第11話
前回の調査に引き続き、例の隠し部屋を手分けして調べ始めたのは、一時間前。
「うぅーむ……何もわからん」
またハインが腕組みのポーズで顔を顰める。
とはいえ彼の場合はこまごまとした作業が性に合わないようで、『わからん』とぼやくのも、これで五回目だった。
グウェノはトレジャーハンターの技術を活かし、壁のひび割れもひとつ残さずチェックしている。イーニアはコンパスの反応を窺いつつ、魔力の波動を探っていた。
「プレートのほかには特にねえなぁ」
「私のほうもこれといって……セリアスはどうですか?」
「手応えなしだ」
照明の魔法もそろそろ効果が切れる。
ここでならコンパスが光るかもしれないと踏んだが、その期待も外れた。
「どうも見当違いのことをしてる気がするな……」
「やっぱ『資格』がねえことには、始まらないんじゃねえの?」
「問題はそれが何か、ですね……」
調査を中断し、セリアスたちは一旦外に出ることに。
「ん? これは奇怪な……前は開きっ放しだったと思うが」
「大丈夫、大丈夫。こっちからは普通に開けられるようになってんだ」
隠し通路は塞がってしまっていたが、足元のスイッチひとつで壁が開いた。いつの間にか二体の石像は最初の位置に戻っている。
グウェノお得意の解説が入った。
「こういう仕掛けは誰も見てねえ間に、勝手に戻んだよ。秘境の摩訶不思議ってやつさ」
「本当に不思議ですね……じゃあ間違えちゃっても、どこかで待っていれば……」
この秘境に常識はまったく通用しないらしい。
(ソール王国の迷宮だと、仕掛けをリセットするためのスイッチがあったな)
砦を出た頃には、空は煙のような雲に覆われていた。風下の廃墟というだけあって雲が集まりやすく、じきに一雨来そうである。
「イーニア、触媒やスクロールを濡らさないようにな」
「はい。ちゃんとカバーを被せておきますから」
ハインも灰色の空を仰ぎ見る。
「今日のところは出直さんか、セリアス殿」
「そうだな。廃墟のプレートはあとまわしにして、先にほかを当たろう」
以前イーニアが徘徊の森で魔具を探していたように、コンパスが指す場所の候補はいくつかあった。このコンパスはおそらく現在位置から『もっとも近い』ものに反応する。
「そんじゃあ、次は『脈動せし坑道』にでも行ってみっか?」
「洞窟か……準備がいるな」
そんなことを話しながら帰路についていると、大きな笑い声が聞こえてきた。
「ガーッハッハッハ!」
陽気で豪快、それだけで好人物のイメージが膨らむ。
「……はて、拙僧らと同じ冒険者かな?」
「多分な。避けんのも感じ悪ぃし、挨拶くらいしていこうぜ」
セリアスたちは周囲を警戒しつつ、声の主のほうへと歩み寄った。
壊れかけた橋の上では風変わりなコンビが騒いでいる。
「迷ってこその人生ですぞ。まわり道が多いほど、多くを経験し、より大きなことを成し遂げられるのですからなあ。ガハハッ!」
「今は人生じゃなくて、道に迷ってるんだよぉ! ゾルバ」
白鬚の雄々しい老戦士と、つぶらな瞳の少年だった。一見、老戦士に少年が付き従っているようだが、話しぶりからして逆らしい。
「大丈夫ですとも! まだ昼を過ぎたばかりではありませぬか。今すぐ真っ暗になるというわけではありませぬし……いやはや、前回は肝が冷えましたなあ~!」
「肝が冷えた、じゃないよ! そのせいで、こっちは風邪を……」
ようやく少年のほうがセリアスたちに気付き、老戦士も笑い声を抑えた。
「よかったあ! そちらも冒険者のかた、ですよね!」
ハインの後ろでグウェノが眉を顰める。
「変なやつらだなあ……」
「まあまあ、グウェノ殿。何か困っとるようだし」
ちぐはぐな二人組だが、これでも秘境を探索中のパーティーなのだろう。老戦士の背中では食料や雨具、ランプなどが山積みになっている。
(どう見ても盗賊ではないか)
セリアスは警戒を止め、歩み出た。
「トラブルか?」
「はい。実は地図がなくて……帰り道がわからないんです」
落ち込む少年の一方で、老戦士は能天気に笑う。
「どうもおかしいと思ったら、持ってきたのが『徘徊の森』の地図でしてなあ。このゾルバ、一生の不覚というわけですじゃ」
「今度こそ忘れ物はないと思ったのに……ハア」
疲労感たっぷりの溜息をついてから、改めて彼は自己紹介を始めた。
「おっと、申し遅れました。僕はカシュオン。背が低いのはホルートだからであって、子どもだからではありませんので」
よほど身長を気にしているらしい。
その胸元にあるものを見つけ、イーニアが瞳を瞬かせる。
「セリアス、あれは……」
「顔に出すな」
形や色は少し違うものの、カシュオンは首にあのコンパスをさげていたのだ。セリアスはイーニアを制し、グウェノやハインに目配せする。
「わしはドワーフのゾルバ。カシュオン様の護衛をやっておりますのじゃ」
「へえ、ドワーフとホルートの組み合わせか。珍しいじゃねえの」
ゾルバの自己紹介にすかさずグウェノは相槌を打ち、イーニアの動揺を誤魔化した。
ドワーフとは山に住む種族であり、力が強く、採掘や鍛冶を生業とする者が多い。城塞都市グランツでも武具屋の何件かはドワーフが経営しており、信用も高かった。
そしてホルートとは、地方によってはホビットとも呼ばれる種族だった。成人でも身長が百四十センチほどしかないが、その分、猫のように身軽で素早い。
「俺はセリアス。で、そいつはグウェノだ」
「拙僧はハイン。お初にお目に掛かる」
ハインに握手を求められ、同じ巨漢のゾルバは快く応じた。外見の通り、気さくでおおらか、細かいことは気にしない好人物だろう。
「逞しい御仁ですなあ! カシュオン様もこれくらい大きくならなくては」
「だから、僕の背はそんなに伸びないんだって……」
最後にイーニアの番となった。
「私はイーニアです」
カシュオンがはっと顔をあげ、目を点にする。
沈黙が五秒ほど続いた。彼のまっすぐなまなざしにイーニアは戸惑い、セリアスの後ろへと引っ込む。
「あの……私の顔に何か?」
「えっ? あ……いえ、そそそっ、そーいうわけでは!」
セリアスやグウェノは呆れ、肩を竦めた。
(やっぱり子どもじゃないか……)
この少年はイーニアに一目惚れしてしまったようで、顔を真っ赤にしている。
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