第10話
三日後には宿を出て、ロータウン南東の一軒家へと移る。
それを見上げ、グウェノは上機嫌に指を鳴らした。
「いい物件じゃねえか! 気に入ったぜ」
ハインも満足そうに頷く。
「うむ! 庭もあるし、これなら拙僧の体格でも窮屈はすまい」
大きすぎず小さすぎない、まさにセリアスたちの身の丈にあった屋敷だった。二階建てで、一階はリビングやキッチンとなっており、二階には個室がよっつもある。
「セリアス、あんた、どうやってグレナーハ家のご当主サマを口説いたんだよ? ひょっとしてイーニアが頼んでくれたのか?」
「いえ、セリアスが……」
「あとで話すさ。さっさと荷物を放り込むとしよう」
王家の杖のことでイーニアが口を滑らせる前に、セリアスは皆を中へ押し込んだ。
前に誰かが住んでいたようで、多少のキズや染みは目立つ。しかし屋根があるだけのような宿に比べれば、遥かに快適なのは間違いない。
「ギルドはちょいと遠くねえ?」
「頻繁に行き来するわけじゃない。あまり近すぎても、うるさいしな」
利便性も悪くなかった。ロータウンのマーケットまでは数分ほどで、雑貨屋も目と鼻の先にある。探索よりも生活に重点を置くなら、この物件は正しい。
「問題はこのあたりに美味い店があるかどうか、だなぁ」
「オッサンの判断基準はそれかよ。ここには嫁がいねえからって、まったく」
ふとイーニアが巨漢のモンク僧を見上げた。
「ハインって結婚してたんですか?」
「六歳の息子もいるらしいぞ」
グウェノは笑いを堪えつつ、ハインの脇腹に肘を入れる。
「僧侶がなんでって意味じゃないぜ? 多分」
「や、やかましいっ! この拙僧のダンディズムがわからぬのか?」
「おしゃべりはいいが、手も動かしてくれ。今日じゅうに掃除は済ませたいんだ」
セリアスたちは手分けして、屋敷を清掃することに。
幸い前の持ち主は几帳面だったようで、扉の蝶番には修繕の跡などが見られた。部屋に残された寝台や家具も、中古にしては状態がよい。
「鍋やフライパンも揃えねえとなあ。リストアップしとくか」
「そのあたりは任せる。イーニア、あとでグウェノを手伝ってやってくれ」
「お買い物ですね。わかりました」
ただしベッドはみっつで、うちひとつは子ども用だった。
ハインが自信満々に腕を鳴らす。
「よし、拙僧が作ってやろう! 大工仕事は得意でな。ほかに必要なものがあれば、ついでに作ってやるぞ」
「まじで? じゃあ、そっちもリストアップしておかねえとなー」
傍で窓を拭いていたイーニアが振り向いた。
「お部屋はいつ決めるんですか?」
「ん、ああ……」
この少女は勘違いをしているらしい。セリアスはグウェノと目配せした。
「イーニアは今まで通りグレナーハ家で世話になるといい」
「そーそー。こんな野郎が三人で、むさ苦しくなるんだし。こっちも着替えとか気ぃ遣うことになっちまうからさ」
「そうですか? じゃあ私は、ええと……はい、今のままで……」
相変わらず彼女の返答には優柔不断な含みがある。グレナーハ邸に留まるか、ここで男三人と一緒に暮らすか――言うまでもなく前者なのだが。
(俺たちほど大らかにはなれないか)
居間のほうからハインの声が飛んできた。
「セリアス殿ー! グウェノ殿でもいい、すまんが暖炉の掃除をしてくれんか? こう狭くては、拙僧では入れんのだ」
「わかった、俺がやろう。グウェノとイーニアはここを頼む」
その日は掃除と買い出しで終わり、セリアスは新しい部屋で翌朝を迎える。
屋敷を手に入れたことで、生活の足場は盤石なものとなった。
グウェノは料理が好きなようで、キッチンの手入れに余念がない。ハインのほうは庭に出て、工作に精を出していた。
「余った木材は、空いた部屋に置いてても構わんか? セリアス殿」
「ああ。また何かで使うかもしれないしな」
「オッサ~ン! 厨房に棚が欲しいんだけどさあ」
家主は一応セリアスという体になっているせいか、ハインもグウェノも何かとセリアスに一言、断りを入れてくる。
「お前たちの家でもあるんだ、自由にしてくれ。俺は稽古にでも行ってくる」
セリアスは愛用の剣を帯び、我が家となった屋敷から出ようとした。
「あり? セリアス、訓練場は北だぜ?」
「あそこはレベルが低すぎて、鍛錬にならん」
「ハハッ! 言うねえ」
今のセリアスに足らないものは、手頃な練習相手のみ。
☆
数日後、セリアスたちは再び風下の廃墟へ向かうこととなった。前回の探索で見つけた隠し部屋をもう一度調べるつもりである。
ギルドで出発の報告を済ませたら、早速、秘境へのゲートに直行する。
そこでセリアスの一行は別のパーティーを見かけた。
「おっ! 前に話したろ? あれが白金旅団だぜ」
白金旅団。フランドールの大穴の調査が本格化した頃から、彼らは着々と実績を重ね、今や最強のパーティーとまで名を馳せていた。
前衛と後衛という概念や編成のバランスは、彼らが確立したといっても過言ではない。最強の六名は今日も秘境に挑むべく、悠々とゲートをくぐっていった。
その名声と人気は、街の子どもたちが見送りに来るほど。
「かっこいいよなあ、白金旅団!」
「おれも大きくなったら、白金旅団に入るんだー」
そんな彼らの雄姿にハインは感服する。
「みな、いい面構えではないか。最強と謳われるだけのことはある」
「あいつらは別格だよ、別格。王国軍から何度もスカウトがあったくらいでさ」
百戦錬磨のセリアスの目にも白金旅団の面々は逞しく見えた。
伊達にフランドールの大穴で五年も戦い続けていないのだろう。時には煮え湯を飲まされたこともあったはず。そういった経験の量が、顔つきによく表れている。
しかし世間知らずのイーニアには、剛健な彼らも『単なる六人パーティー』にしか見えないらしかった。
「あのぉ、どれくらいすごいんですか?」
グウェノが視線を空へ向ける。
「そうだなあ……登山で例えりゃ、オレたちはせいぜい日帰りのハイキングだ。それが白金旅団だと、五千メートル級の頂上を目指してるってことさ」
ハインは首を傾げ、セリアスは納得した。
「修行で山籠もりはしたが、行楽で登るという感覚はわからんなあ……」
「いや、今の例えはわかりやすい」
秘境は奥へ行けば行くほど、モンスターが手強くなるという。また、往復の行程も伸びていくため、一回の探索に一週間を要することも少なくない。
すなわち冒険者はメインとなる戦闘や調査のほか、移動や食事、睡眠の手段も充分に用意しておかなくてはならないのだ。場所によっては防寒着や雨具も必要になる。
すでに白金旅団の姿は見えなくなっていた。
「明日にはタリスマンを見つけられちまったりしてなあ」
「俺たちは俺たちのペースで進めばいいさ」
仮にタリスマンが見つかったとしても、冒険者全員が即日、秘境の探索を切りあげるわけでもない。五年も出遅れているとはいえ、焦ることはなかった。
「景気づけにオレたちもパーティー名、考えねえ? グウェノ=ハンターズとか」
「ふむ……ならば武神にあやかって、アラハムキ団、というのはどうだ?」
「……セリアス団でいい」
セリアスたち改めセリアス団は風下の廃墟へ出発する。
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