第31話

 木々の隙間から狼タイプのモンスターが飛び出してくる。

「わたしに任せなさいっ!」

 すかさず構えを取ったのはメルメダだった。火球をばらまきながら杖を旋回させて、続けざまに今度は氷の刃を放つ。魔物の群れは瞬く間に炎に巻かれ、切り刻まれた。

 イーニアは驚きのあまり目を点にする。

「すごい……相反属性の魔法を、ほとんどノータイムで……」

「だろう? しかも、こいつは四属性とも使えるんだ」

 メルメダという魔導士はこと実戦において、稀有な才能を有していた。地水火風の攻撃魔法を自在に使いこなすうえ、動体視力や瞬発力にも優れている。

 何よりイーニアとはキャリアが違った。十五歳のイーニアと二十一歳のメルメダでは、経験に大きな差があるのも、至極当然のこと。

 メルメダがイーニアの杖を借り、その手触りを吟味する。

「そんなに使い込んでないようね。あなた、お師匠様の名前は?」

「アニエスタ先生ですけど……」

「ええっ! アニエスタって、あの『東のアニエスタ』っ?」

 メルメダの瞳が今一度、イーニアの小顔を映し込んだ。

「驚いたわね……わたしの師匠は『西のザルカン』って言って、その対抗馬が『東のアニエスタ』ってわけ。なるほど、なるほど……」

 門外漢のセリアスやハインは首を傾げるしかない。

「それほど有名な御仁で?」

「もちろんよ。わたしの師匠とは違って、錬金や調合のほうの専門なんだけどね」

 メルメダは含みを込め、唇をなぞった。

「……面白いじゃない。次はイーニア、あなたが追っ払ってみて」

「え? 私が?」

 メルメダの提案とはいえ、これにはセリアスも口を揃えた。

「同じ魔法使いの大先輩に教わるチャンスだぞ」

 セリアスたちではイーニアに探索の技術や武器の扱い方を教えることはできても、魔法のイロハを指南することはできない。そのため、魔法の戦力はイーニアの独学頼りになっていた。その点、メルメダの知識や経験は、大いにイーニアの助けになるはず。

「そうとなりゃ、雑魚でも探すか」

「じきに出てくるだろう。援護は拙僧らに任せておけ」

 しばらく進んだところで、さっきと同じタイプのモンスターがまた襲ってきた。相手は一匹、こちらもイーニアの魔法だけを手段にする。

 セリアスはモンスターの突進を盾で押さえ、弾き返した。

「今だ、イーニア!」

「はいっ!」

 息ぴったりにイーニアの魔法がモンスターに命中し、真っ二つに仕上げる。

 結果は上々。しかしメルメダの表情は硬かった。

「遅いわね。というより要領が悪いんだわ」

「……え?」

 彼女が腰周りのポーチを開け、丸薬のようなものを取り出す。

「触媒にしても、魔法ごとにあらかじめ分けておくのが基本よ。特に射撃系の魔法は、真珠を使うのがほとんどだから、こんなふうにしておくの」

 マントの裏にはスクロールも一通り揃っていた。

「詠唱で手間取るのはしょうがないでしょうけど、杖は替えたほうがいいわ。それ、調合用でしょ? 戦闘用も別に用意しなさい」

「は、はい……」

「セリアス! これくらい、あんたが教えてあげなさいってば」

 そう言われては、ぐうの音も出ない。

「素人があれこれ教えるのはまずい、と思ってな」

「まったくもう。ほら、行くわよ」

 メルメダはマントを翻し、すたすたと歩き出した。

その魅惑的な後ろ姿にグウェノが見惚れる。

「あのマントがなけりゃ、おみ足ももっと……才色兼備ってやつじゃねえか。なあ?」

「調合さえしなければな」

 ソール王国の爆発事故に彼女が絡んでいることを、セリアスだけは知っていた。

 さらに奥へと進む途中で、セリアス団はキロのテントへと立ち寄る。しかしキロの姿はなく、置き手紙だけが残されていた。

 その上には白金旅団のプレートが乗っている。


 セリアス団へ。

 おれはそろそろグランツを出るよ。短い間だったが、世話になったな。

このテントはやるから、好きにしてくれ。

大穴の探検を続けるも止めるも、おまえら次第だが、無駄死にはするんじゃねえぞ。

おまえらの無事を祈ってる。

あばよ。――キロ。


 ハインはプレートを握り締め、トーンを落とした。

「そうか、キロ殿が……」

 セリアスたちだけが知る、白金旅団の本当の最後。たったひとりで生き残ってしまったために、キロはこれから逃亡生活を余儀なくされるのだろう。

 少し前まではグランツの英雄でいられた、あの彼が。

 沈痛な雰囲気に耐えきれず、グウェノはさも陽気に声を弾ませる。

「ま、まあ、気にすることねえって。実力はあるんだ、どっかでまた元気にやるさ。それにほら、マンドレイクの採取用にテントも手に入ったことだしさあ……」

「マンドレイクですって?」

 その一言にメルメダが瞳を輝かせた。

「この近くにマンドレイクがねえ……うふふっ! いいこと聞いちゃったわ」

 秘密の穴場を知られてしまったのだ。グウェノが口を滑らせたせいで。

 セリアスは大袈裟な素振りで溜息を漏らす。

「今度こそマルグレーテはお前を許さないだろう。短い付き合いだったな、グウェノ」

「そういえば、前にもマルグレーテさんに『暇人』って……」

「ちょ、ちょっと? イーニアまで?」

 グウェノはうろたえ、ハインの笑い声が木霊した。

「ワッハッハッハ! 安心せい、グウェノ殿。マルグレーテ殿も秘境の資源を独占できるとは考えておらんだろう」

 セリアスも口に出さないだけで、横取りされるとは思っていない。

(メルメダじゃここまで来れんだろう)

 意味深に黙りこくるセリアスを、メルメダは訝しそうに睨みつけてきた。

「……何考えてんのよ、あんた」

「さあな」

 テントで一休みしてから、セリアス団は探索を再開する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る