ!」
セリアスたちは急いで間合いを取り、臨戦態勢で構えた。
巨木の下で地面がもこもこと盛りあがる。そこから分厚い根が放射状に飛び出し、樹の本体をぐらりと持ちあげた。
魔物と化した、一本の樹木。だが、このスケールではもはや『モンスター』などという次元の存在ではなかった。その身を守るように魔方陣が展開していく。
「障壁を張ったわ! あいつには知恵があるのよ!」
「や、やべえぞ! 逃げるしかねえ!」
その脅威を直感したらしいグウェノは、迷うことなしにイーニアの手を引いた。
ただならない未知の敵と遭遇したのだ。冒険者として『逃走』を選ぶことは、決して臆病ではない。セリアスの脳裏にも撤退の二文字がよぎった。
しかし今はメルメダが一緒にいる。
「グウェノはイーニアを連れて、離れていろ! ハイン、メルメダ、力を貸してくれ!」
「承知した! こいつは骨のありそうな相手ではないか」
「わたしまでっ? あーもう、また巻き込んでくれちゃって!」
大樹が根を振りあげ、一気に振りおろした。地面を揺るがすと同時に、その巨体で軽々と『跳躍』し、セリアスたちの度肝を抜く。
「げええっ! なんてバケモンだよ? あ、あんな足で跳びやがった!」
足が生えたのは、徘徊の森の主ならではのことだろう。着地でも地面を揺らし、セリアスたちの動きを封じる。さらには枝を伸ばし、頭上から急襲を仕掛けてきた。
「一ヶ所に固まらないで! ハインだったわね、あんたは右にまわってちょうだい!」
「うむ! 踏み潰されてはならんぞ、セリアス殿!」
セリアスたちは散開しつつ、三方向から魔の大樹を囲む。
まずはメルメダが先行し、火炎を帯のように放った。しかし障壁に阻まれ、炎は中心の幹まで届かない。根には燃え移ったものの、土を被せることで消される。
セリアスも真正面から踏み込んだ。
「とにかく根を減らすんだ!」
しかし根が波打つせいで、斬撃が入りきらず、切断には至らない。逆に大樹の枝に取り囲まれ、刃物のように鋭利な葉の猛襲に晒される。
「ぐうっ? ……すまない、ハイン!」
「拙僧の拳であれば!」
その間にハインが敵の背後を取り、剛腕に力を込めた。鉄拳が衝撃波を伴い、刃物じみた葉を散らす。だが、その時にはもう目の前に巨木の姿はなかった。
グウェノが必死に叫ぶ。
「上だっ! 跳びやがったぞ!」
「な……」
ジャンプに勢いがありすぎたのか、大樹はまるで手品のように滞空していた。その影がセリアスから遠ざかり、ハインのいるあたりを覆い尽くす。
「そっちに行ったぞ!」
「南無三ッ!」
着地の衝撃はもはや爆風じみていた。セリアスは青ざめ、息を飲む。
「ハ、ハイン……」
「ん? これしきのことで動じるとは、おぬしらしくないぞ?」
かろうじてハインは根の隙間に逃れ、大樹の幹へと肉薄していた。いちかばちか、渾身のストレートがもろに決まる。
「粉砕ィ!」
しかし大樹は少し揺れただけで、びくともしなかった。
「ちいっ! でくの棒の分際で、生意気ね!」
単純に大きすぎるのだ。そのうえ、障壁によってメルメダの魔法は相殺される。
「無理すんな、お前ら! 引けって!」
「こっちです! 早く!」
グウェノとイーニアはいつでも駆け出せる体勢で待っていた。
それでもハインはやにさがり、セリアスとメルメダも勝気な笑みを浮かべる。
「こうなっては、奥の手を使うしかないようだぞ? あるんだろう、セリアス殿にも」
「ああ。あれで行くぞ、メルメダ」
「ひとつ貸しよ? 次の着地のあとで、いいわね!」
再び大樹が跳躍し、今度はセリアスのもとへ落下してきた。それをかわしつつ、セリアスは火炎のスクロールを投げつける。
(動きは鈍い! これなら)
通用しなくとも、少しの間、敵の注意を引きつけたかった。
後方から風をまとった矢が飛んでくる。
「しゃあねえ、加勢するぜ!」
グウェノは弓を引き絞り、その矢にはイーニアが魔法を掛けた。この距離では彼女の魔法は届かないものの、こうすれば、グウェノの腕次第で命中はする。
障壁を張るために巨木は動きを止めた。
「そいつが失敗したら、すぐに逃げっからな?」
「わかった!」
ハインは気功の、メルメダは魔導のエネルギーをたわめ、限界まで高めていく。
「ぬぬぬぬ……モンク僧流気功の神髄、見せてくれる!」
先に目を見開いたのは、ハインのほうだった。右腕で闘気が渦を巻く。
それは横殴りの竜巻となって、大樹に猛然と襲い掛かった。地面をS字に抉り、巨木の根元を押さえつける。
そこにメルメダの魔方陣が重なった。
「いくわよ、セリアスっ!」
「ああ!」
セリアスは剣を逆手に持ち替え、ありったけの力を込める。
「魔・陣・剣ッ!」
その剣が魔方陣を貫いた瞬間、エネルギーが爆ぜた。メルメダの魔方陣を媒介としたセリアスの、乾坤一擲の一撃が大樹を焼き尽くす。
根は裂け、枝が折れた。葉も燃え、巨木はみるみる禿げあがっていく。
真っ黒な瘴気も魔陣剣のエネルギーに押され、霧散した。やがて魔方陣は消滅し、森の奥地に本来の静寂が戻ってくる。
「はあ、はあ……」
セリアスは剣を支えにして、息を切らせた。
グウェノとイーニアは呆然とした表情で歩み寄ってくる。
「お、お前、こんなに強かったのかよ」
「びっくりしました……まさか、あんな怪物をやっつけちゃうなんて……」
ハインがぐうっと腹を鳴らした。
「今ので拙僧も力を使い果たしてしまったぞ。我ながら無茶をしたものだ、ハハハ」
「お前とメルメダがいなかったら、俺も逃げたさ」
「あんまりあてにしないで欲しいわね。……で? ここに何の用?」
改めてイーニアがコンパスを出そうとする。
ところが、躯となったはずの大樹がわずかに動いた。
「まさかっ?」
セリアスたちは咄嗟に構えなおし、固唾を飲む。
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