第7話
砦の中にもモンスターの気配はなかった。王国軍が盗賊の捕獲ついでに、このあたりのモンスターを殲滅したのだろう。
「しばらくしたら、また増えてくるんだろーけどさ」
「ふむ……となれば、冒険者に人気の秘境では、成果も少なくなるわけか」
当然、ライバルは多い。ほかの冒険者らもセリアスたちと同じように秘境を探索し、実力者は着々と名を上げている。
情報通のグウェノはしたり顔で断言した。
「ここ数年は『白金旅団』ってやつらが有名かな。大穴の調査が本格化した頃から、活動を続けてて、今やタリスマン発見の最有力候補さ」
城塞都市グランツについて深く知らないハインは、腕組みを深める。
「ほう、十年も……」
「おっと、そいつはちょっと違うぜ、オッサン。確かに王国の調査が始まったのは、十年前だけどよ。これだけひとが集まるようになったのは、割と最近のことなんだ」
タブリス王国がフランドールの大穴の領有権を掌握したのが、まさしく十年前だった。王国はタリスマンを求め、大穴に幾度となく調査隊を派遣している。
だが、世間は大穴にさして関心を示さなかった。
「タリスマンなど誰も信じなかったんだろう。グウェノ」
「そりゃね。王国軍だけじゃ進展がないってんで、オレたちみたいなのも入れるようにはなったけど、挑戦者は少なかったんだ」
むしろタリスマンの探求について、世論は反対が多数だったという。大した成果も得られないまま、五年目には調査の一時凍結(事実上の打ち切り)が決まった。
「……ところがよ。そこで『あるもの』が発見されちまったのさ」
「宝石の剣……ですか?」
イーニアが控えめに口を挟む。
ハインは何のことやらと眉をあげた。
「それは拙僧も知っておるが、そんなに珍しいものか? 飾り気の多い宝剣など、どこにでもあるではないか」
「そうじゃない。おそらく刀身が宝石でできていたんだ」
セリアスの推測にこそ、グウェノはにんまりと笑みを含める。
「ご名答! で、タブリス王国は上から下まで大騒ぎになったってわけ」
いわば『ガラスの剣』である。
宝石の類は強度が低いため、武具にはまったく使えなかった。そのはずが、各地の伝承にはガラスの剣についての記述が見られる。
それは脆いガラスを刃としておきながら、恐るべき強度と切れ味を誇った。それでいてガラス本来の美しさも損なわれておらず、伝説級の一品とされている。
「私も先生に聞いたことがあります。錬金術の粋を極めれば、そのような剣をも作り出すことができる、と……」
「そんなもんが見つかったら、タリスマンも信憑性を増すだろ?」
こうしてフランドールの大穴の調査は延長が決まり、血気盛んな冒険者らが続々と集まることとなった。
「……要するに、ここいらの探索が本格化したのは五年前、というわけか」
「そーゆーこと。そっから、新しい秘境や魔法なんかが次々と発見されたりしてさ」
何にせよ、セリアスたちは五年ほど出遅れてしまっている。
その五年のうちに、ここ風下の廃墟もあらかた調べ尽くされたようだった。物品の類はほぼ持ち出されたあとだろう。
やがて大広間に出たところで、突き当たる。
「ここだぜ」
この広間も天井は半壊し、柱が剥き出しになっていた。二体の石像はばらばらの方向を向いており、正面の壁にはプレートが掛けられている。
プレートに刻まれているのは、この大穴でのみ見られる謎めいた文字だった。
「ちょっと待ってな。ここの翻訳なら……」
手帳を捲るグウェノをよそに、イーニアがうわごとにように呟く。
「愛する者同士が見詰めあいし時、道は開かれるであろう」
「読めんの? イーニア」
グウェノもハインも驚いた。
「大したものだな」
「いえ、その……魔法の先生に教わっただけですから」
イーニアは戸惑いつつ、申し訳なさそうにセリアスへと視線を寄越す。
あの文字を読めることは内緒にしておきたかったらしい。セリアスは要領を得ない少女に呆れながらも、意味深なプレートを仰ぎ見る。
「それより内容だ。愛する者同士、か」
「言葉の通りだよ。へへっ、まあ見てなって」
グウェノが得意満面に鼻の下を擦った。二体の石像を押し、向かいあわせる。
するとプレートの下で壁が開いた。男の像と女の像が見詰めあうことで、仕掛けが作動したのだろう。
「なるほど。こいつは手が込んでおるのう」
「こういうのが秘境のあちこちにあるのさ。謎が解けりゃ、どうってことねえけどさ」
この仕掛けも、すでに過去の冒険者らによって解き明かされていた。グウェノを先頭にして、ハインとイーニアもさらに奥へ進もうとする。
しかしセリアスは違和感を憶え、足を止めた。
「どうしたんですか? セリアス」
「……少し気になってな。さっきの盗賊はどこに隠れていたのかと」
王国軍は先日、盗賊の一味を捕らえるべく、このあたりを虱潰しに探したはず。にもかかわらず、あの男は息を潜めていられた。
となれば、どこかに『隠れる場所』があったのだ。
(見詰めあいし時、か……)
ふと閃きが走り、セリアスは男の石像に触れた。
「手を貸してくれ、ハイン。試してみたいことがある。お前はそっちの像を」
「ん? 了解だ」
ハインに指示を出しつつ、両方の石像を明後日の方向に向ける。
正面の通路は閉じてしまった。が、今度は右の壁が動き、下への階段が現れる。
さしものグウェノも目を見張った。
「こ、こいつはまさかっ?」
「どうして……石像は見詰めあったりしてないのに」
セリアスは像の視線の先にある、壁の四角い穴を指差した。
「昔はそこに窓か、鏡でもあったんだろう。この位置なら正面を合わせずとも、互いの顔が見える、というわけだ」
これにはハインも感心気味に舌を巻く。
「大した洞察力ではないか! ということは、最初に開いたほうはフェイクか」
「だからといって、進展があるとは思えないが……行くぞ」
セリアスたちはランプを掲げつつ、隠し階段を降り、小さな部屋へと辿り着いた。
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