第8話

 先ほどの盗賊はここに身を潜めていたようで、飲み水やボロ布が残されている。彼の前にも、この隠し部屋を見つけた冒険者はいたのだろう。

 目ぼしい宝もなく、グウェノは落胆する。

「ハズレ、かあ……」

 一方、イーニアは懐のコンパスを気にしていた。

「……きゃっ?」

 突然、そのコンパスが青い光を放つ。

 その光を浴びたせいか、壁の一部が長方形のプレートに変わった。そこにさっきと同じ文字が浮かびあがり、セリアスたちは目を瞬かせる。

「これは面妖な……イーニア殿、読めるか?」

「は、はい」

 イーニアは息を飲み、淡々と読みあげた。

「……資格を示せ。さすれば、汝の望みし真の道が開けよう……」

 コンパスはプレートを指している。

 この部屋にまだ謎が隠されているのは、間違いなかった。セリアスは腕を組み、プレートのメッセージを反芻する。

「……おかしいとは思わないか。ハイン、グウェノ」

「気になることでも? セリアス殿」

「ああ。さっきの仕掛けにしろ、正解さえすれば、突破できてしまうのが……な」

 侵入者を阻むのなら、ほかにやりようがあるはずだった。わざわざヒントを与え、道を用意してやることもない。なのに、この廃墟はセリアスたちを迎え入れた。

 ハインも同じものを察し、顎を撫でる。

「試されている、というわけか……言われてみれば、確かに」

「だったらよぉ、イーニアが持ってんのは、一体?」

 グウェノに指摘され、イーニアはここでもコンパスを隠そうとした。しかしセリアスたちの視線を受け、それを諦める。

「……先生が仰ったんです。これを使って、フランドールの大穴で魔具を探せと……」

「魔具? なんだい、そりゃ」

 セリアスたちは互いに首を傾げあった。

「私にもわかりません。……ただ、ひとの手に渡る前に魔具を回収せよ、と」

 このハーフエルフの魔法使いには重要な任務が課せられているらしい。

「その魔具ってのが、ひょっとしてタリスマンのことなんじゃ?」

「……まさかな」

 セリアスにもその直感はあったものの、確証は持てなかった。

 フランドールの大穴へ『魔具』とやらを探しに来た少女、イーニア。それがタリスマンであれば、セリアスたちは早くも真相に迫りつつある。

 ハインが自ら逞しい胸板を叩いた。

「どのみち、ほかにあてもないのだ。拙僧にも手伝わせてくれんか、イーニア殿」

「魔具の捜索を、ですか?」

 しかしグウェノはまだ、これだけの情報では乗り気になれないらしい。

「いいのかよ、オッサン? タリスマンは持って帰ってこいって、言われてんだろ?」

「それはそうだが、僧正殿は『悪しき者から守れ』とも仰った。……それに拙僧自身、興味があるのだ。タリスマンの正体にな」

 このモンク層が嘘をついている可能性は、ゼロではなかった。とはいえ、セリアスもタリスマンの真実を暴きたいとは思っている。

「俺も好奇心は強いほうだからな」

「セリアスまで? しゃあねえなぁ、オレも付き合ってやるか」

 なんだかんだと言いつつ、グウェノもパーティーの一員として足並みを揃えた。

「で、ですけど……」

「ひとりでは無理であろう、イーニア殿」

「詮索はしないさ。こっちも退屈凌ぎになる」

 イーニアは戸惑いながらも、セリアスたちに頷いた。

「はい。では、一緒に魔具を……」

 おかげで探索の方針は決まってくる。彼女のコンパスを頼りに秘境を巡っていれば、このようなプレートがほかにも見つかるだろう。

 当面の問題はメッセージの意味。

「それにしても『資格』とは……セリアス殿は心当たりがあるのか?」

「これといって思いつかないな。鍵か、通行証の類が必要なんだとは思うが」

 イーニアは顔をあげ、正面のメッセージを読み返す。 

「資格を示せ。さすれば、汝の望みし真の道が開けよう……」

 ふとグウェノが彼女のコンパスに目を留めた。

「ちょっとそれ、見せてくんね?」

「あ、はい」

 グウェノの手に渡ったコンパスが、わずかに青い光を湛える。

「……あれ? なんか光らなかったっけ? 今」

「貸してみろ」

 セリアスが触れると、また光が強くなった。持ち主のイーニアもきょとんとする。

「先生ってのは、これをどうしろって?」

「この針が指す方向を探せ、としか……ごめんなさい」

「ふむ。こいつにも何か仕掛けがありそうだ」

 それをハインが手に取った瞬間、光は一気に強烈なものとなった。

「うわあっ? オ、オッサン、何やってんだよ!」

「拙僧ではない! これは?」

 やがて鎮まり、セリアスたちはランプの色の視界を取り戻す。

 コンパスの円盤は下から半分以上、七割ほどが輝きで満たされていた。

(……筋は通るか)

 魔具の在り処を示すコンパス、魔具を得るための資格。セリアスの脳裏で、そのふたつがイコールで結びつく。セリアスは神妙な面持ちで口を開いた。

「そのコンパスに光を集めることが、『資格』となるんじゃないか?」

 ハインとグウェノも頭を悩ませる。

「かもしれねえなぁ。ほかに鍵がいるってんなら、イーニアの先生だって、前もってイーニアに教えてるはずだし」

「このコンパスだけで魔具に辿り着けるとすれば……ふむ」

 風下の廃墟を様子見する程度のつもりだったが、思いのほか収穫はあった。まだ外が明るいうちに、セリアスたちは一旦、グランツまで引きあげることにする。

「次は、光を溜める方法を探さねえとな」

「ひょっとすると、拙僧の気功が関係あるのでは?」

 黙々と歩いているイーニアに並び、セリアスは囁いた。

「そう焦るな。まずは無事にグランツへ帰ることにだけ、専念していればいい」

「……はい。ありがとうございます」

 しばらくは手が掛かりそうだが、グウェノに任せっ放しにして、くだらないことばかり憶えられても困る。

「おおっ、おい? お前ら、待て! 待ってくれ!」

 砦を出たところで、そんな声が飛んできた。盗賊は柱に縛りつけられたまま。

 グウェノがおかしそうに噴き出す。

「あっはっは! いや、オレは憶えてたんだけどさ? セリアスもハインも素通りしてくっから、面白くてよぉ」

「そうだった、そうだった! すっかり忘れておったわい」

 さっきは人質に取られたはずのイーニアまで、目を点にした。

「……あ」

「捨てていっても寝覚めが悪い。さっさと王国軍に突き出すとしよう」

 仏頂面のセリアスも穏やかにはにかむ。

 潜伏中の盗賊を捕獲。それが本日の戦績となった。

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